第2章:「悪名高き氷の心(伝説になったのはただの偶然)」

レンテイ学園では、いつも通りの日常が続いていた。

鳥はさえずり、生徒たちは真面目に勉強し、

そして明見(アケミ)は――顔ひとつ動かさずに、女子たちの恋の幻想を次々と打ち砕いていた。


水曜日の朝。

授業の始まりは静かで、生徒たちはノートにメモを取り、歴史の先生はダルそうに黒板に文字を書いていた。


教室の一番後ろ、窓際の席にいたのが――彼。


明見。


いつも通りの無表情で、顎を手に乗せ、目線は空か宇宙のどこか。

彼のノートにはたった二つの単語しか書かれていなかった。


「ローマ帝国」

そしてその下に、犬の帽子…に見える落書き。もしくは雲?いや、逃げ出そうとしている彼の魂かもしれない。


「おい、明見」隣に座っているハルトが小声で話しかけ、紙切れを渡してきた。

「また手紙が来たぞ!」


明見はゆっくり瞬きをし、指先で手紙を受け取る。


文字はピンクのインクで書かれていて、バニラの香水がかすかに香った。


「明見くんへ:初めて見た時からずっと好きです。今日、一緒にお弁当食べてくれませんか? このお弁当には私の気持ちを全部詰めました❤️」

――料理部・マリ


明見は紙を丁寧に折りたたみ、教科書の下にそっと置いた。


「今回は何て返すんだ?」

ハルトが疲れたような笑みを浮かべる。


「感情という調味料が入ってる食べ物は、受け付けない。」


「どんな返答だよそれ!?泣くぞ!?また誰か泣くぞ!!」


前の席のカイトがくるっと振り返り、ボソリとつぶやく。


「まあ、本人のせいってわけじゃない。ロボットに恋してる方が悪い。」


「ロボットじゃないよ!呪われてるだけだよ!!」

ハルトが小声で怒鳴る。

「人気出てきたせいで、三人泣いて、二人園芸部辞めて、一人坊主になったんだぞ!」


「坊主は本人の美的判断だ。」

明見は水を飲みながら淡々と答える。


「でも、その子に“君の笑顔はポイントカードの勧誘みたいだ”って言ったのは誰だよ!?」


前を向いた明見の頭には思考が浮かぶ。


――そんなに悪いこと言ったかな?

正直になろうとしただけなのに…

彼女の笑顔、本当にクレジットカード勧誘っぽかったんだよな…



昼休み


昼の平和は、たった五分で終わった。


「アケミィィィ〜〜!」

キャンパスの向こう側から聞こえる、甲高い女子の声。


アミ。

三年生で、モデルのような脚と豊かな胸を持ち、ガラスを割るレベルの笑い声を持つ有名人。

制服は完璧にフィットし、歩けば風すら彼女の演出の一部のようだった。


彼女はお盆を持って近づいてくる。

周囲の男子たちは咀嚼をやめ、無言で拍手する者までいた。


「お弁当作ってきたよ〜♪ 一緒に食べてもいい?」

答えを待たずに、彼女は明見の隣に座った。


明見は彼女を見た。次にお弁当を見た。


ハート型のご飯。タコ型のソーセージ。

――まるで幼稚園児を誘惑するコスプレママの罠みたいだな。


「ありがとう。でも俺、罠弁は食べない。」


「え?罠?」


「可愛すぎる弁当には、何か裏がある。信じられない。」


アミはまばたきをする。もう一度する。その笑顔が少し震える。


「それって…私が毒でも入れてるって言いたいの?」


「いや、ただ感情で炭水化物を武器にしてくるのが怖いだけ。」


ハルトはジュースでむせかける。


「明見、お前、契約書みたいな言い方やめろよ!!」


アミは立ち上がった。頬が桜のように赤く染まる。


「みんなが下心で料理してるわけじゃないのよ!」


「じゃあ、感情がほしい誰かに作るべきだったね。」


そう言って、明見は乾いたパンを一口食べた。


アミは怒って去っていった。数分で、校庭中がその話で持ちきりになった。



五日後


カイトの手に一通の手紙が届いた。


「倫理委員会からか…いや、違う。キリュウイン・アリサからだ。」


ハルトとカイトは同時に顔を見合わせた。


「アリサ!?あの女王!?クラブの会長が!?」


明見は、金魚鉢の掃除でも頼まれたかのように、静かに読書していた。


「何の用だって?」


「今夕、旧校舎の演劇部会議室に来てくださいって書いてある! これは…!!」


「歩く距離が増えただけじゃないのか?」


ハルトが明見の制服をつかむ。


「バカか!!アリサが直々に呼び出すなんて、尋常じゃないぞ!これは…対決だ!!」


「別に行く気ないけど。」


カイトがため息をついた。


「行かないと…アリサが来るぞ。それで、誰も無事には済まないって知ってるだろ。」


明見は考えた。


――金髪で巨乳で皇帝みたいな顔して、桃の香り…

これは大人向けシリーズの導入か?


「わかった。行くよ。」


ハルトとカイトは、まるで戦争終結の和平協定が結ばれたかのように目を輝かせた。


「うそだろ!?明見がアリサに会いに行く!?これは…爆発するぞ!」


明見は立ち上がり、本とクッキーの袋を持ち、旧校舎へ向かった。


いつもと同じように。

いつもの無表情で。


…この出会いが、自分の人生で最も危険なゲームの始まりになるとも知らずに。

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