第2章 パンが好きすぎる見習い錬金術師とお祭り騒ぎ
第9話 レッツメイクヤタイノケバブ ①
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い錬金術師です。
「ジーン先生、ジーン先生、もし賢者のパンを作れたら何をお願いしますか? 私はやっぱりエン麦の大量生産を」
「手が止まってる。現実逃避するな」
このごろ、春の感謝祭が近いため、王都ブレストフォードがいつもに増して賑わいを見せています。
そんな中、師匠であるジーン先生とともに携帯用乾パンを齧り、賑わいと対極の時間を過ごしています。
「このごろ依頼が多いですね」
「繁忙期が来る」
「まだ来てなかったんですか?」
祭典に向けての準備期間は様々な物が必要になる期間。多種多様の調合依頼が舞い込み、錬金所は既にパンの手も借りたいほどの忙しさです。
「そろそろルベラ鉱石の在庫が切れるな。…………時間がない、買うか」
「買い出し! 買い出しは私が! お外出たい! はい乾パントス私の勝ち!」
「裏表の判別付かないだろ」
こんな時ばかりは素材採取大好き人間のジーン先生も錬金所に篭りきりです。
「さて、次の依頼は……」
馴染みのお客様などから直接口頭で持ってこられた調合依頼は急ぎの依頼。こちらは本日までの依頼分はなんとか消化しきれました。
続いて冒険者ギルド掲示板に張り出されていた依頼。これらは無理にこなす必要はないのですが、掲示板を埋め尽くしていく依頼の数々と、日に日に目の隈が悪化していくお人好しの憧れの元錬金術師様を見かねて、いくつか引き受けてしまったのでした。
これがなんとも厄介。
普段錬金所を利用しないお客様ゆえに、ふわふわとした依頼が多いのです。
以下、例文。
『感謝祭の日に広場で出し物をします。使うだけでパッとその場が華やかになる魔道具はありますか?』
『王国祭の警備強化のため、防弾効果の魔道具を』
『感謝祭の市で石窯焼きの料理を作るんだが肝心の石窯が壊れちまった! 炎魔法対応の煉瓦を分けてくれねえか?』
『感謝祭の夜、大好きな彼に告白するの。絶対上手くいくように媚や……おまじないをください♡』
『春の感謝祭の午後三時、王室の宝を盗みに参ります。透明マントをください』
好き放題です。
しかし、そんなお客様の細やかな願いをひとつずつ叶えてこそ調術所。頑張りましょう。
幻影の香水、鋼鉄ニット、耐魔煉瓦、恋のお守り、犯行予告目撃報告書を作る計画を立てます。中間素材となる原ポーション、金剛合金、魔封じの赤土、白無地のお守り、白質上質紙を作ります。
この時点でへとへとですが、もう一息です。
ぐるぐる、ぐるぐる、次々と素材を混ぜて呪文を唱えます。ここまででもう何日が経過したでしょうか。その間、食事は朝も昼も夜も乾パン祭り。
鍋の蓋を開け、最後の一品を回収します。
「で、出来たー!」
「お前に真っ当な魔道具を作らせるの、正直もう諦めてたんだが、客からの依頼には真っ当に答えるのか」
「はぁぁ、お疲れ様です。ギルドへ配達ついでにパンキメて来てもいいですか?」
非常に頑張ったので、お叱りは言葉の選択への配慮についてのみでした。
数日ぶりの外出です。
食パンを頬張りながら街を歩くと、あたりは陰気な錬金所とはうってかわって、陽気な空気が漂っています。
華やかな装飾が街を彩り、催し物広場の周りには複数の露店が設置準備中です。
そうだ、あそこでうちも出店もするんでした。
わあ。
脳が容量不足を必死に訴えていたところで、ようやく王宮冒険者ギルドに到着です。
受付で依頼の品を収めると、奥の部屋から見慣れた人影が。
「エマ! お疲れ様!」
「アマリさん! お疲れ様です!」
私を見つけた途端、死んだ魚のような顔から花が咲いたような笑顔に変わったのは錯覚? 前者は錯覚であってほしいですが後者は真実であってほしいものです。
推しの顔を拝見でき、来たかいがあったと喜んでいると、途端、跪かれ、地面に頭をぶつけそうな勢いでお願いをされます。
「大っっ変申し訳ないんだけど、私からも依頼をお願いしたくてね」
そんな気はしていましたが、ギルドの繁忙期もやはり度を越して酷いもののようです。
でも、さすがに無理かも。
時間をいただき、えいやと二斤目の食パンを食べてから再考します。
さすがに無理かも。
「どうか。どうか。お礼に後日なんでも好きなパンを作るから」
「やります!!」
やります。いやあ、欲望は生きる原動力ですね。
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