第21話 レッツメイクアツアツデニッシュ ⑤

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。


 そういえば住居さえ知らなかったため、アマリさんに聞き出し、ジャスくんの住む職員寮へとやって来ました。突撃職員寮の朝ご飯。


「と、いうわけで、付き合ってください」

「え? 何? 放置されてたかと思いきや突然の愛の告白系?」

「違います」


 単身用のその部屋は少し狭くも清潔で、清潔を通り越して虚無。ジャスくんらしさ抜群のまるで生活感のない空っぽの部屋でした。そっとパンたっぷりのバスケットを置いて虚無を侵食しておくことにしましょう。


「かくかくしかじかモチモチ蒸しパン。と、いうわけで、爆裂パンを作るための素材採取と、私の戦闘訓練に付き合ってください。行き先は──」


 事情を説明すると、ジャスくんはニヤリと笑いました。


***


 そしてやって来たるはラピス海岸。


「そっざい〜、さいっしゅ〜!」


 眩しい太陽に照らされた白い砂浜が美しく、観光にももってこいのエリアです。


「砂ってドキドキする的な。埋められてぇ……」

「はいはい、今日は採取目的ですからね。また今度アマリさんも連れてきてたっぷり水着姿を堪能して遊びましょう」


 あと一月もすれば海水浴客で賑わうエリアです。


「うーん、潮風が気持ちいい。パンに合う美味しい空気ですね」


 チーズトーストを懐から取り出して食べようとすると、その時、それを奪い取って行った魔物が。


「あ、あれは!」

「トビマウスかぁ。動き止めりゃ一発の雑魚敵的な?」


 空高く飛び上がった魔物を目で追っていると、ジャスくんがアドバイスをくれました。今日はジャスくんはいざという時の保険で待機、基本は私が戦闘に挑戦していきます。


「さてどうする!? 興奮して来たっしょ! 例えばアマリ様が使う水属性の魔法は凍らせたり泡に閉じ込めたりで相手の動きを奪う制御系に強いんよ! んで、お師匠の使う風属性の魔法は竜巻や鎌鼬を起こして物理攻撃の威力を上げたり追い風で素早さアップも出来て剣士系前衛向き的な! 光魔法で目をくらませて落とすのもありだし、雷魔法で磁場を操るのもアリだね、闇魔法で呪いをかけて動きを奪うのもアリ寄りのアリ!」


 ジャスくんは戦闘が大好き。長々とアドバイスをくれます。私の周りってこんな人ばかりですね。


「まずは自分で考えますね。ちょっと黙っててください」

「ひゅーっ! 来て良かった!」


 口出ししたくても大人しくしているようお願いしたら、動けないように自ら手錠をかけ呪いをかけ火の輪を纏い、その他諸々で自らの動きを封じて大変興奮した様子でした。


「チーズチキンバーガー、良いですね」


 さて、それでは。今回は戦闘にチャレンジということで、今までパンと無関係なので触れてこなかった、この世界の魔法の基本について突然触れてみます。


 我が国の魔法学では、魔法は炎属性、水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性の6属性に大別されます。


 多くの魔法使いは、その属性のうち1〜2属性を得意属性とします。


 ちなみに私は──


「エマっち何属性得意系?」

「全部ダメです」

「マ?」


 そういう人もいるのです。優秀なお偉い魔法使い様たちにはそれが分からんのです。


「へえ、パンを焼く時に炎属性魔法とか使えりゃ良いのにね。俺とオソロかと思ったのに」

「え!? ジャスくん炎魔法がお得意なんですね……?」


 こちらも忘れがちなので振り返ってみましょう。ジャスくんは戦闘が鬼強すぎて、退屈しのぎに魔法を使わないという愚かなセルフ縛りプレイの戦いを楽しみ、その結果隣国の騎士団から追放されたイカレドM騎士です。


 改めて追放理由に理不尽さのかけらもない至極正当な追放ですね。


 いえ、つまりジャスくんは本当は炎魔法も使える魔法騎士だということです。天は二物を与えまくり。でもそういう人が居ても良いですよね、私は全力であやかりたい。


「…………オーブンとかお好きですか?」

「炭化間違いなしだからやめとき?」


 なんてダラダラもたもたとしていると、トビマウスは逃げ出してしまいそうでした。


「あ、ちょっと! ええと、ええと、ジーン先生が持たせてくれた魔道具の中に……。あった!」


 ガサゴソと鞄を漁り、『封印の杖』を取り出します。


「いち、にの、さん、せいやっ!」


 その杖を振ると、あら不思議。魔物の動きが止まります。そう、魔道具があればこんなことが可能。魔法が苦手な人の救世主なのです。


「せいや!」


 さあ、いざゆかん。紅玉魔石を投げると、次の瞬間、真っ赤な炎が魔物を包み込みます。しばらくすると、トビマウスが地上に落ちて来ました。


「討伐完了です!」


 無事に戦闘を終えましたが、その時にはチーズトーストはもうキラキラの灰になって食べられそうにもありません。


「……戦いって、辛いですね」


 私が肩を落とすと、ジャスくんはぽんと肩を叩いて慰めてくれました。


 しかし、どんなに辛くても、どんなに苦しくても、地道に経験値を積み重ねていくしかないのです。


「やっぱ魔道具ってすげー」


 さて、雑談をしつつ討伐をこなすうちに、日が西に傾いてきました。夕日に向かって走りながら次々とエンカウントした魔物を倒していきます。


「花実竜、出ませんね」


 撤収を考えていたその時でした。


 オイシーワ、と変わった吠え声が聞こえます。


 花実竜です。花実竜の鳴き声がします。そして鼻腔を擽る甘い匂い。間違えようもありません。振り返るとそこには──


「……え?」

「あ、やべ、エマっち強運?」


 たしかに花実竜が飛んでいました。


 ──でも。


 しかし、その大きさが、おかしいのです。


 家よりも大きいくらいの巨大な竜が、私達という獲物を見つけ、だらりと涎を垂らしていました。


「これヌシじゃん」


 ぶるりと背筋が凍りました。

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