第6話 レッツメイクモサモサクッキー ③

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。幸せいっぱいの十四歳。見習い錬金術師です。


「クッキー? なんでクッキー?」


 ブレストフォード西錬金所へ来てももなお、アマリさんは大変混乱されていらっしゃいます。どうしてそんなに。


「パンじゃなくて良いの?」

「私、エン麦粉を使った食品はなんでも好きですよ。それに、もうすぐ春の感謝祭じゃないですか」


 ブライグランド王国では、春夏秋冬それぞれの季節に精霊感謝祭があります。春の感謝祭は比較的小規模なものですが、感謝祭の日に好きな人にクッキーを贈るという文化があるのです。


「え!? エマ、誰かあげたい人がいるの!? もうそんな歳頃か……」

「アマリさんですよ!」

「え、なにそれ可愛い。ほっこりする……」


 由来としては恋愛の告白や婚約の申し出の意味があったそうですが、昨今では恩人や友人に贈ることも多くなっています。


「義理じゃないですよ!」

「そっか、そっか。友達と思ってくれているなら嬉しいよ」


 全力の子供扱いで頭を撫でられます。完全に後者だと思われているし。むぅ。これはこれで大変よろしい。全力で甘やかされておきましょう。


 さて、それでは早速調合と参りましょう。


 今日は特別に錬金所の倉庫の素材使いたい放題。素材マニア師匠の手により集められた、たくさんの素材が並ぶ棚を好き放題に漁ります。


「相変わらずすごいな……」


 アマリさんもその整頓された素材の多さに呆然としています。


 植物素材系の棚に並べられた瓶の中から、気になったひとつを手に取ります。小さな赤い果実が実る蔓状の植物。


「これは何の素材でしょう?」

「ルベラ苺。食べた人を混乱させる効果があるから、今回のクッキーには向かないんじゃないかな」


 ジーン先生ほどではないものの、アマリさんも素材の解説をまるで図鑑のようにしてくださいます。


「味はどうですか?」

「甘酸っぱくて美味しいらしいよ」

「いただきます!」

「躊躇なく!?」


 試食です。一口味見をさせていただきました。瑞々しくほのかな酸味に後からくる甘みがたまりません。無限にいける。


「採用です」

「混乱を解きなさい。蜜砂糖を舐めて」


 甘みで舌が蕩けるような蜜砂糖には、混乱回復効果があるそうです。こちらと併せて採用すれば、混乱を相殺出来ますね。


 次に魔物討伐素材系の棚にあった卵を手に取ります。巨大な鳥類の卵とお見受けしますが、果たして。


「グリフォンの卵。強い体力回復の効果があるよ。味は鶏卵に近いかな」


 試食です。しっかりだけどまろやかな蛋白の味。採用です。


 次に中間素材系の棚に向かいました。


 中間素材とは、錬金術によって作られた調合素材のことを指します。調合合金や魔法布などがこれらに該当します。氷魔法保存器の中にあった、紙に包まれたバターを手に取りました。


「強化バター。不眠付与効果があって、身体ステータスを少し向上させてもくれる。味は濃厚」


 試食です。のっちりとした旨みの塊。採用です。


 最後に魔道具の棚へ。


 完成した魔道具をさらに調合の材料にすることも出来ます。甘い香りのする謎の液体の入った薬瓶を手に取りました。


「これは……」

「何だろうね? 薬かな?」

「自白剤と書いてあります」

「何作ってんのあの人」


 今回の調術には関係がなさそうだと棚に戻そうとしましたが、その甘い香りが妙に癖になりました。えいやと一口舐めると、その味は。


「に、苦い!」

「好奇心旺盛がすぎる!」


 さて、例え毒であったとしても、この場に毒消し効果のある素材はたくさんあるので問題なしです。果たして効果は。


「神が与えたもうた奇跡の素材エン麦粉から作られる数々の品々のうち、クッキーは嗜好品部門最高峰と言えます! サクサクもしくはしっとりのクッキーが王道だと分かっているのですが、実は私は、邪道と分かりつつもモサモサとした食感で口の中の水分を奪うような素朴なクッキーが好きなんです!」

