第十七話 無限に続く廻異(4) 壊れた美徳
「透子、しばらく、頼む」
「まっかせておいて!レイには手を出させないから!」
「そうか。それなら安心だ。…
「これは…強化の術?まさかこれが切り札、なんてことはないですよね?…チッ、《
レイズハートの術の発動に危険を感じ取ったのか、触手の攻撃が苛烈になっていく。それに対し、センは鋭く回る風を生み出し、荒れ狂う触手を弾き飛ばす。さらに、そこに百花が細かい石の礫を生み出して含ませることで、物理的な破壊力を伴うのだ。しかし、いくら弾き飛ばそうと、その触手の勢いは止まることを知らない。
「《
レイズハート目掛けて天井から降り注いだ触手に対し、透子が強力な冷気を伴う氷を天井に叩きつけ、天井を凍らせることで上方向からの触手を封じる。しかし、段々と触手を捌き切ることができなくなっていく。透子や百花は何度も触手が直撃しかけているし、センは他3人の盾として何度か直撃し、その度に触手を吹き飛ばしている。明らかな劣勢。そう時間はかからずに、戦線は崩壊する。センはそう考え、撤退が脳裏に浮かぶ。その時だった。
「至上の時、我が聖域は燃え盛る。此処に在る意味を問え。我が母なる大地に聳える山よ、今、その怒りを我に貸し給え」
その言葉の直後、銀色だったレイズハートの髪色は漆黒に染まり、強烈な魔力を放出しだす。
「悠久の時を生きるその御力、今、此処に顕現せよ。理を焼く終わりの炎よ!」
レイズハートの目の前に生み出された魔法陣は凄まじい熱量を持っており、地面に天井、壁を赤熱させる。その熱は術者であるレイズハートの腕すらも焼いていた。しかし、レイズハートはその痛みに顔を顰めることすらなく、確固たる意志を持ってその術を起動する。
「
巨大な魔法陣から放たれたのは、極太の光線…ではなく、細い光線だった。それはとてつもない速度で発射され、黒い化け物へ着弾し、貫通した。
化け物は何やら物騒な魔力を放っていたにも関わらず、この程度かと嘲笑うような仕草を見せ、触手をレイズハートはと伸ばす。その時だった。
「!?!?!?!?」
先ほど放たれたのは《溶撃終黒光赦》の着弾地点を中心とし、凄まじい速度で化け物を構成する黒い液体が蒸発していっていたのだ。黒い化け物はなんとかしようとのたうち回るが、レイズハートが無詠唱で防壁を生み出し、無理矢理押し留める。
「いくら暴れようと無駄だ。お前は《溶撃終黒光赦》を受けた時点で、既に死んでいるのと同義だからな」
《溶撃終黒光赦》。レイズハートが生み出した一種の究極の完成形である魔法。この術の足掛かりとなった《溶岩終蒼烈壕》を大幅に改良したものであり、一直線上のものを焼き払う《溶岩終蒼烈壕》に対し、《溶撃終黒光赦》は光線自体に貫通力や破壊力はないものの、内包された破壊の意思が込められた魔力により、着弾地点を中心として焼滅させるのだ。その進行速度は凄まじく早い上に、治癒系統の術を使っても破壊の魔力によって阻害されるため、直撃すれば生き残ることはほぼ不可能な代物だ。
「ッ、はぁ…透子、やり遂げたぞ…って、うわっ!?」
「レイ〜!やっぱりやればできるじゃん!さっすが私の式神!」
「待て!?私は仮契約状態だから正確に言えば式神ではないぞ!?勝手に式神にするな!」
大量の魔力を消費し、足の力が抜けて座り込むレイズハートに透子が抱きつき、レイズハートを賞賛する。
「いいじゃん、別に。やっぱレイはすごいね!あんなの、簡単な術じゃないでしょ?」
「か、簡単ではないが…再現できる者はそれなりにいるのではないか?そうだな…月夜殿とか」
「そこで師匠を数えたらダメだね。あれは別枠で考えないと」
「透子、お前本当に月夜殿の弟子なんだよな…?」
弟子と言うには、師匠に対するリスペクトが足りなくないかとレイズハートは考えたが、『まあ、透子だし』と、深く考えないことにした。
