炭水化物の錬金術師 〜パンが好きすぎる見習い錬金術師、偏屈師匠やドM騎士と暴走〜

しろしまそら

第1章 パンが好きすぎる見習い錬金術師、さすがにパンが好きすぎる

第1話 レッツメイクヤキタテパン

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。元気いっぱいの十四歳。見習い錬金術師です。


 ご存知の通り、錬金術師とは、様々な素材に魔力を加えて専用の鍋で煮込み魔道具を作る魔法使いのことです。


「ぐっつぐつ〜っと。よしっ」


 鍋の中では素材がエレメントに分解されます。この段階まできたら一旦火を止めて鍋に蓋をし、杖で蓋を三度叩きます。


「ヨイシイ シンク パオ」


 呪文を唱えるとバラバラのエレメントが再構築されます。こうして新たな力を持つ魔道具が生まれるのです。


「スンウッソ ダイカ!」


 仕上げに火と風の魔力を加えて、煮込みに使った水分を飛ばして作業終了。


「うまくいってますように……」


 参考書のレシピ通りに魔道具を作るのが見習い錬金術師のもっぱらの仕事。しかし、自ら新たなレシピを作り出すことで初めて一人前の錬金術師として認められるのです。


 そして私は今、まさにその初めてのオリジナル魔道具作りに挑戦中なのです。


 さて、結果はいかに。


 おそるおそる蓋を開けると──


「やった! 成功!」


 なんということでしょう、出来立てほやほやの新作魔道具がばっちり完成しているではありませんか。


「ジーン先生! ジーン先生!」


 喜びで小躍りをします。早く誰かに見せたくて仕方がありません。


「……早起きだな。どうした?」


 はしゃいでいるとちょうど良いところに、私の錬金術の師匠であるジーン先生が起きて来ました。


「おはようございます! 見てください、ジーン先生!」


 自信作を腕に抱え、ジーン先生に駆けよります。

 ああ、早く感想が聞きたい──


 さあ、いざお披露目の時。


「ほっかほかのパンが出来ました!!」


「オーブンでやれ」


 心ない正論で一蹴されました。とても出来が良いのに残念です。


***


「ただの食パンだろこれ」


 ジーン先生は若き天才錬金術師。乙女のロマンに関心がなく、あまり表情筋が仕事をしないタイプの男性です。


「でもこのパン、シンプルだからこそ素材の甘みが引き出されていて、口どけも柔らかなんですよ?」

「要するにただの食パンだろ」


 つれない返事をされてしまいます。私の世紀の大成功をこれっぼっちも分かってくれません。


「……口どけも柔らかなんですよ????」

「んぐっ!?」


 フカフカパンの端をちぎってジーン先生の口に捩じ込みます。その瞬間、その無表情にわずかな変化があったのを私は見逃しませんでした。


「ほら、やっぱり大成功じゃないですか」

「……たしかに味は」


 この人結構チョロいです。


「いや、違う、そういう話じゃない。仕事道具を遊びに使うなと言ってる」

「遊びではありません! これだって立派な魔道具です!」

「魔道具としての効果は?」

「とっても美味しい! 食べるとハッピーになります!」

「要するにただの食パンだろ」


 ばっさりと言われてしまいます。


 そこまでチョロくはなかった、残念。


「でもでも、これからの時代、『ただただ美味しい! 魔法で作ったただのパン』みたいな商品が一周回って錬金術界隈のトレンドになったりしませんか?」

「しない」


 冷静に反論の余地もなく正当に主張が却下されました。


「むぅ……」

「次はもっと普通の魔道具を作れ」


 食卓に移動し、パンを薄く切り、一枚を有無を言わさず先生の皿に、一枚を自分の皿に載せます。


「もう、大人はそうやってすぐ漠然と『普通』とか言うんですから! 普通ってなんですか? どんな魔道具なら良いんですか?」

「既存のレシピに任意の素材を加えたアレンジ総合回復薬が無難だ。一時身体能力強化薬や魔力強化薬も良い。あとは合金や装飾品だな」

「わぁ、反抗期の弟子に具体的で明確な指示をくださる良い上司……」


 ジーン先生は来るもの拒まずハムとチーズを乗せて召し上がっていますが、私は今日のところは何も手を加えずに頂きます。


 とろけるような柔らかさ。もっちりとミルキーな瑞々しさ。優しく香るバターの余韻。


 うん、やっぱり美味しい。大成功。


 明日は表面を焼いて苺のジャムを塗って食べることに決めました。


***


 さて、どうしましょう。


 朝食を終え、素材採取に出かけたジーン先生を見送り、再び錬金鍋の前へ。


