『夢で何度も殺される少女』

「毎晩、夢の中で同じ女の子に殺されるんです」


そう語ったのは、大学三年の男性だった。


精神科に併設された心理カウンセリング室の面接室で、彼は初対面の私にそう切り出した。


「殺される、と言っても……どういう?」


「直接的じゃないんです。包丁とか、刺されたりとか、そういうのは一切ない。ただ、その子が、僕の前に立って……笑うんです。それだけで、心臓が止まる感じで目が覚める」


「目覚めたとき、息が切れていたり?」


「いえ、冷や汗と……あと、声。誰かが、僕の耳元で名前を呼ぶんです」


私はゆっくりとノートをめくる。


「その“女の子”について、詳しく教えてもらえますか?」


「中学生くらい。髪は黒くて、肩くらい。白いワンピースを着てる。でも──」


「でも?」


彼は、急に視線を逸らし、小さな声で呟いた。


「顔が、変わるんです。毎回、違う。でも、全部“知ってる顔”なんです。小学校の同級生だったり、通学中にすれ違った子だったり……現実に存在する顔で、毎晩“殺しに”来るんです」


私は背筋が冷えた。


「その子の名前は?」


「わからない。でも、一度だけ、夢の中で呼びかけられました。“ことの”……と」


──琴乃。


その名前に、記憶の底がざわめいた。


まさか、と思いつつ、私は資料を探し始めた。


二年前、別の患者が語った同じ名前。同じように、夢の中で“殺される”という訴え。


その人物とは連絡が取れなくなっていた。行方不明扱いだ。


私は、その元患者──A氏の記録を読み返した。


【夢の中で、少女に何度も殺される。顔が知っている人に変わっていく。名前は“琴乃”と名乗った】


一致していた。


私は恐る恐る、今回の男性患者──K氏にそのことを伝えた。


「以前、似たような体験をした方がいました。同じ名前を、夢の中で……」


その瞬間、彼の顔色が変わった。


「……それ、男の人ですか?」


「ええ」


「今朝、夢の中で、“その人”が殺されてました」


言葉を失った。


「どういう意味ですか?」


「夢の中に、彼が出てきたんです。誰かに追われていて、助けを求めてました。……でも、その背後に、例の“ことの”が現れて──笑って、彼の肩に手を置いて、そして──」


K氏は震えながら口元を押さえた。


「彼の顔が、途中で僕の顔に変わったんです。で、殺されたのは──僕でした」


私はすぐに確認した。A氏は、昨晩、河川敷で遺体として発見された。


死因は不明。外傷なし。心臓が停止していた。


記録によれば、死亡推定時刻は午前三時。

K氏が夢を見ていた時間と、ぴったり一致していた。


ここで、私は自分自身の記憶に気づいた。


「……琴乃」という名前には、もっと古い因縁がある。


中学時代、クラスで語られていた。


「夢でことのに会ったら、絶対に目を合わせるな」


白いワンピースを着た女の子。

目が合うと、自分の知っている誰かの顔に変わって、夢の中で殺しに来る。


その噂を最後に話した男子生徒は、数日後に事故死した。


顔面を強く打って死亡。

遺体の表情は、笑っていたという。


──偶然なのか。


それとも。


私はK氏に、慎重に質問を重ねた。


「夢で、琴乃と目を合わせたことは?」


「何度も。でも、それが何か問題なんですか?」


「……いえ。念のためです」


K氏は帰っていった。

私はその夜、眠るのが怖かった。


が、疲労に負け、うとうとしてしまった。


そして。


夢の中に、琴乃が現れた。


白いワンピース。長い黒髪。


だが、顔が見えなかった。

顔全体が、黒いモザイクのように覆われていた。


声がした。


【おぼえてない?】


それは、私の声だった。


目覚めたとき、心臓の鼓動が異常に速かった。


胸が苦しい。呼吸が浅い。


鏡を見ると、自分の顔が“僅かに歪んで”いた。


その日以降、K氏は来なかった。


連絡もつかない。電話も不通。

実家にも戻っていないという。


ある日、郵送で彼から封筒が届いた。


中には、一枚の写真。


集合写真。見覚えのない中学校のもの。


最後列、中央に──琴乃がいた。


白いワンピース、黒髪。そして、私の顔をしていた。


裏に、短く走り書きがあった。


【もう、ことのは “ひとり”じゃない】


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