「レイズハートさん、助かりました。それに、少々馬鹿にしたような発言をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、気にしていないから大丈夫だ。あの言葉は結構な喝になったぞ。むしろ感謝する。足を引っ張ってしまったこと、非常に申し訳ない。そして、透子を助けてくれたこと、感謝する」
「透子、私その人知らないんだけど…知り合い?」
「ああ、ごめん。紹介するね。彼女の名前はレイズハート・エンテイル。私と仮契約を結んでいる悪魔ね」
「レイズハート・エンテイルだ。よろしく頼む。ええと、名前はなんと?」
「土倉百花よ。よろしく頼むわ」
「ふむ…合流もできましたし、相当強力な妖を討伐したはずですが…領域が解除されませんね。あれは迷い込んだだけ、ということでしょうか?」
「わからないな。だが、そう考えた方が利口だろうな。もしくは、この領域が解除されない外部的理由があるかもしれないが…」
「そうだった場合、我々は詰み状態、百花さんと透子さんは餓死するまで、私とレイズハートさんは領域が解かれるまで永久にここに閉じ込められますね」
「だが、我々がこの領域から脱出するための手段を模索することはできる。やれるだけやるしかない」
「ええ。そうするしかありません。百花さん、透子さん、手がかりを探すために移動しますよ」
「わかったわ」
「合点承知!」
**********
「ふーん、なるほど、ね」
「貴方は対策済み、と言うわけです」
(近接戦を行う相手に対して自動防御+自動反撃の術式か…よく考えられている。だが、これで終わりなはずないん、だよなッ!)
「《
「先日、貴方が真っ先に使ったのは土属性。土属性をそれなりに信用しているということです。さらに貴方は雹牙家ですからね、きっちり水と氷も対策してきましたよ」
凪勿が使用した土属性への対策は、『
「3つの『孟玉』の同時行使…そのエネルギー、一体どこから賄っているんだ?」
「さあ、どうでしょうね。それを教える義務はどこにもありませんからね…さて、これは受けられますかね!」
凪勿は懐から何やら丸い玉を取り出すと、その玉が白く輝き出す。その瞬間、月夜は自分の身体に違和感を覚えた。
「…身体が、重い?」
(なんだこれ?重力増強による物理的重みじゃない…だとしたら状態異常だが…それは状態異常無効の術式が付与されたこのポーチがある限りありえない。もしや、これは…)
月夜は己の感じた小さな違和感から、身体の霊力が奪われていることに気づいた。
「ふーん、なるほど、ね。祓魔師の道具か。随分と面白い道具もあったものだな」
「さて、どうでしょうかね」
(まったく…気づくのが早すぎます。ですが、相手の長所をすべて潰し、時間をかけるだけで勝てる状況にはなっています。気づいたところで、見たこともない魔法陣に対抗することはほぼ不可能。後は、時間稼ぎに徹しましょうかね)
「いやー、面白い。いや本当に。でもな、あんたは1つだけ読み間違えてる。俺は普通の陰陽師じゃないんでね、型には囚われないぞ」
「無駄口を叩けるのも今のうちですよ。時間が経てば経つほど、貴方は追い込まれ、そのまま死ぬのです」
(まぁ、普通はそうなるよな)
「話は変わるが、あんた、神話の七元徳って知ってるか?」
月夜は軽く凪勿に拳を振るいながらそう質問する。
「もちろん。古代ギリシアで考えられていた知恵、勇気、節制、正義の4つの
「七元徳に対する認識は合ってるな。だが、もし異世界であったとしたら、七元徳はなんだと思う?3秒で答えな」
「は?動揺を誘う作戦ですか?乗りませんよ」
「3、2、1、しゅーりょー。正解はーーーー」
隠された8つ目がある、でした。
「我は世界に住まう堅固の美徳。我が守りは何人たりとも貫くことは叶わず、干渉は許されざるものなり。権能、《
月夜の言葉の直後、凪勿の張っていた自動防御、自動迎撃、そして霊力強奪の術式は破壊され、3つの『孟玉』も砕け散ったのだった。
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