第003話:セバスチャン現る!悪役令息モード、初体験!

悠斗が鏡の前でうきうきと浮かれていたその時、コンコン、と控えめながらも芯のあるノックの音が部屋に響いた。


「旦那様、セバスチャンでございます。お目覚めになられましたでしょうか?」


扉の向こうから聞こえる、寸分の狂いもない完璧な男性の声。


「おお、セバスチャン!ゲームのまんまだ!」


悠斗は思わず目を輝かせた。

画面越しでしか見たことのなかった、あの完璧な執事の声が、今、目の前にある。

本物のイケメン執事だ。これには心底感動するしかない。


「どうぞ、お入りください!」


悠斗は、普段の自分なら当たり前のように口にする、爽やかな挨拶をしようとした。けれど、口から飛び出したのは、彼の意思とは全く異なる、冷ややかで尊大な言葉だった。


「入れ。待たせたな、セバスチャン」


「……は?(え、俺の声!? なんでこんな偉そうなの!? )」


悠斗は予想外の「自動セリフ機能」に戸惑い、内心で猛ツッコミを入れる。


頭の中に誰かが乗り移ったみたいだ。

自分の口が勝手に、ゲーム内のアルフォンスが発するような高圧的な言葉を紡ぎ出す感覚は、実に奇妙だった。


音もなく扉が開き、セバスチャン・ド・モンフォールが部屋に入ってきた。


漆黒の燕尾服を完璧に着こなし、銀の盆を携えたその姿は、ゲームで見たアルフォンスの執事、そのものだ。


彼の無駄のない流れるような動きと、表情一つ変えない端正な顔立ちに、悠斗は内心で


「(まじか、リアルイケメン執事だ……!これはご褒美か!?)」


と、興奮と困惑が入り混じった表情を浮かべる。


セバスチャンの背後から差し込む朝日の光が、彼の銀髪をきらめかせ、その完璧な姿はまるで絵画のようだった。


セバスチャンは悠斗のそばに歩み寄り、流れるような動作で身支度を整え始める。

悠斗は、着慣れない豪華な貴族服の肌触りにソワソワする。

重厚な生地、繊細な刺繍、肌に吸い付くような裏地……。

セバスチャンの手慣れた動きに身を任せるしかなかった。


「(うわー、すげぇ!これ、着せ替えゲームみたいだ!)」


一枚一枚、丁寧に身につけられていく服は、どれも上質な素材でできており、その重みと肌触りが、自分が本当に貴族になったのだと実感させる。


これまでの人生で、こんな高級品を身につけたことなんて一度もない。


身支度を整えながら、セバスチャンが淡々と今日の予定を告げる。


「旦那様、本日も朝食は食堂でよろしいでしょうか?」


「ふん、当然だ。私の領地のことだ、ぬかりはないだろうな」


悠斗は、またしても自分の意思に反して、傲慢な言葉を口にしていた。


「(また出た!何だよこの悪役モード!オフボタンはどこだ!?)」


悠斗は焦る。

けれど、アルフォンスとしての顔は完璧な冷徹さを保っていた。


悠斗はセバスチャンの完璧な礼儀作法と、自分の口から出る言葉がゲーム内のアルフォンスのセリフと酷似していることに気づき、


「(あ、このセリフ、ゲームのあの場面で言ってたやつだ!マジでアルフォンスになりきってるじゃん俺!)」


と、どこか冷静に分析し、この状況を「強制ロールプレイングゲーム」として楽しもうとし始める。


これは、自分がゲームのキャラクターになりきって演技をするような、まったく新しい感覚だった。


悠斗は、セバスチャンに促されるまま、朝食のために食堂へと向かう。


公爵邸の廊下は、どこまでも続くかのように長く、豪華絢爛だった。


壁には巨大な肖像画が飾られ、足元には絨毯が敷き詰められている。


廊下を歩くたびに、すれ違う使用人たちが、アルフォンス(悠斗)の姿を見ては、一様に怯え、慌てて壁際にへばりついて道を譲っていく。


「(うわー、みんなめっちゃビビってる!

これが『悪役』のオーラか……!

結構、気まずいな!

