『入っていない部屋の電気』
部屋の電気が点いたのは、午前三時ぴったりだった。
それも、使っていない部屋──
大学進学を機に借りた2LDKのアパートの、南側の小さな四畳半。
僕はLDK側の広い部屋に寝ていて、もう一つの部屋には物置のように段ボールを積んだだけで、普段立ち入ることはなかった。
最初に異変を感じたのは、壁を照らす、妙な“光”だった。
寝返りを打ったとき、リビングの壁に光が反射していた。
天井のライトを消しているのに、まるでどこか別の場所から照らされているような、柔らかくて妙に湿った白。
おかしいと思って立ち上がり、隣の部屋──使っていない四畳半の前に立った。
扉の下、床との隙間から、明かりが漏れていた。
だが、あの部屋には電球がついていない。
取り付けた覚えもないし、引っ越してきたときから照明器具すらなかった。
おそるおそるドアを開けた。
──何もいない。
薄暗い部屋。段ボールの山。カーテンも閉じられたまま。
照明のスイッチを探すが、天井には配線すらなかった。
電気が点いたのは、錯覚だったのか?
しかし次の夜、同じ時間。
三時ぴったりに、また光が漏れた。
今度ははっきりと。
まるで誰かが、真上からライトを照らしているかのような明るさ。
起きてすぐにドアを開けた。
やはり、誰もいない。
でも、壁紙の一部が“少し濡れていた”。
そこだけ、じっとりと。
まるで“鼻息”が当たった場所のように。
僕は、その部屋を完全に閉め切った。
けれど、三日目の夜。
ブレーカーをすべて落としていたにもかかわらず、光は点いた。
それも、ぴったり三時。
スマホの秒針が59から00になった瞬間、壁が白く照らされる。
停電状態なのに、部屋の中に“だけ”明かりが灯っている。
僕はようやく、スマホを手に取り、動画を回しながら確認に向かった。
扉の前に立ち、呼吸を止める。
──光が、足元を舐めるように漏れていた。
画面越しに、ドアの取っ手を握る。
開けた。
部屋の中は、真っ暗だった。
しかし、動画を見返すと、そこには──扉の内側に“何か”が貼りついていた。
カメラ越しにだけ映っていた“それ”は、人間の顔の一部。
鼻先だった。
扉の内側、ガラスの隙間にぴったりと押しつけられていたのは、
湿った皮膚と、その奥の鼻の穴。
微かに震える呼吸。
ぶつぶつと呟くような“音”。
再生を止めた瞬間、スマホがフリーズした。
画面が歪み、再起動がかかる。
立ち尽くした僕の背後で、何かが“くすくす”と笑った気がした。
それ以来、毎晩三時になると、電気が点いたことになっている部屋から音がするようになった。
足音ではない。
声でもない。
吸う音だった。
「すうっ……すぅ……ずず……ず……」
壁の向こうから、息を吸うような音。
それが、次第に僕の部屋に近づいてくる。
ある夜、スマホの通知が鳴った。
再起動後のログイン時に、“新しい顔認証データが登録されました”という表示。
身に覚えがない。
試しに確認すると、顔の画像が保存されていた。
カメラの前で、歪んだ顔が静かに微笑んでいた。
目は映っていない。
だが、鼻の穴と口元が、画面いっぱいに広がっていた。
その夜、部屋の電気が勝手に消えた。
時計は2:59を指していた。
僕はベッドの中で震えながら、動けなかった。
そして──
3:00
隣の部屋が、光で満たされた。
ドアの隙間から、誰かがゆっくりと**“吸い込む音”を立てている**。
その音が、次第にこちらの扉へと近づく。
扉の隙間から、“鼻”が覗いた。
ガラス越しに、鼻だけがぴたりと貼りつき、
かすかに曇った呼気の跡が残った。
目は見えなかった。
だけど、“それ”は確かに、こちらを見ていた。
次の朝。
部屋に取り付けられていなかったはずの照明器具が、天井にぶら下がっていた。
電源も、スイッチも、なかった。
ただ、天井に直接、ぬめるような素材で“貼りついていた”。
今でも、毎晩三時に点く。
僕がその部屋を閉めても、封印しても、光は漏れてくる。
部屋の中には誰もいないはずなのに、
なぜか“あの鼻”だけは、貼りついてくる。
最近、夢を見る。
光の中、布団の中に“何か”が潜り込んでくる。
息が首筋に当たる。
そして、誰かの唇が、耳元で呟く。
「灯りをつけておいたから、いつでも帰っておいで」
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