転生悪役の成り上がり!破滅回避から始まる英雄譚
月詠 幻(つきよみ げん)
第001話:平凡な死と、終わりなきゲームの始まり
天野悠斗、32歳。
俺の一日は、いつも同じリズムで回っていた。
朝はアラームのスヌーズ機能と根性論で格闘し、文字通り汗だくで満員電車に飛び乗る。
会社に着けば、朝から晩までディスプレイとにらめっこ。IT企業のプログラマーなんて肩書、聞こえだけはいいけれど、実態は単調なコードとバグとの果てしない戦いだ。
残業を終え、コンビニで買ったワンコインの弁当をかき込み、日付が変わる頃、東京郊外のアパートの一室にようやくたどり着く。
「ふぅ……今日も終わった」
使い慣れたPCの電源ボタンを押し、大きく伸びをする。肩の凝りがゴキッと鳴って、思わず顔をしかめた。
モニターに映し出されたゲームのタイトル画面が、ぼんやりと青白く光っていた。身体は疲労でヘトヘトだけど、心はまだカラカラに乾いたまま。
そんな俺にとって、唯一の「非日常」であり、心の潤いとなっていたのが、乙女ゲーム『光と闇のアストライア』だった。
世間一般じゃ、イケメン騎士団長とか、クールな魔術師とか、優しい王子とかが人気の攻略対象らしい。でも、俺の推しは違った。
俺が寝る間も惜しんで熱狂的に追いかけていたのは、物語の冒頭でヒロインに嫌がら繰り返し、最終的に悲惨な末路を迎えることになる「破滅確定の悪役令息」アルフォンス・ヴァン・アストライアだった。
「あー、アルフォンスは、今日も最高の悪役だな!」
アルフォンスがゲーム内でヒロインを冷遇し、周囲から徹底的に嫌われるイベントを見るたび、俺は妙なカタルシスを覚えていた。
彼の傲慢不遜で冷酷な振る舞いは、現実の曖昧な人間関係に疲弊しきった俺にとって、まるで一本筋の通った「信念」の象徴のように映ったんだ。
「なんだこの徹底ぶり!」「逆に清々しいわ!」
俺は、そんなアルフォンスに心底惚れ込んでいた。
アルフォンスの悲惨な末路(追放、処刑、廃人)は、攻略本にデカデカと書いてある。なのに、俺は彼の隠しイベントやセリフの全てを網羅しようと、何周も何周もゲームをやり込んだ。
もはや作業とかそういうレベルじゃない。愛だ。
「よし、今日はアルフォンスの隠しイベント、掘り進めるか……」
コントローラーを手に、俺は目を輝かせた。新たな「アルフォンス様」の一面を見つけることに、心臓がバクバク鳴るくらいワクワクしていた。
その瞬間だった。
グッ、と胸を掴まれたような激痛が走った。胃の底からせり上がるような吐き気と、頭を直接殴られたかのような目眩。
「ぐっ……な、なんだこれ……!?」
視界が急激に暗転していく。
体はあっという間に冷たくなり、全身の力が抜けていくのがわかった。手に持っていたコントローラーが床に落ちて、鈍い音が遠くに響いた。
走馬灯のように、平凡な人生の断片が目の前を駆け巡る。
小学校の卒業式、初めて入社した会社、そして、ソシャゲのガチャで天井を叩いた日……。
「あー、俺の人生、こんなものか……って、なんかちょっと物足りねーな!」
最期に口から漏れたのは、かすかな不満と、これから何か面白いことが起こるんじゃないかという、奇妙な期待を込めた呟きだった。
俺の意識は、そこでぷつりと途絶えた。まるで、ゲームが強制終了したかのように。
***
ふわり、と意識が浮上する。
身体の感覚がない。光も音も何もない、絶対的な「無」。
まるで深海の底に沈んでいるような、それでいて宙に浮いているような、奇妙な感覚に包まれていた。
「……俺、死んだんじゃなかったのか?」
混乱した。意識だけがあるのに、身体がない。これは一体どういうことだ?
しかし、その「無」の中に、微かな変化が訪れる。
どこからか、キラキラと輝く「光の粒子」が舞い始めた。まるでゲームのエフェクトみたいだ。遠くからは、荘厳で、どこか懐かしい「音」が聞こえてくる。
それは、紛れもなく『光と闇のアストライア』のオープニングムービーのBGMだった。
「ん……?」
断片的な言葉が、意識の奥底に響く。
「アルカナム」「覚醒」……。
俺は、それらの言葉に強い既視感を覚えた。
「このBGMと、アルカナム、、、どこかで聞いたことがあるような、、、」
俺は遠のく意識の中で必死で記憶を探っていた。
体が消え去るような喪失感を覚えつつも、それ以上に新しい何かが、俺の意識の中に流れ込んでくるような感覚に包まれた。
それはどこか温かく、それでいて、計り知れないほど力強い。
無意識のうちに、俺の心から強い、強い願望が湧き上がる。
「……まだ、生きたい!」
「この平凡な人生、こんな形で終わってたまるか!もっと、刺激的な人生を生きたいんだ!」
生への強い執着と、未来へのポジティブな願望が、俺の意識の中で叫びとなった。
光と音の奔流は、さらに勢いを増し、俺の意識を飲み込んでいく。
それはまるで、新しいゲームのスタート画面を見るかのように、俺の心をワクワクした気持ちで満たしながら、新たな物語の幕を開けるのだった。
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