第3話「女王はポーンを召喚する」
レンテイ学園の旧校舎には、どこか謎めいた雰囲気が漂っていた。
かつては華やかな舞台の場だったが、今では怪しげな部活や秘密の集まり、そして…恋人たちの甘く背徳的なキスの舞台に成り果てていた。
旧演劇部の部室は、静まり返っていた。
いや、正確には——ほぼ、無人。
ブラインドが半分閉じられ、太陽の光が縞模様となって床に落ちていた。
ほんのりと漂うバニラと花の香りは、まるで誰かがこの空間を舞台として整えたかのようだった。
その中心に——
足を優雅に組んで椅子に座っていたのは、桐生院アリサ。
ブロンド。
グラマラス。
暑さのせいか、制服のボタンは上から二つ開けられていた。
蜂蜜色の猫のような瞳が、ドアの方をじっと見据えていた。
そして——
秋芽(あきめ)が入ってきた。
無表情な顔、ゆっくりとした足取り。
「どうでもいいけど、来ないと廊下で追いかけ回されるの面倒だから来た」
——そんなオーラを纏いながら。
「時間通りね」
アリサは片方の口角を上げて言った。
「来なかったら、お前が来るって言われた」
「その通り」
秋芽はアリサの正面に静かに座った。
まるで面接に来たような不自然な冷静さ。
——しかし、心の中では。
(落ち着け俺…ただの女子だ…ただの…胸元が影になってるぐらいの…足を組んだ姿がファンサ神の造形作品みたいな…いやダメだ落ち着けって…!!)
「なぜ呼ばれたか分かってる?」
アリサが頬杖をつき、首を少し傾けながら尋ねた。
「お前の仲間たちを何人か断ったからだろ」
「罪悪感とかは?」
「無駄な感情にかける時間はない」
「ふふっ」
アリサの目が怪しく輝いた。
「じゃあ…恋愛も、無駄な感情ってこと?」
「違う。ただ…賞味期限付きの恋愛には興味がないだけ」
アリサはくすっと笑った。
低く、艶やかで、毒のようにじわじわと聞く人の皮膚を這うような笑い声。
「面白い答えね、秋芽くん。実に面白い」
ゆっくりと彼女は立ち上がった。
その一歩一歩が、まるでハイヒールによる宣戦布告のようだった。
秋芽は動かない。
外見上は。
(なんで近づいてくる!?視線、視線強すぎっ!!俺のセーフゾーンどこ行った!?)
アリサは机に手をつき、顔を秋芽にぐっと近づけた。
「ねぇ、秋芽くん。断ったのは、誰にも興味がないから? それとも…緊張してるのをバレたくないから?」
「…緊張なんかしてない」
「本当に?じゃあ、なんで指が震えてるの?」
秋芽は自分の手を見下ろした。
(うわっ!バレた!?反射神経の裏切り者め!!)
「…暑いからかもな」
「それとも、私のせいかしら?」
アリサはテーブルの上に座った。
スカートがわずかにめくれ、角度によっては放送禁止レベルの眺めに。
唇が誘惑的なカーブを描く。
「ゲームをしない?秋芽くん」
「危険なゲームには乗らない」
「でももう、あなたが最初の子を断った時点で、このゲームは始まってたのよ」
再び足をゆっくり組み替えるアリサ。
「あなたはこの学校で一番面白い男よ。
顔でもなく、変人でもなく——
感情に触れさせてくれない、って意味で」
挑発と誘惑が混じった表情で、アリサは身を乗り出した。
「だから、私は見てみたいの。
あなたがどこまで私に耐えられるか、
私に恋してしまう、その瞬間まで——」
秋芽は黙って彼女を見た。
(こいつ…本気で俺に恋させる気か…?
これは…心理戦?いや、ボスキャラ級の誘惑イベントでは!?)
「…無理だな」
「そう思う?」
「俺の中は、空っぽだ」
「それでいい。空いてる場所には、私が好きに飾れるから」
アリサはスカートを整えながら、優雅に立ち上がる。
そしてドアに向かって、まるでモデルのような一歩一歩を踏み出す。
「明日、同じ時間、同じ場所で。
初手、耐えられるか楽しみにしてるわ」
そして彼女は去っていった。
その場に残されたのは、妙な静寂と空気の震え。
秋芽は彼女が座っていた机をじっと見つめた。
(…今の、なんだった?
なんであの視線、受け入れてしまったんだ俺!?
匂い良すぎだし!!なんかドキドキしてるし!!)
内心は大混乱、だが顔は無表情のまま——
「…これは、やばい方向に転がり始めたかもしれない」
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