35. イーデンさんへの売り込み
俺、ハンナ、マークはピングリー商会を訪ねた。
普段に上薬草や特上薬草を納品する時は、従業員のボブに渡している。
今回は、話があるからと副会頭のイーデンさんにアポイントを取っているのだ。
店の一階でボブを見つけ、案内してもらう。
ボブが、イーデンさんの部屋のドアをノックし、「アレンさんたちをお連れしました。」というと、
「どうぞ」と言われ、三人で中に入る。
イーデンさんが席を立ち、俺たちに握手をする。
マークはカチカチになりながら、「「マークです。」という。
俺とイーデンさんは、紅茶を飲みながら無難な世間話をする。
10分くらいしたところで、イーデンさんが聞いてくる。
「アレンさん、それで今日はどんな御用ですか?」
「単刀直入に申し上げます。 このマークを雇っていただけませんか?」
マークが驚く。今日は紹介だけとか思っていたようだ。
「ほう。他ならぬアレンさんのお願いですし、検討はしてみますが、彼はどんな能力をお持ちですか?」
「あ…あの…」
マークが緊張しすぎてまともに話せない。
俺は説明を始める。
「彼はマーク。孤児の冒険者です。もともと商家志望だったんですが、スキルが一見使いにくいものだったので、どこにも採用してもらえませんでした。」
「なるほど。。アレンさんはそういう方を救いたい、と先日おっしゃっていましたね。では、どんな能力をお持ちか聞いても? 本来は冒険者の手の内は聞いてはいけないのでしょうけれど、採用となると聞かざるを得ません。」イーデンさんが聞いてくる。
さあ、ここからがプレゼンだ。
「イーデンさん、天賦の才の授与式で告げられるスキルは、あくまできっかけに過ぎません。
たとえば、剣術のスキルを持っているが剣を握ったことのない人と、10年剣の修行したスキルなしの人、どっちが強いと思いますか?スキルの名前で先入観を持ってほしくないのです。」
「なるほど。では、マークさんに何ができるか教えてください。」
「はい。ではまず、計算ですね。 50x50までの掛け算はすべて暗記しています。」
「ほお。マーク君、34x36は?」
「1224」
「19x43は」
「817」
「なるほど。」
イーデンさんが納得したようだ。
「あと、それ以外の計算も正確にできます。帳簿かなにか、数字が並んでいるものがありますか?」
「ほお。」イーデンさんはボブに目くばせする。
ボブが持ってきた帳簿をマークに見せる。一番下の合計部分を手でかくして。
「合計はいくらかな?」
マークは虫眼鏡を覗きながら答える。
「12481です。」
イーデンさんが明らかに驚いた。
「これだけでもかなり使えるでしょう?でも彼にはもう一つ大きな武器があります。」
「ほう。それは何かな?」イーデンさんが興味深そうに聞く。
俺はイーデンさんに向き直る。
「マークに、ここの調度品を見させてもいいですか?」
イーデンさンがうなずく。
俺はマークに言う。
「マーク、この部屋の調度品の中に、安物がある。探してみろ。」
ハンナとボブが目を丸くして驚いている。
(偉い人の部屋でそんな事言って、嫌われちゃうよ…)
ハンナの顔にそう書いてある。
だが、イーデンさんのほうがもっと驚いた顔をしている。
それに気づくことなく、マークは黙々と調度品を一つ一つ見ている。
「マーク、この正面のあたりの品を先に見てみろ。:
俺が言うと、マークはイーデンさんの机の向かい側のの壁のくぼみに飾られた品を見始める。
マークの雰囲気が変わったので、俺は聞く。
「どうした?」
「この壺とこの絵皿、ちょっと違うんだ。他のものは高級品なのに、この二つはたぶん普及品、というか安物だと思う。」
俺はイーデンさんに向き直る。
「イーデンさん、どうですか?彼の能力は。」
イーデンさんがなぜか首を横に振っている。
「間違いでしたか?」
俺が聞くと、
「いや、大正解だ。恐れ入った。」と彼が答えてくる。
「まだ初級ですが、マークにはこのように鑑定の能力があります。この力は、これからいろいろな物を見ていくうちに、もっと伸びていくでしょう。。計算の能力と、鑑定の能力。
この二つが、マークの売りです。住み込みで採用して貰えませんか?」
俺は告げる。
イーデンさんはマークのところにつかつかと歩いていき、マークの両手を握る。
マークは驚いて声をも出ない。
「マークくん、ぜひうちで働いてください。給料は月に大銀貨20枚(20万円)。それにくわえて能力によりボーナスも出す。従業員寮は無料でここの裏庭にあるから、個室を用意する。どうだい?」
マークは感激でなかなか動けなかったが、絞り出すように「お願いします。」と言った。
「しかしアレンさん、どうしてこうなったのですか?あなたは、なぜこの部屋に偽物があると思われたのですか?」」