でも、なんか新鮮!)」


悠斗は、使用人たちの震える様子に少しだけ罪悪感を覚えるが、それ以上に、自分がゲームの登場人物として振る舞えていることに、妙な面白さを感じていた。


彼らの怯えた目を見ていると、まるで自分がRPGのラスボスになったような気分だ。


廊下の隅で、メイドの一人であるリリアが、運んでいた花瓶を割ってしまい、青ざめて立ちすくんでいた。


チャリン、というガラスが砕ける音が、静かな廊下に響く。


悠斗は思わず足を止める。


リリアの怯えた目に、悠斗は思わず「大丈夫か?」と声をかけたくなるが、口は勝手に開いた。


「貴様のような者が、この私の屋敷で粗相を働くとは。下賤な働きぶり、目に余るな」


リリアはガタガタと震え、今にも泣き出しそうだった。


悠斗は内心で「(ひぇえええ!今のセリフ、完璧に悪役だったぞ俺!ごめん、リリアさん!マジでごめん!俺の体、勝手に喋るのやめてくれー!)」


と激しく詫びる。

だが、アルフォンスとしての顔は冷徹なままだ。


「(くそっ、この口、勝手に悪役ムーブしやがる!面白すぎだろ!)」


悠斗は顔の裏で必死に謝罪の念を送る。

まるで、顔の表面では悪役を演じ、内心では現代人が必死にフォローしているような、奇妙な二重生活の始まりだった。


さらに廊下を進むと、庭師の老人のグラムが悠斗の姿を見つけ、慌てて深く頭を下げてきた。


グラムの顔には、長年の経験が刻まれた深い皺が刻まれている。


悠斗は笑顔で返したいのに、


「老いぼれめ。無駄に長生きするな」


と吐き出す。


悠斗の心の中は


「(うわあああ、グラム爺ちゃんごめん!俺、あんたの庭いじり、結構好きだったのに!なんでこんなこと言っちゃうんだよ俺の口!)」


と謝罪の嵐だった。


グラムは一瞬顔を曇らせたが、すぐに深く頭を下げ、その場を立ち去った。


悠斗は、自分の意思と体が別々に動く奇妙な状況に、改めて転生を実感する。


これはまさに、自分が操作するキャラクターが、勝手にセリフを喋り出すバグのようなものだった。


けれど、そのバグが、どこか面白く感じ始めていた。


食堂に着くと、テーブルには見たこともない豪華な食事が所狭しと並んでいた。

焼きたてのパンからは香ばしい匂いが立ち上り、色とりどりの果物、見たこともない肉料理、そして黄金色のスープが湯気を立てている。


「(うわー!朝からこんなご馳走!?流石貴族様!)」


悠斗は内心テンションが上がりつつも、その豪華さに圧倒される。

前世のコンビニ弁当とは雲泥の差だ。


パンはふっくらと焼き上がり、湯気が立ち上るスープからは、芳醇な香りが漂ってくる。

フォークを手に取り、肉料理を一口。

口の中に広がる深い旨味に、悠斗は思わず目を見開いた。


食事をしながら、セバスチャンが淡々と領地の日報を報告し始める。


「旦那様、本日は南の森で魔獣の出現が確認され、討伐隊が向かいました。また、南部の作物の生育状況にやや問題が……」



悠斗は報告内容をゲームの序盤のイベントと照らし合わせる。


「(おお、この魔獣討伐、あのイベントか!ってことは、次のイベントは、隣国との国境紛争イベントか!?)」


悠斗は今後のゲーム展開を予測し、内心でワクワクする。

ゲームのシナリオ通りに進んでいることに、彼は興奮を覚える。


「(これは、マジでゲームの世界だ!最高じゃん!)」



この世界は、ゲームで描かれていたよりも、はるかに鮮明で、リアルだ。

魔獣の討伐、作物の問題、これらは全て、ゲームの序盤に発生するイベントだ。


悠斗の脳内では、まるで新しいクエストが始まったかのように、今後の展開が高速でシミュレーションされていた。


これは、自分が夢見ていたゲームの中の人生。


「(まさか、自分がゲームの主人公……いや、悪役令息になるなんて!この世界で何ができるんだろう?どんなチート能力が使えるんだろう!?)」


悠斗の心は、異世界での「ゲームプレイ」への、抑えきれない好奇心で満ちていた。


彼は、アルフォンスという完璧な身体と、ゲームの知識という最大の武器を手に、この未知の冒険に胸を躍らせていた。

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