第8話「テーブルの下の秘密戦争」
キッチンには、暖かい光が灯っていた。
焼きたてのパンの香りが部屋中に広がる。
そして、そこにはバター用ナイフでも切れそうなほどの緊張感が漂っていた。
明見(アケミ)はテーブルに座っていた。
隣には、きちんとボタンを留めたワンピース姿のミウ。
向かいには、あまりにも無垢すぎて逆に怪しい笑みを浮かべる明見の母親がいた。
母親は腕を組み、母の失望と神の裁きの間のような視線を投げかけた。
「アケミ…坊や。この子がほとんど裸であなたの上にいた理由を説明してくれる?」
アケミは深く息を吸った。
(心の平穏。心の平穏。ホルモンの奇跡とか、つまずいて半裸で落ちてきたとか言うな…)
「事故だったんだ。」
「事故?」母が眉をひそめる。
「うん。滑ったんだ。死にかけたよ。すごくトラウマだった。」
表情ひとつ変えずに言い切った。
「大げさだな〜」と、ミウがくすっと笑って口を挟む。「私は平気だったけど?」
「じゃあなんでブラジャー外してたの!?お嬢さん!」
「感情の換気です♡」
ミウは何のためらいもなく、まるで百の言い訳を準備していたかのように言った。
母は額に手を当ててため息をついた。
「もう…最近の子って、カオスの取扱説明書でも内蔵してるの?」
「はい、お義母さま♡」とミウは優雅に一礼。
「それが良いことみたいに言わないで!」
その間にもアケミは、ひたすら自分の湯のみを見つめながら冷静を保とうとしていた。
——だが、その瞬間、すべてが崩れた。
ふと、テーブルの下でやわらかい指先が彼の太ももに触れた。
(……なに!?)
動けない。
言葉も出ない。
だが背筋は電気ショックのようにビシッと伸びた。
(ミウ…やめろ。ここには母さんがいるんだぞ。オ・レ・の・母・親・が!)
ミウは目線すら合わせず、まるで天使のような笑顔でお茶を飲んでいた。
そして…指が、さらに上へ。
「で、ミウさん」母が気付かぬまま話を続ける。「ご両親は、今どこに?」
「はい!アケミくんのお家で勉強すると伝えてあります♪」
「勉強…?彼の、何を?」
アケミの額からは冷や汗がじわりと流れていた。
その時、ミウの手のひらが彼の脚をやさしくなで始め、アケミは思わずお茶を噴き出しそうになった。
(コントロール…コントロールが必要だ…。下手に動けば母が怪しむ…でもこのままじゃ俺の純潔が静かに消えていく…)
そっと椅子を後ろにずらそうとした。
だがミウの脚が、ぴったりついてくる。
ミウは彼の脚に自分の脚を重ねた。
やわらかく。大胆に。確信犯的に。
「アケミ?」母が彼を見つめる。「ずいぶん静かね。」
「…集中してるんだ。」と低い声で答える。
「何に?」
「爆発しない…いや、思考に。」
ミウは少し前かがみになりながら、手をテーブルの縁に沿わせ…危険な方向へと滑らせていく。
アケミは慌ててナプキンを落とした。
「わ、落としちゃった!」
立ち上がって、母が反応する前にテーブルの下に潜り込んだ。
ミウがちらっと彼を見た。
彼も下から見つめ返した。
「やめてくれないか…?」彼は歯を食いしばって言った。
「どうして〜?」
「俺の魂が叫んでる。」
「じゃあ体は?」
「叫んでるよ!!」
平然と立ち上がり、再び席に着くと、両手を膝の上にがっちりと組み、まるで修行僧のように動かなくなった。
母はお茶をすする。
「…もう全部、悪い夢ってことにするわ。」
「ありがとうございます」と二人は同時に言った。
ミウはまだ笑っていた。
そしてテーブルの下では、彼女の足が彼の足首を優しくすりすりしていた。
(俺は今、地下戦争の真っ只中にいる。このテーブルの下では誰にも見られぬ戦いが繰り広げられている。もしここから生還できたら、俺は賞か、少なくとも集中治療を受けるべきだ…)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます