第20話 レッツメイクアツアツデニッシュ ④
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。
「いつから居たんですか?」
「パンを傍に置けのあたりから」
「一部始終聞いてたんじゃないですか」
憧れのアマリさんと二人きりのレッスンかと思いきや、なんか室内作業中のジーン先生が居ました。
「もっと存在を主張してくださいよ」
「別に意図的に隠れていたつもりはない。ただなんとなくいつの間にか入っていく機会を見失って、今さら気が付かれたら気まずいからと音を立てないようにしていただけだ」
「忍者とか向いてるのでは」
拗らせて不思議な才能ばかり伸ばしているジーン先生でした。
いっそどこかに隠そうかと考えていると、時すでに遅くアマリさんがやって来て気がつきます。
「わ! ジーンくん居たの!? 声かけてくれれば良かったのに」
「二人仲良く話しているところに三人目として入っていけるコミュニケーション能力が俺にあるわけないだろ」
「相変わらず難儀な性質だね」
アマリさんからちょっと困ったような顔を向けられるジーン先生。ジェラシーが燃え上がります。
「ジーン先生ひどい! アマリさんのその微妙な表情は本来私に向けられるはずだったものなのに!」
「どんな嫉妬だ」
「はい本題に戻るよ」
無事に呆れ混じりの表情を向けていただけたので、何事もなかったかのように切り替えます。
***
アドバイスを受けて、探索補助系の魔道具図鑑を読み込みます。
「アイデアに詰まった時に別カテゴリの魔道具のレシピを見てみるのは良いね。思わぬ解決策が見つかることがあるから」
草や低木を切り裂いて道を拓く魔法の鎌に、道を塞ぐ大岩を砕く魔法の金槌、水上を歩けるようになる魔法の靴に、崖を登るために体を支えてくれる魔法の爪、水の中で呼吸をするための魔法石。
日頃平和な市街地で生活する者としては馴染みのない魔道具の数々です。
正直、読んでいて全然興味がそそられずしんどいですが、ここは頑張りどころ。
すると、その中に──
「こ、これは……!」
私がピンと来たその魔道具の資料を見せると、お二人はおおと声を上げました。
「魔寄せの香水。一定時間周囲に魔物をおびき寄せる効果のある香水。罠などに使う。花実竜の鱗から作る」
いつものように、ジーン先生が図鑑のように解説を読み上げます。
「たしかにこれを上手く調整して使えば、パンに魔物を寄せ付けることも可能かも……」
アマリさんもご納得のご様子で、さらさらと紙にメモを書き出しています。
「うん、すごく良い」
「えへへ、褒めて褒めて、褒められて発酵して膨らむ子ですからもっと褒めてください!」
発想力への称賛を存分にいただきます。
「となると、次の問題は素材をどう獲得するかだな。果実竜の鱗か。アマリ、お前ドラゴンに詳しかったな?」
「え? いや、私なんて全然。ちゃんとした魔物の専門家に聞いた方が良いんじゃないかな。私は分類と生息地と魔法属性と捕食するものと天敵や弱点くらいしか分からないよ?」
「充分ですよ?」
充分でした。アマリさんの情報をもとに果実竜の鱗採取計画を立てます。
花実竜は風属性の翼竜系の小型のドラゴンで、その多くは南方の海岸付近に生息しています。甘い香りを放つ花と実で獲物を誘い出して捕食します。ヒトにとってもとても良い香りがするため、魅了混乱状態にならないよう注意が必要です。弱点は炎属性の魔法で、大型の火炎竜系のドラゴンが天敵です。
「それじゃあ、そのドラゴンを討伐するのに、紅玉魔石を大量に作って、護衛をジャスくんに依頼しましょう」
「比較的討伐しやすい魔物だ。良い訓練になるだろう」
「というか紅玉魔石デニッシュを作らずともそれならずっと紅玉魔石を使えば良いんじゃないかなってのは気にしちゃいけないところかな……」
気にしちゃいけないところです。
さあ、次回、いざ討伐クエストへ。
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