第十八話 無限に続く廻異(5) 盤面を支配するチカラ

「権能、《堅固ノ絶対守護》」


月夜の言葉の直後、凪勿が月夜の対策のために用意したもの全てが弾け飛ぶ。未知の力。凪勿には到底受け入れ難い事象であった。


「なっ…なんなんですか、それは」


「教える義理はないな」


動揺する凪勿に対し、月夜は素早く接近して拳を振るう。凪勿は身体を捻って回避しようとし…できなかった。


「カハッ…何が…」


凪勿は起こった事象が理解できなかった。今までに学んできた陰陽術、妖術、祓魔師の術である命術めいじゅつのどれにも当てはまるものがない事象である。何が起こっても、凪勿は対処してみせるつもりだった。月夜が聞いたことのない名前の術を使っても、それは陰陽術と大差はなかった。突如として霊符が現れようと、それは霊装だとわかった。近づいて殴ってきたことから、近接戦が得意であることもわかった。凪勿が今までの人生で蓄えた膨大な知識は、目の前の男の前で砕け散った。知りようのない、この世界の誰もが知らないであろう術。絶望と共に、それは凪勿の探究心を大きく動かした。


「面白い!本当に、貴方は面白い!何をしても新しい何かが出てくるとわたしを期待させてくれる!嗚呼!こんなにいい気分になったのはいつぶりでしょうかね?だからこそ本当に…残念です。こちらには人質がいますよ…阿部透子、土倉百花、セン。全員領域にて閉じ込めています。我々の一存で彼らを葬ることも可能。貴方にはどうにもできないでしょう?大人しく我々に従うのなら、彼女らを解放して差し上げましょう」


早口で脅しの言葉を述べる凪勿に対し、月夜はため息を吐く。呆れた目で凪勿を見ると、何もない空間に手を突き出した。


「?何をする気で…なっ!?」


月夜が手を突き出した場所には網目状に罅が入り、一部空間が破壊されていた。その先には、特殊な手段を用いなければ決して干渉できないはずの空間…そう領域がそこにあった。この瞬間、凪勿は選択しないこともできた『人質』を利用する方法が完全に失策であることを理解した。そして、そこに後押しするような光景が目に飛び込んできた。


「いやー、仕事が早くて助かるよ、ルーナ」


「そう思うならもっと喚んでくれてもいいんじゃない?私以外のみんなも出番を待ち望んでるよ〜」


「お前以外サイズがな…後ラクラとフェルに関しては問題児」


月夜が顔の向きを変え、その視線の先にいたのは、レンの服を引っ張り、引きずっている銀髪狼耳の少女だった。


「なっ…嘘でしょう?」


「あんたが考えてきたプラン、全部崩壊したみたいだが?あとはゆっくり、百花達を連れてくるだけだ。領域の支配権は既にルーナが奪ってるからな、あんたらにはもうどうにもできない」


「…そうですか」


天井を見上げた凪勿は恍惚とした笑みを浮かべた。月夜とルーナはゾワリと悪寒を感じ、即座に迎撃体制を取ったが、それは一歩遅かった。


『まったく、世話を焼かせるでない』


「ルーナ!壁!」


「了!《銀色世界シルバーエリア》!」


月夜の言葉を聞いてルーナは自分を中心として銀色の領域を展開するが、何もない空間から抉れるようにして出現したドス黒い妖力に削られていく。


「チッ、ルーナ!狐男は放棄しろ、命最優先だ!《月夜之幕ルナ・エンドロール》!」


月夜が霊装を出して自分とルーナを囲うようにして新たな領域を展開し、自分達をドス黒い妖力から守る。そのドス黒い妖力から腕のようなものが伸びてレンを回収すると、月夜達に話しかける。


