第二十四話 途絶えない暗雲

電と櫂は仲が悪いことを理由に初日ではそれぞれ別の家の者と組んでいたため、元の命で3日目は強制的に組まされていました。


ーーーーーーーーーー


『あっちも始めたみたーい』


「グルルル…グオォン!」


『あら?割と強めの力を持ってるのに人の言葉すら話せないのね。可哀想に…まあいいわ。遊んであげるわよ、子犬ちゃん』


「グアアアァァ!」


雷獣はルーナの言葉を理解しており、その不遜な言動に怒り狂った。自分は超級であり、最強格の存在だぞ、と。


『もう、短絡的ね』


勝負は一瞬だった。ただただ速度任せに突っ込んできた雷獣をするりと避け、すれ違いざまに喉笛を掻っ切ったのだ。さらには銀月神狼の種族特性である《月》の力によって傷の治癒が阻害される。


「…ゥ、……ァ…」


『あら、情けないわね。もう声すら出ないなんて。まあまあといったところかしら。楽しめなかったけど、主の命令は果たしたし、これでも持って行きますか』


ルーナ。《氷帝》の名を冠する正真正銘の化け物。圧倒的フィジカル、高い魔法操作精度、さらには空間干渉をもこなす。推定危険度ーーーーーーー


ーーーーー天級。


**********


「《月夜之幕》」


「なに…これ?」


「ガウゥ!?」


静かに草原を照らす月と星々が浮かぶ夜空、そして湖が視界に映る。


「霊装…十二夜月符。さて、と。久々にギア、上げて行きますか」


その幻想的な空間に、淡く輝く十二枚の霊符が顕現する。月夜の雰囲気は雷轟家にいた時と比べ明らかに変わり、好戦的な表情を浮かべる。


「かかってこいよ、苔の生えたワンちゃん」


その言葉に怒り狂ったのか、風狼は月夜に向けて突進する。しかし、それは月夜に当たることはなかった。


「うーん、思ったより弱い、か?超級にしては力も速度も知能も劣る。人の言葉すら発さない…やっぱ分身か何かだったりするのかな?」


風狼は月夜に頭を掴まれ、空中に持ち上げられる。月夜はそのまま地面に叩きつけると、メキャッという嫌な音が鳴った。


「しかもやけに柔らかいし…はあ、やっぱ見掛け倒しか?圧だけは一丁前だけど」


風狼は月夜の手の中でもがくが、一向に抜け出せる気配はない。月夜が手に込める力を強めるとゴキャッという音が鳴って風狼の頭蓋が陥没し、力無く痙攣すると、そのまま動かなくなった。直後、風狼の肉体は塵と化し、その身体の一片すら残らなかった。


「やっぱり見掛け倒しか。時間の無駄だったな」


「え、ええ…?あ、ぇ?げ、月夜さん、貴方は一体…」


『主、こっちも処理したよ〜やっぱり分身って考えて良さそうだね。弱すぎだし』


「同じ結論か。ただまぁ、これをどう伝えるかだよな。馬鹿正直に伝えるのもでだが、場合によっては最悪になり得る」


「?…?ごめんなさい、話が見えてこないんですけど…具体的にはどういった意味で?」


「俺らが倒したあいつらを本物の超級と勘違いした奴らがそれくらい俺でもできる、という短絡的な思考で超級に喧嘩を売りまくることだな。そんなことされたら陰陽師は全滅しちまう」


「確かに…ですが、どう伝えるのですか?元殿がすでに超級と明言していますし」


「どうもこうも、正直に起こったことを言うしかないな。あの雷獣が見掛け倒しの偽物デコイだったってな」


「そう…ですよね」


「信用されなければそれで終わりだ。ただ、俺ら如きが超級を討伐をできるとは思わないだろうから、それで通るといいんだが…」


『…主、誰か来ます。おそらく陰陽師かと。どうしますー?』


「言葉は交わすな。応対は俺と風莉さんで十分だからな」


『了ー解っと。じゃ、私は黙っておくよ』


「風莉さん、立てますか?」


「は、はい。ありがとうございます…」


「お、おーい、お前ら!無事か!?」


「大丈夫です?怪我はありません!」


爆速で走ってこちらに向かって来たのは飛風羽蜜。どうやらこちらの安否を確認しているようだ。


「ふむ…怪我はなさそうじゃな。それで、雷獣はどこへ?」


「…信用するのは羽蜜殿次第ですが、おそらくあれは偽物デコイのようなものかと。圧だけは一丁前でしたが、明らかに柔らかく、途中から極端に速度も落ちていました。俺でもと式神…ルーナだけでも風莉さんを守りながら討伐することができました」


月夜の言葉に、羽蜜は感心したように息を吐いた。


「ほう…なるほど、のぉ。相手方の強さの具合からそこまで推測するとは。しかも討伐済みとは、流石じゃ」


「妖特有の消え方ではなく生命の限界を感じた瞬間に崩れ落ちて消えたので、まだ本体が周囲に潜伏している可能性もあります。なので警戒は続ける必要があるかと」


「ふうむ…難儀なものじゃな。儂が言付けしておこう。飛風家前当主の言葉ともなれば無視はできんわい」


「感謝します」


「貸し1…と、言いたいとこじゃが、今すぐ使わせてもらおう。月夜殿、お主…気づいておるな?」


「それが風莉さんのことであるなら、気づいています」


「すまぬが、そのことは周囲には黙っててほしいんじゃ。事情が事情なのでな」


「いいでしょう。ですが、後ほど詳細は聞かせていただきますよ」


**********


「さて…羽蜜殿、詳細を伺いましょう」


雷轟家の邸宅、その中で飛風家に割り当てられた部屋で、月夜と飛風家一行が相対していた。月夜は終始落ち着いた様子でほとんど動かないが、飛風家の面々は若干ソワソワしている。


