第32話 真実

 足立が尋ねると、人体模型は自身の頭に手を伸ばし、上に向かってねじりながら引っ張った。すると、見覚えのある顔が人体模型の中から現れた。


「いつから気づいていたの?」

「人間が皮を被っているとは前々から思っていましたが、それが佐々木先生じゃないかと思い始めたのはつい先ほど、地下室で見かけた時です。人体模型が怪異なんかではないという仮説はこの間に話した通りです。夜の学校に比較的容易に入ることができて、G-Studyを操作できる人物なんて、見回りをしている先生しか考えられない。そして決定打になったのは、足をかばうようなその歩き方です」


 足下を指差すと、佐々木先生は息をつきながら苦笑いした。


「ケガなんて、するんじゃなかったな。お手上げ。いよいよネタばらしをするか──」

「ちょっと待ってください。その前にもうひとつ、まだ話していないことがあります」 


 話を遮った足立は体を後ろに振り向けた。


「星守先輩。あなたも共犯だったのではないですか?」


 急に矢面に立たされた星守は目を丸くした。彼女が何かを言い出す前に、足立は言葉を続けた。


「調査を行っている間、二度も僕たちの前から消しました。まず一度目、人体模型とのかくれんぼの時です。あの時、星守先輩はずっと生徒会室に隠れていたと言っていましたが、本当は佐々木先生と一緒に行動していたんじゃないですか?」

「なんでそう言えるの?」

「現実的に考えれば、おのずとこの結論にたどり着くはずです。」

「でも、その時は人体模型から逃げるためにたまたま隠れ場所を離れていただけかもしれないじゃない」

「それなら、僕たちと合流した際にそう言っているはずです。でも星守先輩は、ずっと隠れていたと言っていました。」

「あの時は、私もちょっと気が動転していて──」

「星守さん」

 張りのある声がこの空間をピシャリと打った。

「もういいです。素直に認めましょう」

「っ、でも」

「大丈夫よ。どこかで区切りをつけないといけないと思っていたから」


 佐々木先生は雨粒が激しく打ち付ける窓辺に近づくと、遠くを見つめるような目をしながら、独り言のように話をし始めた。


「その昔、加賀山高校の前任にあたる校舎があったのはもう知ってるよね?」

「はい。加賀山小学校のことですね」


「加賀山小学校は第二次世界大戦中、疎開先のひとつとして使われていたの。戦時中は苦しい生活を強いられた子も多かったから、せめてここでは戦争のことを考えずに過ごせるようにと、教員たちが日夜楽しませていたらしいわ。子どもたちの楽しげ声が聞こえる毎日。そこだけは戦争と無縁で、平和な空間が広がっていた。

 でもね、世の中は戦時ムード一色。子どもたちがのんきに笑っているのを快く思わない人が一定数いた。小学校には連日、脅迫まがいの手紙が何通も届いていたらしいわ。それでも、たとえ不謹慎だと言われようと、子どもたちの笑顔を絶やしてはならない。大人たちの都合で子どもたちを悲しませてはならないと、当時の先生たちは考えていた。だから何を言われようとも、子どもたちが日々楽しく生活できるように動いた。

 ただ、戦況が悪くなってくると、生活がだんだん苦しくなっていったの。配給が減り、近くの町がどんどん空襲の被害に遭っていく。そんな時期でも、子どもたちの目を現実から背けるために振る舞ってた。だけどある日、事件が起きたの」


 星の見えない夜空を見上げながら、佐々木先生は話を続けた。


「子どもたちの無邪気な笑い声が気に入らないと思っていた人のうちの1人が、軍に通報を入れたの。そしたら、何が起きたと思う?」


 その問いに対して、誰も答えることができなかった。

 それを確認すると、佐々木先生は言葉のひとつひとつを噛みしめるように告げた。


「非国民だと見なして、学校を焼き討ちにしたの」


 言葉のひとつひとつが胸にぐさりと深く突き刺さる。誰かの息を飲む音が、雨音に混じって消えていった。

 足立の頭の中に、かつて理科準備室で拾ったアルバムのページが浮かび上がった。あそこの集合写真に写っていた先生と子どもたちが炎の海に飲まれる光景が想像され、思わず唇を噛みしめた。


「ひどい……」

「子どもに罪はねえのに、なんてことしやがる」

「私もこの話を聞かされたとき、同じことを思ったわ。でも、今では考えられないことが平然とまかり通るぐらい、戦時中というのは異質な世界だったの」


 雷がひとつ、ピカリと光った。やや遅れて、空気を揺らすような雷鳴がとどろいた。


「ちょうど外に出かけていた先生数人と年長の女の子以外は、みんな帰らぬ人になった。学校に戻ってきたとき、燃えさかる校舎をただ眺めることしかできなかったらしいわ。軍の人たちが帰ったあと、雨が降る中消火活動を行い、がれきを必死にかき分けて、亡骸をひとりひとり山へと抱えていく。これがどんなに辛い作業だったか、想像に難くないでしょう?」


 その光景を想像してしまい、思わず顔をしかめた。


「遺体を埋葬して、せめて楽しく眠れるようにと校歌を口ずさんで見送ったと聞いたわ。そこからこの時期になると毎年、校歌を歌って教員や子供たちを弔っていたの。

 それから戦争が終わって、加賀山小学校は再建されたのだけど、まだ偏見が根強く残っていてね。結局、半年ほどで閉校することになった。それからも毎年、山に来ては弔いの校歌を歌っていたのだけど、ある年に小学校の跡地に高等学校を建設するという話が上がった。ちょうど、高度経済成長期に差し掛かった頃ね。けど、学校が建設された後、説明がつかないような奇妙な現象が多発した。夜な夜な子供たちの泣き声が聞こえたり、『あつい、あつい』としきりに呟く声が聞こえたり、音楽室にある椅子が勝手に動いてたり。まだ子どもたちはそこにいると確信した教員たちは、この時期になると夜な夜なかくれんぼをしたりして、遊び相手になってあげた。それから、子どもたちの魂が少しでも鎮まるようにと、各教室に神棚を置いた。

 こうして、今の加賀山高校の姿が出来上がった」


 そこまで話し終わると、沈黙の時間がしばらく続いた。

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