第25話 絶対滑りたくない、恐怖のウォータースライダー
プールは『市民プール』とはいいながらも、その施設内容はちょっとしたレジャー施設のようだった。
周囲を循環するように回る『流れるプール』が周囲を囲み、中央にはビルの4階にも相当するような急傾斜のウォータースライダーがある。
4つのコースがあるスライダーは、比較的緩やかな一般的なものから、ほぼ直角の崖のようなコースまで様々だ。
プールサイドには軽食やドリンクを販売する店が並び、多くの市民が思い思いに夏休みの初日を楽しんでいるように見える。
ただ、それもよく見ると決められた動きをただ繰り返しているだけのシステムに操られるNPCだ。この世界に疑念を持ってみなければ気づくことはなかったかもしれない。
落ち着いてこのプールを見ると、すべてが薄っぺらい作りものであると感じた。
* * *
恋愛ゲームのプールイベントの定番と言えば、溺れる・水着が流れる・不良に絡まれるなどだろうか。
大きな浮き輪に乗って、流れるプールの水の流れに任せるまま浮かびながら、ぼくはこの後起こるであろうアクシデントのことを考えていた。
ヒロインズたちはぼくの浮き輪の隣を争って、レンタルした水鉄砲で打ち合いを繰り替えしている。
一緒に泳ごうと誘ったが、みのりは泳ぎは得意じゃないと断り、プールサイドで一人タオルにくるまっていた。
プールを一周し、みのりの姿が見えるとぼくの視線は彼女から離れなくなる。
彼女も時々こちらを見てぼくのことに気づいていたが、すぐに視線を逸らしている。明らかに居心地の悪そうな様子だった。
「創太、あっち向いてばっかりでつまんない」
水鉄砲戦でぼくの隣で泳ぐ権利を得た小鞠が不満そうに言う。
「ごめん、ちょっと佐伯さんが心配で……」
「もう、創太はお人好しなんだから」
小鞠が苦笑いしながら言ったが、その目は笑っていなかった。
「せっかく一緒に来たんだから、みんなで泳いだ方が楽しいだろう?」
「え~、私はこのまま何時間でも創太と一緒に流れているだけで十分だ楽しいよ」
そういってぼくの腕にしがみついてくる。水着越しに胸のふくらみが押し付けられる。明らかにわざとだ。
「ちょ、ちょっと小鞠!くっつき過ぎよ!」
後ろを泳ぐ舞美が、密着する小鞠に苦言を吐く。
「しっかりつかまっていなきゃ流されちゃうじゃん、いいよね創太」
小鞠の不満度は解消されても、他の2人の不満が上がるばかりだ。
「あ、あ~、できればもう少し離れてもらいたいかな」
男としてうれしくないわけはないが、このままでは理性が持たない。
ぼくの意見に小鞠は不服そうだったが、しぶしぶ離れて手をつなぐ程度に納まった。
浮き輪が流され、ぼくの視界からプールサイドのみのりの姿が消えていく。
いつまでもプールサイドを見つめたままのぼくに詩織が話しかけてくる。
「それじゃあ、佐伯さんも誘ってウォータースライダーに行きませんか」
詩織の提案に舞美も賛同する。
「いいね!いこういこう!」
すぐさま舞美はプールから上がろうと、ぼくの浮き輪を押して流れに逆らって方向を変えた。
せっかくぼくの隣を泳ぐ権利をゲットしたしたのに、その時間がすぐに終わってしまった小鞠は不服そうだ。その怒りはぼくやほかのヒロインではなく、原因となったみのりに向けられていた。小鞠のみのりに向けられる鋭い視線に一抹の不安を感じる。
*
プールを上がったぼくたちは、プールサイドでナンパをしていたヨシオと合流して、みのりに声をかけた。
「ねえ、私たち今から中央のウォータースライダーに行くんだけど、佐伯さんも一緒に行かない?」
中央にそびえ立つ滝のような急勾配のウォータースライダーを指さして詩織が優しい声色で話しかける。
「え、わ、私泳げないから、ここで待ってます……」
「大丈夫よ、スライダーだから泳ぐ必要はないわ」
「でも……」
みのりが躊躇していると、小鞠が口を挟んだ。
「大丈夫よ、行きましょう」
問答無用とでもいうように、小鞠はみのりの手をつかんで無理やりに引き起こす。みのりがくるまっていたバスタオルがはらりとほどけ、紺色のスクール水着があらわになる。
「きゃっ」