俺はにっこり笑う。
「以前ここに伺ったとき、私が調度品を誉めたら、一瞬苦い顔をされましたね。そして、ちらっと壁の調度品を見ました。
その行動を見て、何か調度品にトラウマをお持ちでは、と思ったのです。
たとえば、目利きができずに、偽物を掴まされたとかね。」
「そこまで観察されていたのですか。お手上げですね。」
「マークが私のところに来た時、彼は助けを求めていました。商人になりたいのに、誰にも聞いてもらえない。実際、25人に断られたんです。その中には、ピングリー商会の番頭さんもいたのですl
私は、以前にも言ったように、弱いスキルの若者を集めてクランを作りたいと思っています。ただ、クランに入れるだけが方法ではありません。
自分が望む方向性へ進む手助けができれば、それでもいいと思っています。
今回、マークは商人になりたいと言いました。そして、彼には絶望的なほど冒険者への適性がない。でも商人になりたいという気持ちは本物でした。
だから私は、彼を鍛えました。彼のスキルは、応用が効く。であれば、どう応用したら商人に向くのか、と考え、計算と鑑定をマスターさせました。
この能力があれば、商家のどこでも雇ってもらえるでしょう。
なので私は、イーデンさんにご紹介したのです。
これは、先日来いただいた服と靴のお礼でもあります。
マークは愚直に、真面目に物事をこなします。バックオフィス的な業務にも適性がありますし、根性もある。
ぜひマークを鍛えて、一流の商人にしてやってください。」
俺は頭を下げる。マークも深々と下げる。 二人の様子に気づいたハンナもあわてて頭を下げる。
「わかりました。ありがとうございます。」
イーデンさんは俺に向かって言い、そのままマークに向き直る。
ではマークくん、明日の夕方来てくれ。書類や、入寮の手続きをする。明後日から仕事開始だ。いいかな。」
マークはうなずく。、
「はい、問題ありません。:
俺はそれを確認して言う。
「ありがとうございます。では本日は失礼します。マークをよろしくお願いします。」
イーデンさんがうなずいて言う。
「あと付け加えますと、この部屋には、あと3つ贋作があります。マーク君、勤め始めて一週間以内に、偽物をあと3つ探してください。」
「わかりました。頑張ります。」マークはしっかり答えた。
「じゃあ、私たちは今度こそこれで失礼します。マーク、帰るぞ。」
俺たちは馬車で送ってもらい、宿に戻った。
馬車の中、マークは半分夢の中のようだった。
「よし、今日は送別会だ。マーク、好きなところでいいぞ。」
「あ、ありがとうございます。でも宿の飯が一番いいや。お願いします。」
俺たちは夕食を食べ、体を清めて最後のマナ練習だ。
三人で手を握って「ぐるぐる」をやる。
それが終わったあとで、俺は言う。
「最後だ。ハンナ、俺は席を外すから、マークとしっかり練習してやれ。
あと、これを使ってもいいぞ。」
俺は小瓶を渡す。
「これは?」「ぬるぬるだ。好きに使え。」
そして俺は部屋を出て、ギンガと夜の街を散歩する。
戻ったときには、マークはもう部屋に戻っていた。
なぜか部屋の窓が開いている。換気でもしているのだろうか。
「ハンナ、お疲れ様。」俺が言うと、ハンナが言う。
「アレン、ぬるぬる出して。」
「どうした?」
「マークにしてあげた以上のことを、アレンにしてあげる。」
ハンナは俺のシャツのボタンに手をかけた。
翌朝。
俺と、普段に増して色艶のいいハンナは、マークが養鶏家のジョージさんのところに挨拶に行くのに同行し、最後のひよこ分別を見守る
昼飯を食ってマークの部屋を引き払うと、もう時間が近づいている。
「マーク、頑張れよ。」「頑張ってね。」
「アレン、ハンナ、本当にありがとう。この恩は一生かけてでも返すよ。」
「ああ、期待してるよ。じゃあ、元気でな。」
マークは明るく手を振り、商会へと歩いて行った。 一か月ちょっと前の、おどおどしていた少年はもういない。
自信を持ち、希望に胸を膨らませる、元気な少年の姿だった。
俺はハンナに尋ねた。
「ハンナ、昨夜マークに何をしたんだ。」
「もちろん秘密よ。ただ、あっと言う間に終わったってことだけ教えてあげる。」
ハンナがだんだん謎めいた女の子になっていく気がしてやまない俺だった。
(第二部 マーク編 完)
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作者です。
やっと第二部終了です。
なかなか男の子のストーリーは進みませんね。(言い訳)
次回からはプリシラ編です。 ぬるぬる多めになると思います。
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