第18話 決意の朝日




 翌日の早朝、目を覚ました俺は背伸びし、顔を洗いに井戸へ向かう。


 まだ朝日が昇り切る前だ、この異世界に来て早寝早起きが日常って感じだ。


 「う~~ん、空気が美味い。朝の太陽が眩しいぜ。」


 タオルを首に掛け、井戸水を汲み上げて顔を洗う。


 「冷たっ!? 井戸水ってこんなにも冷たかったのか、こりゃ目が一気に覚めるな。」


 顔を洗っていると、隣にドワーフ女のベルが立っていた。


 「おはようベル、朝早いな。」


 「あんたもね、ジョー。それより昨日の夜中に何ブツブツ言ってたの?」


 うん? ああ、昨日のレベルアップの時か。そうか、俺小声で言っていたからな。


 「何でもないよ、ちょっと試したい事があってな。」


 ベルは井戸水を汲み上げ、顔を洗いながら返事をした。


 「試したい事? 何、もしかして溜まってたの? ゴソゴソやってたの?」


 何てこと言うのこの娘!?


 「何てこと言うのこの娘!? ビックリした! ちげーよ。」


 「じゃあ何? 気にならないぐらいの物音だったけど、気になるじゃん。」


 まあ、ある程度は話しても良いか。


 「俺の爺ちゃんの形見のダガーがあってな、高品質な武器なんだ。俺、色々経験を積んだから、そろそろ扱えるかなって思ってな。で、試しに持ってみたらしっくりくるから、色々手の中で回してたんだ。」


 「ダガー?」


 ただのダガーじゃない、★2の武器だ。


 ちなみにメイン武器の刀は★1のままだ、刀は技量が高くないと扱えない代物。


 なので、今はまだ俺のユニークスキルを刀に使っていない。


 もう少しレベルを上げてからじゃないと、安心して使えない。


 「ちょっと見せて。」


 「いいぜ。」


 俺は腰のベルトから鞘に収まったダガーを抜き、ベルに渡した。


 「へー、中々良い武器じゃない。手入れもバッチリ出来てるし、高品質なのは間違いないね。」


 「解るのか?」


 「多少はね。」


 ベルは一通り握りなどの感触を確かめて、クルクルと回し頷きつつ返してきた。


 「確かに、それはかなり良いダガーだよ。」


 「そうか、俺はこのダガーが扱える様になったんだなって思ってな。」


 ダガーを元の鞘に仕舞う、そこでふと疑問に思った事を聞いてみた。


 「なあベル、あんた「鑑定」のスキルとかって持ってるか?」


 「鑑定かあ、確かに欲しいスキルだけど、あたいには無理だね。鑑定は商人がたまに持ってる人居るけど、基本は鑑定屋に観て貰うか、もしくは魔法使いの魔術「アナライズ」を使用して解るって話だよ。」


 ふーむ、流石に詳しいなベルの奴。もしかして俺より冒険者レベル高いのかな。


 「なるほど、ありがとう。ちょっと気になってただけだから。」


 「あ~あ、あたいも鑑定のスキルが欲しいな~。」


 「俺も~。」


 二人して空を見上げ、朝日の光を浴びて夢を見る。


 その時ベルを見たら、綺麗な顔立ちをしている事に気付いて、洗った後の雫が光に反射してキラキラと輝いていた。


 こうして見ると、ベルも可愛い女性なんだよな。ツインテールの茶髪で目がくりっとしていて、背がちっこいけどウエストが細く足もスラッとしている。


 「うーむ、見た目は12歳ぐらいの女の子なのに、これで成人してるとかって、ドワーフって見た目で判断しちゃいかんな。」


 「な、なんだい。急に。あたいに惚れた?」


 「ちげーよ。ただちょっと綺麗だなって思っただけ。」


 「ふ、ふーん。」


 ベルはそっぽを向いて、黙り込んだ。


 (やだちょっと、あたい何意識してんの? ちっこいとか可愛いとかは言われてきたけど、綺麗なんて初めて言われたよ。心臓がドキドキしちまうじゃないのさ!)


 ここで二人共お腹のムシがグ~っと鳴った。


 「あっはっは、しまらないねえ~。さあ、朝飯食いにギルドへ行こう、ジョー。」


 「おう。バーツさんと合流して昨日話した作戦の段取り確認だ。」


 「あいよ!」


 さあ、いよいよ行動開始だ。おっと、その前に腹ごしらえだな。


 冒険者ギルドへ行って、先ずは朝飯だ。


 俺の考えた作戦は、俺自身とベルにも危険が伴う。覚悟を決めなきゃならない。


 「よっしゃ! いきますか!」


 ジョーの爺ちゃんは冒険者だった、俺も冒険者になった。


 冒険とは、危険を冒すものだと、何かの本に書いてあったのを思い出す。


 どの道、ネリー姫様の為に行動しなきゃ、賊の討伐に兵を出してはもらえない。


 それでなくても人員が足りていないのだ、やるしかない。


 覚悟は決まった、あとは行動を起こし、作戦成功を祈るのみ。 


 山間やまあいからの朝日の光を背中に浴びて、俺とベルはその場をゆっくりと後にした。


 

