第13話 レッツメイクヤタイノケバブ ⑤
こんばんは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。
「舞踏会は良いのか? ジャスパーに誘われてるんだろ?」
「まだ間に合います。この悔しさを忘れないうちにやりたいんです」
夕飯に売れ行きの芳しくなかった魔道具を食べ、気持ちを切り替えてレッツ製作ニュー魔道具です。必要とされる魔道具、と考えて、思いついたものがひとつありました。
まだ夕暮れ時。王宮での舞踏会は日が沈みきってからです。
「ジャスくんはすっぽかしたらすっぽかしたで喜びそうですし」
「興奮材料を与えて良いのか?」
「間に合わせましょう」
さて、どうしましょうか。
と、考えていると、玄関を叩く音が。
「こんばんは。やってる?」
扉を開けて入ってきたのは、なんと憧れの人アマリさんでした。
「アマリさん!?」
「お疲れ様、エマ。差し入れに露店のカステラを買ってきたよ」
もしや、これはやっぱり舞踏会でダンスフラグ──
「酒場みたいに入ってくるな。舞踏会は?」
「サボり!」
元気の良いお返事。いつもに増して爽やかな笑顔のアマリさんでした。
「堂々と言うな」
「今日はもう休んで良いって言われたもん」
「仕事は終わりで舞踏会に行けという意味だそれは」
「余暇の使い方は自由だもん」
いえ、これくらいで私の憧れ度が下がったりしませんとも、ええ。
「お前はもう少し社交性を持て」
「君にだけは言われたくないんだけど!?」
ジーン先生からは冷静に考えると理不尽なことを言われています。
「同僚に挨拶とかあるだろ」
「だって女装したくないんだもん」
「正装だろ」
繁忙期でお疲れのためか、アマリさんの何かが崩れてきている気がします。残念なお姿を拝見できて嬉しいような少し残念なようなそれもまたいいような。
「それで、調合中だよね? 何か悩んでいる?」
そして何事もなかったかのような大人らしい切り替えがお上手です。追求しないことにしましょう。
「かくかくしかじかで新商品を考えたくて。あの、私、ダンスが上手になる魔道具を作ってみたいんですが……」
「良いアイデアだね。そういう日用品の魔道具ってどうしても手薄になるし、需要があるんじゃないかな」
ぱっと明るく肯定していただけて、ほっとひと安心します。
この憧れの人の感覚は信頼できる。そして──
「例えば、その、今晩のパーティでも、上手く踊れるなら参加したいっていう人もいるかなって」
「うん、そうだね……」
アマリさんはふむと口元に手を当て考え、にっこり笑顔。柔らかな笑みの中に何か隠していることがありそうで、薄々察していたことを勇気を持って伝えてみます。
「アマリさんってダンス苦手で舞踏会サボってたりします?」
「え、あ、あはは……」
私の予感は図星だったようで、気まずそうな照れ笑いです。
「じゃあ、じゃあ、これが出来たら一緒に舞踏会に来てくれますか!?」
ぎゅうっと両手を取ってその綺麗なお顔を見つめると、気まずそうに目を逸らされました。
「さて、作ろうか!」
「あ! 話題逸らしましたね!?」
わちゃわちゃとしていると、私たちの攻防を無言で眺めていたジーン先生がしびれをきらして紙を広げ魔道具設計図を作り始めました。
「要するに協調運動補助系の魔道具にあたるわけだ。戦闘用よりもかえって微細な調整が必要になる」
「装備系は今からだと難しいだろうし、能力向上薬品系かなあ。この素材はどうかな?」
アマリさんが戸棚から踊り子のスパイスを手に取ります。
踊り子のスパイスは素早さを上昇させます。しかし混乱状態に陥り、戦闘中にも関わらずひたすら踊ってしまうとか。
「あ、これも使えそうです!」
私はマネマネズミの肉に目をつけます。
マネマネズミの肉は素早さを上昇させます。しかしマネマネの呪いがかかり、周囲の動きを真似てしまうとか。
「混乱と呪いの重ねがけから入るなよ。普通に体の動きを良くする効果を狙えば良いだろ」
ジーン先生がそこに混乱治しの蜜砂糖と解呪のカミモールを少量混ぜ合わせます。
さらにマトの実をたっぷり追加。マトの実は素早さを上昇させ、そしてひらりと回避の効果があり、回避率を上昇させます。
「たしかに素早く動ければ踊りやすいかもですね。あ、これも!」
オリベ油は素早さを上昇させ、そして連続攻撃付与効果があります。
「これは? 決めポーズとかバッチリ決められるかも!」
レト草は素早さを上昇させ、そして集中状態付与の効果があり、物理攻撃の命中率を上昇させます。
「舞踏会のダンスには必要無さそうだがな」
さっくりと冷静なご指摘。でもちょっと、もしかして笑っていらっしゃる?
ああ、楽しい時間です。こんな時間がずっと続けば良いのにと思うほど。
けれど、そろそろ舞踏会の時間です。気分は逆灰かぶり姫。もう舞踏会に行かねばなりません。
「お二人ともありがとうございます。じゃあ、あとは調合成功率を上げるエン麦粉と……」
「オチが見えてる」
シイ海岸の塩、純粋な水、ふくらみの元を加え、鍋に入れ、呪文を唱えます。
「ヤネギン ミエテス エヨダハ スンウッソ ダイカ!」
蓋を開けると、そこには──
「ホップ! ステップ! ハヤスギル! シュンソクフェスタケバブ!」
お祭りの屋台にぴったりのケバブサンドが完成していました。
さあ、次回はいよいよ舞踏会です。
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