第12話:「望んでいない名声」

午前7時30分。

アケミはまるで死刑囚のように学校へと向かっていた。


制服の襟はきっちり締められ、イヤホンは音楽なしで耳に挿したまま。

週末に精神的に凌辱された者にふさわしい、空っぽな目で前を見据えて歩いていた。


「何もなかった。俺には何も起きてない。体は…一応無事。物理的には。感情面は…別問題だ。」


正門をくぐった瞬間だった。


視線が、殺到する。


まずは二年の男子二人が、じっと彼を見た。

一人がもう一人に肘打ちをする。

もう一人はニヤリと笑った。


— あれが…例のやつだよな?

— ああ。ミウと寝たってやつ。

— ランジェリー姿で朝ごはん作ってくれたらしいぞ?

— 俺もあんな風に襲われたい〜!


アケミの耳にその会話は届いた。

思わず縁石につまずきかける。


「は!?ランジェリーで朝食!?こっちはギリギリ、ソファとでかいTシャツで生還しただけなんだが!?」


視線を前に戻し、歩き続ける。

だが、周囲のざわめきは収まらない。


— 二年Cの子も、三年Bの先輩も振られたって。

— ラブレター渡したのに、待ち合わせ来なかったらしいよ。超クール。

— でもミウが家まで連れてったってことは…もう落ちたな。


男子たちのうわさ話に混じり、今度は女子たちの視線。


廊下の向こうから数人の女子が彼を見ていた。

口元に手を当ててヒソヒソと話す子。

ただただ神秘的な生き物を見るような目で見つめる子。

興味津々な目。

欲望に満ちた目。

そしてひとりは、何やらノートを取りながら統計でも取っているようだった。


「ここは学校じゃない。動物園だ。俺は、交尾を拒む唯一の発情中の動物…」


教室にたどり着いた瞬間、親友のハルトが彼に飛びかかってきた。


— アケミィィィィィ!!クッソ羨ましいィィィ!!


— おはよう、ハルト。


— どうやってんの!?何あげてんの!?香水!?頭打って覚醒したのか!?実は隠れイケメン系チャドだったのかよぉぉ!?


その後ろから、カイトが真面目な顔で近づく。


— 正直に言ってくれ、アケミ。…君、ギャルゲーの世界の住人か?


— 違う。


— 乙女ゲームの主人公か?


— それも違う。


— じゃあ、なんでミウの家に行って、アレコレあって、それでも彼女が君を照り焼きソースで煮込みたい目で見てるんだよ?


アケミは椅子に沈みこんだ。


— 何も、なかったんだって。


— それ言うの、全部のチャドだよ!!


その時、チャイムが鳴る。

先生が入ってきても、クラスのざわめきは止まらない。

授業中、アケミはずっと視線を感じていた。

前から。左から。窓の外から。たぶんロッカーの中からも。


そして、休み時間。


— アケミくん…


甘い声。

見知らぬ女の子。初対面。栗色の髪に、恥ずかしそうな瞳。


— あの…質問、してもいいですか?


— 下着で朝食は嘘です。ミウのことは話したくない。触るのも、ノーサンキュー。


女の子は困ったように笑う。


— そ、そうじゃなくて…あの…犬って好きですか?


— 昨日のせいで、もうあんまり。


彼女はきょとんとした。


そしてその瞬間、別の声が飛ぶ。


— アケミ、一緒に昼休み過ごしてもいい?


— もう席、埋まってるけど。 —と、友人たちを指差しながら言った。


ハルトが叫ぶ。


— いやいや!今ちょうど出かけるとこだった!座って座って!


アケミが鋭い目で睨みつける。


カイトはパンをかじりながらボソッとつぶやいた。


— アケミ、お前さ…知らぬ間にラブコメの主人公になってるぞ。


「違う。俺は主人公じゃない。ただ静かに勉強して、目立たず、二十歳まで童貞でいるつもりだったのに…どうしてこうなった?」


授業に戻ると、机の上に折られた紙があった。


また手紙。

可愛らしい字。香水の匂い付き。


開くとこう書かれていた。


「みんながあなたを追いかけてるけど…私は違うの。本気で知りたいの。今日の放課後、温室の裏で待ってます。

無理にとは言わない。でも…もし、触れられたいなら、少しだけ許して?」


アケミは深く、深く椅子に沈んだ。


— 俺…終わったわ。

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