恥ずかしそうに自分の体を抱きしめるようにしゃがみ込む。その腕を再び小鞠がつかみ、引きずるように歩き出す。
「おい、小鞠、ちょっと乱暴だ」
みのりを助けようとするぼくのことをヨシオが引き留める。
「何するんだ」
「今からスライダーで大事なイベントが発生するんだ、話の流れを止めちゃダメだろ」
「彼女はゲームのシナリオに関係ないだろ」
ぼくをつかんだ手を払って小鞠を止めようとする。しかしヨシオは離してくれない。
「関係あるさ。お前が関わらせたんだからな」
ヨシオの言葉に、ぼくは愕然とした。確かに、ぼくがみのりと関わったことで、彼女がこのイベントに巻き込まれているのは間違いない。
みのりは小鞠に引きずられながら、恐怖で震えていた。彼女の表情は青ざめ、まるで処刑台に向かう死刑囚のようだった。
「いやです、やめてください……」
みのりの弱々しい抗議を、小鞠は無視した。
小鞠に引きずられるように連れて行かれるみのりの後ろを、詩織と舞美が優雅に歩いている。二人とも表情は穏やかだが、その目には冷たい光が宿っていた。
ウォータースライダーの頂上まで続く階段は、螺旋状になっていて、上に行くほど急になっている。みのりは途中で何度も立ち止まろうとしたが、その度に小鞠が無理やり引っ張り上げていく。
「お、お願いします……私、高いところが怖くて……」
みのりの声は震えていた。
「大丈夫、大丈夫!楽しいから」
小鞠の声は明るかったが、その笑顔には悪意が混じっていた。
頂上に着くと、スライダーの滑り口が見えた。
地平線が見渡せるほどの高さがある滑り口から、滑り降りるコースが4本用意されている。難易度によってそれぞれ角度が違い、もっとも急なスライダーはほぼ直角の崖のようだった。
「うわ、これは相当高いな……」
ぼくでさえ少し怖気づくほどだ。
「きれいな景色ね」
詩織が何気なく言ったが、その視線はみのりに向けられていた。
「さあ、佐伯さんから先にどうぞ」
そう言ってもっとも難易度の高いコースにみのりを押し出す。
「え、でも私……」
「遠慮しないで。せっかく来たんだから」
舞美も笑顔で背中を押す。
みのりは恐怖で顔が青ざめていた。スライダーの入り口に座らされ、足をぶらぶらとさせながら下を見下ろしている。
「やっぱり怖いです……やめてもいいですか?」
「もう座っちゃったんだから、行くしかないでしょ」
小鞠がにっこりと笑いながら言った。
その時、ぼくは気づいた。みのりの表情に、ただの恐怖とは違う何かがあることを。まるで、これから起こることを予感しているかのような絶望感だった。
「待って、やっぱり……」
ぼくが止めようとした瞬間、小鞠がみのりの背中を思い切り押した。
「きゃあああああ!」
みのりの悲鳴が響く中、彼女の体はものすごいスピードでスライダーを滑り降りていく。通常よりもはるかに速い速度だった。
「おい!」
ぼくは慌ててスライダーを滑り降りようとしたが、詩織が制止した。
「危ないわ、神代君。少し間を空けないと衝突してしまうわ」
「でも……」
「大丈夫よ、スライダーなんだから」
しかし、下からは何の音も聞こえてこない。あのスピードなら下にはとっくについているはずだ。しかしいくら眺めても彼女が上がってくる様子がない。
不安になったぼくは、順番を待たずにみのりの滑った最高難度のスライダーの滑り口に座り準備をする。
「ダメよ、神代君。危ないわ」
そう言う言葉とは裏腹に、詩織の顏にはうっすらと笑みが浮かんでいるように見える。
でも今はそんなことを気にしている暇はない。ぼくは意を決して崖のような急角度のスライダーを滑り降りた。
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あとがき
プールのスライダーでイベント発生!今後の展開にご期待ください。
楽しんでいただけたなら、☆で応援よろしくお願いします!
見失わないように、ブックマークも忘れずに!
小説完結済み、約15万字、50章。
毎日午前7時頃、1日1回更新!
よろしくお願いします(≧▽≦)
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