『我の仲間が世話になったようだな。いつか貴様らとも対峙するだろう。その時が来るまで、覚悟しているといい。我の目的は達成した。では、な』


ドス黒い妖力は収縮し、何やら物騒な音が鳴り出す。


『さらば!』


「セラ!俺らを守れ!」


『《誓約守護ウリエル》』


直後、『カエラズ』の廃ビルは黒い光に飲み込まれ、消し飛ばされたのだった。


**********


「出口、見つかりそうですか?」


「複数の使い魔は飛ばしているんだが…中々見つからないな。それにしても、ずっと同じ道では気が滅入る」


「仕方のないことです。かれこれ4時間、ずっと歩いていますからね。透子さんと百花さんも今は疲れて寝てますから」


そう言うセンの尻尾には、気持ちよさそうに眠る透子と百花が包まれていた。やはりもふもふは人を幸せにするのだろう、百花は『むふふっ』って顔になっているし、透子に至っては『見せられないよ!』な顔をしている。


「本当に…なんなんだここは。歩いても歩いても先が見えやしない。もしかして、無限に続いてるんじゃないだろうね?はぁ…ちょいちょい飛び出してくる狼も面倒だ」


レイズハートはたまに飛び出してくる狼を殴り飛ばしながら、面倒くさそうに歩く。センもまったく同じ風景に辟易としているようで、少し嫌そうな顔をしている。そんな時だった。


「…レイさん」


「ああ。ありゃあ、なんだ?」


視線の先には、美しい銀色の毛並みを持つ狼がいた。狼はこちらをジッと見つめ、首をクイッと動かして歩き出す。


「着いてこい、ってことか?」


「罠の可能性もありますが、行ってみる価値はあります。着いて行ってみましょう」


センとレイズハートはしばらくの間狼に着いていく。すると、そこには淡く輝く霊符が浮いていた。


『主〜、見つけたから連れてきたよ』


『助かるよ、ルーナ』


その霊符からは月夜の声が聞こえた。どうやら通信機器的な役割もこなせるらしい。


「その声は…月夜殿、ですか?」


『む?その声は…センか。ここまで百花と透子の護衛、感謝する。ここからの道もルーナ…銀色の狼が先導してくれる。10分くらいで着くから安心してくれ』


「感謝します」


『おう、引き続き、任せたぜ。レイもありがとな!透子が迷惑かけたかもだが…これからもよろしく頼む。この領域内への通信、霊力の消費が激しいから切るぞ。また後ほど』


その言葉を最後に、淡く光る霊符は消える。霊装であるため、自由に出し入れすることができるのだ。


「…おいルーナとやら、喋れるなら最初から喋ってくれ」


『えー、やだなー。こっちからしたら喋ることなんてないし』


「こちらにはあるということだ。まず手始めに、君はなんなんだ?狼であるということしかわからないんだが」


『あー、私か。私は主の式神である銀月シルバーナイ神狼トフェンリルのルーナだよ。専門は支援と妨害。あとはちょっとした空間干渉かな。私だけでも戦えるけど、他と比べたらそこまでかな」


「他と比べたら…?どういうことだ?君からは私とセンよりも格上の力を感じる。明らかに強いだろうに」


『そりゃあ君たちより強いよ。私は元々、《氷帝ひょうてい》と呼ばれていたからね。暴れてたら主にしばかれて式神に降った訳だけど』


「うーむ、わからないことだらけではあるが、とりあえずは納得しようセンは何か聞きたいことはあるか?」


「そうですね、私は…外の状況が気になります」


『主が動いてるから君たちは何も気にすることはないよ。まぁ、セン君の尻尾の上で眠ってる土倉百花ちゃんは気にしなきゃいけないことかもしれないけどね。まぁ、その辺はおいおいでいいっしょ』


「思いっきり重要な話だと思うが」


『いいのいいの。ほら、そろそろ着くよ。君たちもようやくここから脱出できるよ。私が支配権を奪った、この《無限廻廊》からね。その証拠にほら、さっきから狼が出てきてない』


「確かに…?」


『いやー、固定化された設定の解除には苦労したよ。今も全部は解除できてないけどさ、私の近くにいれば襲われないってわけ』


「領域の支配権の強奪ですか!?そんなことができるのならば、私達に協力していただけませんか!」


『あー、そういうのあとで主にお願いしてよね。ほら、見えてきたよ。あそこが出口だ』


「ようやくか…ずっと薄暗かったから眩しいな。なっ、これは…」


「あまりにも…ですね。一体何が?」


ルーナ達が空間の割れ目から出た先、周囲には考えたくもない光景が広がっていた。

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