「何の告白?」


 なんということでしょう、心の奥に秘めていた本音がうっかり口から漏れてしまうではありませんか。すごい効果です。


「この薬品も入れたいです。バニラエッセンスみたい」

「無視して良い効果なのそれは」

「愛の告白を促すクッキーとして売れたりしませんね? この甘い匂いめっちゃ大好き絶対使いたい」

「自白してる」


 さあ、調合です。


 材料を鍋に入れ、たっぷりの魔力調整剤を加え煮込みます。


「ナハアク ノクイ ニコソノ」

「スンウッソ ダイカ」


 出来上がりです。素材の数は少ないもののそのどれもが最高品質の一級品です。


「うっかり溢れる大好きの気持ち! 要らんことまでダダ漏れに! 告白クッキー!」


 ほかほかのクッキーができあがりました。


「さて、試食しましょうか」

「今の口上を無視しろと?」


 そう言いつつもアマリさんは私とともに数秒の躊躇ののちクッキーを口に入れました。良い人。


 芳醇なバターと甘いエッセンスの香り、口内の水分を奪う食感を楽しんでいると、上品な甘さが舌に広がります。大成功です。


「クッキーも好きだけどやっぱりパンも好き! このごろフワフワの柔らかい白パンが流行りですが、私としてはグルテンの少ない固焼きバケットの魅力を全人類に布教していきたいと考えています!」


「ドラゴンって超かっこいいよね! あの鱗、翼、牙、爪、全てが胸を熱くするよね! いつか死ぬ時は絶対ドラゴンの炎に焼かれて死にたい!」


 味の感想を述べようと口を開くと、胸の内に秘めた野望を口走ってしまいました。アマリさんのは何の告白なんです?


「すごいね、本当に勝手に口が動く」

「なにやら開示されなくて良い情報が開示されてしまいましたね」

「あ、もう普通に喋れるってことは、効果時間短いのかな」

「ではおかわりを」

「この流れでいく??」


 次のクッキーに手をつけると、アマリさんも続いてくれます。超良い人。


「少女向け作品の報われない白王子は良いものです! 冴えない眼鏡イケメンは尚良し! おっとり属性萌え!」


「ゴツゴツした硬い長い指! 寝起きの少し掠れた低い声! ごく稀に見せる可愛い砕けた笑顔! 待ってこれ本当にやめて!?」


 と、アマリさんが両手で顔を覆ったその時、ドンドンドンと玄関の戸を叩く音がしました。


 玄関を開けると、そこには年頃の近そうな男の子が立っていました。


「お取り込み中失礼。エミリア・ベーカーで合ってる?」


 突然のフルネーム呼びに狼狽えます。


 関係ないですが、なかなか整ったお顔立ちの男の子です。赤髪の長髪に紫色の瞳。すでに私よりも背が高いですが、まだまだ伸びそうな成長途中の身体に、かっちりとした王宮騎士の制服を着込んでいます。


 誰?


「ああ、ジャスくん」


 ぽかんとしていると、アマリさんが間に入ってくれました。


「お、アマリ様奇遇? ちっすちっす、噂のエマっちに挨拶に来たよん」

「エマ、この子はジャスパー・ラッセル。最近ギルドに入った期待の新人騎士だよ。君たちの話をしたら是非とも護衛がしたいと言っていてね」


 紹介していただいて早々にあれですが、なんかノリがすごい嫌です。


「よろ! エマっち噂通り超可愛くて助かる系! てかそのクッキーも魔道具? マジやべえ!」

「マジやべえ?」


 聞き慣れない口調に驚き、思わず復唱してしまいました。こうして出会わなければおそらく一生縁のなさそうな類の方です。


 めちゃくちゃ嫌、と思っていたら、ひそりとアマリさんに耳打ちされます。


「……少し素行に問題がある子なんだけど、腕は確かだから」


 さしてフォローになっていないフォローをされます。警戒の念を込めて爪先から頭の先まで観察していると、目が合って揶揄うようににやりと笑われました。


「ねね、そのクッキー魔道具食べて良い系?」


 すごい嫌。などと考えていると、目ざとく見つけたクッキーを自然に手に取ったため、止めるのが遅くなりました。


「あ、ちょ、危ないですから! 食べちゃダメですよ!」

「実験台? なるなる!」

「あ」


 あっという間にパクリと口腔内へ。何ですかこの人、全然人の話聞かない、なんて怒っている場合ではありません。


 ただでさえ口の軽そうなこの騎士様にうっかり何を話されてしまうやら。すぐに解毒を──


「うっひょー! 良い目! 軽蔑され罵倒され虐げられ苦境に追いやられたい! 強い相手と戦う時ってわくわくすんじゃん? ぎりぎりの戦いの時ほど興奮すんじゃんね! それが楽しすぎて縛りプレイ魔法なしの剣のみで戦ってたら魔力のない穢れた血筋と勘違いされて隣国の騎士団を追放されちった! そしたらこの国に拾われて、また戦えて、俺、今最高に幸せ! とりまよろ!」


 間に合いませんでした。本日三人目の犠牲者が発生しました。


「護衛の話、丁重にお断りして良いですか?」


「うは……ドン引き最高ぅ……!」


 何やら嵐のような人を紹介されてしまったので無かったことにしたいものです。

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