『かくれんぼの“鬼”を決めなかった』

それは、よく晴れた夏休みの午後だった。


小学二年のとき、俺は団地の裏手にある古い集会所で、近所の子たちと「かくれんぼ」をした。

人数は6人。メンバーは今でもはっきり覚えている。


・ゆうた

・あかり

・たくま

・千晴(ちはる)

・みのる

……と、俺。


あのとき俺たちは、「鬼」を決める前に、遊びを始めてしまった。


いつものように、じゃんけんで鬼を決めるはずだった。でもその時は、誰かが冗談めかしてこう言ったんだ。


「最初に見つけられた人が、鬼でいいじゃん!」


それに、みんながうなずいて、わあっと駆け出した。


──だけど、よく考えたらそれは、おかしかった。


“最初に見つかる人”が鬼って、じゃあ、鬼は誰が探すんだ?


その日、俺は集会所の物置の裏に隠れていた。


クモの巣が顔にかかるし、湿ってて気持ち悪かったが、「ここなら見つからない」と思った。


けれど、いくら待っても誰も来なかった。


誰の足音もしない。声もしない。

風で窓が軋む音だけが、時折遠くから聞こえた。


──……あれ?


いつまで経っても、鬼が探しに来ない。


時間が止まっているような、取り残されたような感覚。

じわりと、背中に不安が滲んだ。


我慢できずに出ると、もう誰もいなかった。


その後、全員が一様に「誰も見つけられなかった」と言った。


おかしいよな。だって鬼がいないんだから。


その日のことは、なんとなくうやむやにされた。

「まあ、楽しかったし、いいか」──そんなノリで、解散した。


でも、誰の顔も笑っていなかった。


たぶん、みんな、何か変なことが起きていたと気づいていた。


でも、子供はそういう不安を「無かったこと」にするのが早い。


だから──忘れた。


俺たちは、鬼を決めないまま、解散した。


──鬼は“いないまま”だった。


──いや、“決められていないまま”だった。


それから十数年が経ち、俺は大学生になった。


地元からは遠く離れた都市部で、学生生活を送っていた。


あの夏のかくれんぼなんて、ずっと思い出しもしなかった。


──あの夜、までは。


大学の帰り道。アパートの前に着いたときだった。


足元に、紙切れが落ちていた。


拾ってみると、ボールペンで何かが書かれていた。


《にげてるの、あと3人》


「……は?」


手書きの字。震えたような筆圧。


誰かのイタズラだと思った。


でも──その紙の裏に、見覚えのある名前があった。


《あかり》


その文字を見たとき、背筋に氷のような冷気が走った。


あかり──あのとき、かくれんぼを一緒にした女の子だ。


中学に上がる頃には引っ越して、もう連絡は取っていなかった。


……なんで、あかりの名前がここに?


そもそも、この紙は何なんだ?


「あと3人」って……何の数字だ?


──ぞくり、と背中に寒気が走った。


6人のかくれんぼ──いま残ってるのが、3人?


じゃあ、他の3人は……どこに行った?


気になって、地元の同級生を探し始めた。


SNSや知人のツテで、あの時のメンバーをひとりずつ確認した。


ゆうたは、2年前に交通事故で亡くなっていた。

たくまは、精神科に入院中だった。自分が「誰かに追われている」と言っていたらしい。

千晴は──去年、行方不明になっていた。


つまり、いま“確認が取れている”のは、俺、みのる、そしてあかり。


──3人だ。


(にげてるの、あと3人)


……本気かよ。


何かが、あの日からずっと続いていたというのか?


“鬼”は、決まっていなかったはずだろ?


いや──もしかして、“あの日”から、すでに決まっていたのか?


「探してる」のが、俺たちじゃないのなら──


“誰か”が、ずっと探し続けていたのか?


それから、夜ごとに異変が起きた。


まず、“足音”が聞こえるようになった。


部屋の中に、自分以外の足音が響く。


それも、探すような、控えめな、けれど目的をもった音。


かつて聞いたことのある音──“かくれんぼのときの鬼の足音”と、まったく同じ。


押し入れの中。ベッドの下。クローゼット。


隠れても、探される。


探しているのは、“決まらなかった鬼”。


でも、今はもう“決まっている”。


誰が鬼なのかは──わからない。


でも、誰かが俺のことを“見つけよう”としてる。


ある夜、電話が鳴った。


非通知。震える指で出る。


「……○○くん?」


女の声だった。


「あかり……か?」


「……うん。あのさ。わたし、見つけられたかもしれない」


「なにが?」


「“それ”。……あれ、ずっと探してた。わたしたちのこと」


声が小さく、震えていた。


「みのるが、昨日消えた。部屋には、紙があった」


「なんて書いてあった?」


「──にげてるの、あと2人」


その日以降、俺は人に会わなくなった。


外出も避け、カーテンを閉め、部屋のどこかに“隠れる”ように生きていた。


何かに“見つからない”ために。


でも、わかっていた。


それは──もう手遅れなのだと。


“見つけられる番”は、もう決まっている。


この部屋のどこにも、俺は隠れきれていない。


なぜなら──最初に「鬼を決めなかった」から。


“誰が鬼なのか”も、“いつ交代が起きたのか”も、誰も知らない。


だから、“終わり”も来ない。


今、俺の部屋の扉の向こうで、足音が止まった。


そっと覗くと、床に紙が置かれている。


《にげてるの、あと1人》


──見つけられた。


じゃあ次は──


……俺が“探す”番だ。


──終──

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