  とある廃坑 山賊団のアジト――――



 同じ頃。


 本来は暗く、陽の光など届かない廃坑内の奥。だが妙に明るい通路には所々ランタンの灯りが灯っている。


 元々は鉱石採掘の為に掘られた洞窟であったが、鉄が採れなくなり打ち捨てられて久しい。


 そこへ山賊の頭目であるリントンが目を付け、要塞化したのだった。


 その時から、バレリントン兄弟はのし上がって来た、気鋭の悪党だった。


 頭脳派のリントン、力任せのバレ、二人の行動は上手く行き、今では300人の構成員を誇る大山賊団になった。


 山賊団のアジトの奥には、牢部屋が幾つかある。山賊が勝手に改装したのだ。


 その牢部屋の一室に、鎖に繋がれた一人の女性が座っていた。


 名をクラレットと言い、美しい容姿と確かな心根、明るく真面目な性格をしたカナン人の女性シスターだ。


 そのクラレットが居る牢部屋の扉の前に、一人の男が座っていた。


 名をアインと言い、切れ味の鋭い刀、真紅のキルブレードを装備した凄腕の剣士。


 しかしながら、傍から見れば今のアインはクラレットの事を守る守衛の様な立ち位置を取っていた。


 静かな朝の時間、遠くの方から山賊が二人近づいて来る。


 「ああ~~、もう辛抱たまらん。早くやりてえ~。」


 「焦るなよ、もうじきだぜ。げっへっへっへ。」


 品の無い会話を交わしながら、山賊たちはアインの前まで来て立ち止まる。


 「よ~うアインさん、部屋に居ないから何処かと思えばこんな所で寝てたのかい?」


 「俺達、ちょ~っと中に居るシスターにご奉仕してもらいたいんだよ。邪魔だからどいてくれねえか?」


 「断る、その醜い顔を洗って出直してこい。」


 山賊たちの言い分に、しかしアインは微動だにせず断った。


 「なんだとお~、少しばかり顔が良いからって調子に乗るなよ~。」


 「そうだそうだ、おめえなんかバレの手に掛かりゃあ一発だぜ。」


 「なら連れてこい、そのバレとかいう奴を。」


 この言葉に、山賊たちは冷や汗をかき、咄嗟に答えを巡らせる。


 「いや、バレの奴は今、「お楽しみ中」なんだよ。」


 「そうそう、この前村から女を攫って来て、気に入った女と「お楽しみ」なんだよ。あんたも男ならわかんだろ? 俺達だってちょっと良い思いしてえんだよ。」


 山賊たちは言い、アインの表情を窺っていたが、アインは素っ気なく返事する。

 

 「他あたれ、ここに用は無い筈だ。」


 「こ、こいつ! シスターを守るナイトのつもりかあ?」


 「そんな事したって、どうせもうじき奴隷商人が女を買い付けに来る手筈になってんだ。あんたの行いも無駄に終わる事だろうよ。」


 アインはぎろりと目を剥き、山賊たちを睨み付け答える。


 「だったら商品に傷を付ける訳にはいかないんじゃないのか? リントンに知れたらお前等の首が飛ぶぞ。」


 「へっへっへ、だからさ、ばれる前に楽しもうってこったろうが。」


 「アイン、あんたも楽しめばいいじゃねえか。なあ?」


 アインはゆっくりと立ち上がり、剣の柄に手を掛けて身構え、山賊たちを見据える。


 「二度は言わん、立ち去れ。」


 アインの静かに放つ殺気に、山賊たちはたじろぎ、悪態をつきながらその場を離れる。


 「けっ! この戦闘狂が! そうやっていつまでも構えてりゃいい!」


 「行こうぜ! 付き合ってられねえ!」


 山賊の二人は牢部屋を離れて、何処かへと歩いて行った。


 それを見ていたシスタークラレットは、アインに対し声を掛ける。


 「ありがとうございます、アインさん。本当は怖くて震えておりました。」


 「何の事か解らんな、俺はただ、ここで眠っていただけだ。」


 「うふふ、アインさんったら。こんなところで寝ると風邪を引きますよ。」


 アインは素っ気ない態度で、またその場に座り目を瞑る。


 「あら? アインさん、あなたその足の傷はどうされたのですか?」


 シスタークラレットはアインの左足についた傷を見て、いたわる様に言った。


 「ただの古傷さ、問題は無い。」


 「いけません! こちらに足を向けて下さい。私が癒してみます。」


 「しかし、別に痛くはないのだが。」


 「いいから! 早く。」


 「う、うむ。頼む。」


 アインはたじろぎ、シスタークラレットの言う事を聞き、左足を牢屋の鉄格子越しに置く。


 シスタークラレットがアインの左足に付いた傷に手を添え、祈りだす。


 「大地の息吹よ、この者の傷を癒したまえ。《アースヒール》」


 シスタークラレットの手の平から橙色の薄い光が溢れ、アインの左足を癒した。


 「ああ、心地よい。助かったシスター、しかしアースヒールまで使えるのか。ますますアイツにそっくりだな。」


 「アイツ? 誰か私と似た方とのお知り合いですか?」


 この問いかけに、アインは俯き、黙って一礼をして元の場所に戻った。


 「昔の話さ、気にするな。」


 「………………。」


 暫し沈黙が流れ、しかしシスタークラレットは話を続けた。


 「アインさん、貴方は良い心をお持ちのようですが、何故彼等のような山賊達と行動を共にしているのですか? 貴方の力は、人々の為に振るわれるべきだと思うのですが。」


 この質問に、アインは沈黙で答え、一言添える。


 「別に大した事ではない。」


 「ですが………。」


 この返事に、シスタークラレットも黙ってしまい、俯いていた。


 それを見て、アインは一言。


 「気が変わったのさ。」

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