「うーん、紫ポーションのレシピのアレンジかな……」


 ここは素直にジーン先生のご助言に従ってみることにしました。


 まず、紫ポーションの素材を準備します。ユグドラシルモドキの樹液、妖精の花粉、サプフィリ鉱石粉、泉の水を並べます。


 これらを煮込み呪文を唱えると、体力と魔力を同時に中回復する薬、紫ポーションが出来上がります。


「紫ポーションの欠点は、回復量が微妙なところですよね……」


 アレンジその1、泉の水ではなくミルクにすることで、飲みやすさと体力回復効果アップを期待。


「それからこれも……」


 アレンジその2、黄金卵を加えて魔力回復効果アップを狙います。


「欲張りすぎましたかね。成功率を上げる素材も入れれば良かったかも」


 使用する素材が多ければ多いほど、魔道具の効果が強ければ強いほど、調合の成功率は下がります。


 見習いである私は、難しい魔道具を作る際には成功率を上げてくれるお助け素材に頼りがちです。


「でもなぁ……」


 でも、その代表的お助け素材の易化効果剤は非常に残念なお味。飲み薬にはできれば加えたくない代物です。


「あ、あれなら! 液体に拘ることもないし」


 そこで思い付きました。調合成功率を上げる効果のある、エン麦粉を投入します。易化効果剤よりは効果が劣りますが、今の私の技術ならなんとかいけるはず。


「よし!」


 良い具合に煮立ってきました。


 錬金鍋の中では、素材が物質の最小単位たるエレメントに分解されます。


 この段階まできたら一旦火を止めて鍋に蓋をし、杖で蓋を三度叩きます。


「フーオシェイ マアリイク テアイタム」


 呪文を唱えると、バラバラのエレメントが新たな結びつきを得て再構築されます。


 こうして新たな力を持つ魔道具が生まれるのです。


「スンウッソ ダイカ!」


 さあ、蓋を開けるとそこには──


「甘くて美味しいフェアリータイム! 魔力体力同時回復! フェアリー粉蒸しパン!」


 魔法使いらしさ抜群の魔法薬が完成していました。


「……あら?」


 ええ、魔法使いらしさ抜群の魔法薬が完成していましたとも。



 さて、次の新作にいきましょう。


「次は、龍の秘薬のアレンジにしましょう」


 龍の秘薬は身体能力を一時的に強化する戦闘補助薬です。素材となるのは、龍の舌、エメラ鉱石粉、プトマの実、雷の欠片。


「これらの素材に追加して……」


 さらにミルク、黄金卵、エン麦粉を投入。


「ラスマンッド ナパヲタゴ ワーアモル」


 そして出来上がったものがこちらになります。


「ナイスバルク! 仕上がってるよ! 攻撃&防御力上昇! ドラゴンベーグル!」


 素晴らしいですね。


「ふむぅ……?」


 魔法使いらしさ抜群の魔法薬です。


 さあさあ、気分がノってきたのでもう一品。


 アダマント銅、ミスリル錫、賢者の欠片、ミルク、黄金卵、エン麦粉、魔力調整剤を鍋に投入。


「トチケカ シガガイ マコルッガ ハナクトツ」


 途中省略しましたが完成です。


「最硬の輝きを食べられるものなら食べてみな! 伝説の合金オリハルコンパン!」


 美しい。


「大変美しい……」


 これはもはや芸術の域です。


 もう、些細なことで悩むのはやめましょう。



 気がつけばすっかりと夕暮れ時。


 これらの素晴らしい新作をお披露目した際のジーン先生の反応は以下の通りです。


「春だからってパン祭りを始めるな」

「えへへぇ」

「褒めてな……は、ちょ、オリハルコン!?!?」


 概ね予想通りのリアクションです。


「あのー、やっぱり、商品化はできませんかね?」

「……」


 出来の良い新作魔道具は、錬金所の通常商品となるほか、雑貨店に販売を委託したりなど、多くの人の手に行き渡るようになります。


「そうだな……」


 逆に、出来の残念な魔道具は、言わずもがな、お蔵入りになります。


「……形はともあれ、魔法薬としての効果があるのなら、これもまた魔法薬か」


 いつの間にやらフェアリー粉蒸しパンを試食していたジーン先生は、ふむと頷きました。


「採用」

「やったぁ!」


 はしゃぐ私をよそに、淡々と蒸しパンを食べ切ったジーン先生でしたが、すぐに次のパンを手に取りました。


 どうやらお気に召しましたようで。


 ──バキャ!


 数秒後、歯牙の主成分ハイドロキシアパタイトと伝説の合金オリハルコンとの摩訶不思議な衝突音。


 そして低い悲鳴が響いたのも、まあ、ご愛嬌ということで。

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