「そう…じゃな。おそらく、月夜殿がすでにお気づきになっていることについて。風莉の正体は…」


「妖、ですよね」


「…そうじゃ。まったく、相当な偽造術じゃというのに、どうやって見抜いたんじゃ」


「俺は幻影やらなんやらには滅法強いですからね。割と最初から気づいてましたよ、耳と尻尾」


(実際には気づいてたわけではないけど…まあわからんだろう)


月夜は自分の頭部に手を持っていき、この辺に耳があるでしょとアピールする。それを見た羽蜜は少し笑いそうになるが、なんとか堪えた。


「…全部気づいている、ということか。風莉、一時的に術を解除するんじゃ」


「わかりました、お祖父様」


羽蜜の言葉に従って風莉が術を解除する。すると、先ほどまで隠れていた猫の耳と尻尾が現れて、人の耳は見えなくなっていた。


「これが私の本当の姿です。どうです?軽蔑しますか?」


風莉は自嘲気味にそう言葉を吐き捨てる。しかし、月夜の印象はそこまで悪いものではなかった。


「?何故俺が風莉さんを軽蔑するのですか?言ったでしょう、そもそも最初の方から気づいていたと。それに、利害が一致したとはいえ妖術師と協力する男がその程度で動揺するわけがないじゃないですか」


「え、ええ?でも、普通目の前に妖がいたら狩ろうとするはずじゃないですか?」


「俺の本職は陰陽師ではないと自負しています。妖に大きな恨みがあるわけではないですし、敵対していないのに問答無用で武器を握ったりはしないので。まあそれでも、敵と判断すれば容赦なくやりますけど」


月夜としてはそもそも風莉に攻撃するつもりなどない。そんなことをすれば現状友好的な飛風家を敵に回すことになるし、月夜は陰陽師の中でも生粋の穏健派…必要以上に妖を殺す必要はないと考えている人間である。


「で、ですが…嫌悪感というものはないのですか?」


「俺は色々特殊な状況に置かれてたのもあってケモ耳があるからどうとかないですから安心してください」


「は、はいぃ…」


風莉は何故か顔を若干赤くして俯き、それを見た羽蜜はポンと手を叩いた。


「儂、いいこと考えたぞ。風莉、お前から見て月夜殿はどうだ。もちろん、今はわかっとるよな?」


「ん?」


(待て待て待て待て待て。『そういう』意味だよな?どう言われても知らんぞ?ルミナリアがいるから婚約はしないぞ?というかなんだか既視感が…)


「え、ええと…す、素敵な殿方、だと思います…」


「なるほどのぉ。どうじゃ月夜殿、風莉はまだ未熟じゃがこれから「お断りさせていただきます」ひょ?」


瞬間、部屋の空気は凍りついた。一言も発さず静観していた羽瀬は嫌な顔をし、美桜は少し怒りの表情を浮かべていた。当の本人である風莉は、先ほどの恥ずかしそうな表情と打って変わって辛そうな、悲しそうな表情で俯いていた。


「…月夜殿、それはどういう意味じゃ?返答によってはこちらも考えねばいけないことがある」


「簡単な話ですよ。俺には最愛の婚約者がいる。そして彼女に向ける愛を他の誰かに分け与えるつもりはないからですよ」


「風莉ではダメというのか!」


「ダメとは言いません。ですが、今の俺が風莉さんに恋愛感情を向けることはありません。…状況が別ならあったかもしれませんが」


「むう…じゃがのう、風莉は「お祖父様」どうした?風莉」


「私が話すので少し黙ってていただけますか?」


「!?」


「月夜さん。前提として、私は貴方に惚れています!それはもう、ベタ惚れです!」


「そ、そう…なのか?」


「絶っっ対に振り向かせて見せますので覚悟しててください!以上です!」


「お、おう…」


「なので月夜さん、膝枕してついでに頭をなでなでしてください」


「絶対嫌だ。俺の婚約者と式神のルーナの特権だ」


「むむむ、であれば私もそこに加えてください!ほら、もふもふの耳だってありますし」


「…ルーナ」


『わふっ』


月夜はルーナを呼び出して自分の膝の上を占領させる。普段のサイズだと大きすぎるため、小さめのサイズになっている。その状態でくつろぐルーナの毛並みを手櫛で整える。ルーナは気持ちよさそうに身体をぐてーっとさせ、チラッと風莉を見ると嘲笑うかのようにフッと笑った。それを見た風莉はわなわなと身体を震わせ、ルーナを睨みつけていた。


「これ風莉、月夜殿がここにいる以上雹牙の者が訪ねてくるかもしれん、耳と尻尾は隠すんじゃ」


「…わかりました」


風莉は不服そうに幻術をかけなおし、その耳と尻尾を隠した。いつもと全然雰囲気が違う風莉に、羽瀬と美桜は驚いていた。


「風莉って…あんな表情するんだな」


「まあよかった、と言えばいい変化かもね」


「お兄様お姉様、そう言えば許可取ってませんでしたね。私、月夜さんの追っかけをしようと思います!」


「「え?」」


「『は?」」


(いやいやいやいや。来るなよ。というか驚きすぎてルーナ声出てるし)


「ふ、風莉…それは流石にやめて差し上げてくれ…世の中ではそれをストーカーと言うんだ…」


「ん?知ってますよ?」


「「え?」」


「え?」


その時焦ったような様子で襖を開き、人が入ってきた。


「で、伝令です!飛風及び土倉家にそれぞれ超級妖1体による襲撃が起こっているようです!」


「なん…じゃと?」


その報告に、月夜は小さく息を吐く。どうやら北海道観光をすることもできないほど忙しくなりそうだ、と。

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