プロジェクト:メイジャー【パイロット版】
@MCtarako
第十章 ゲルガー星系の戦い
ゲルガー星系の戦い①
ヴェラデル銀河連合公国バンカーベル弁務公領 ゲルガー星系第三惑星「ゲルガーⅢ」 第四
「怖い?」
腿から下を無くした兵士はその問いかけに答えるように、震えた唇をパクパクと動かす。
「そっか」
「……私も、嫌だなぁ」
そう呟きながら、戦友だったものの最後を見届ける。
鼻先に冷たさを感じ、ふと空に目をやると、ゲルガーⅢに季節外れの雪が降っていた。
「初雪かな」
足元に生えていた野花を添えて死体に別れを告げ、レックス級"ハイラプトル"のコクピットに潜り込む。
「寒いの、嫌なんだよね」
ヒーターを付け、夏の緑葉に雪がかかる異様な光景を、網膜投影越しにぼうっと眺める。
その更に奥の地平線が二、三度、オレンジ色に隆起するのが見えた。少し遅れて、爆発の音が聞こえてくる。
尋ね人は、あの戦火の中だ。
「……どこにいるの、アシモフ」
「時計合わせ、 、 今!」
N.G.C.0246 4月23日 作戦共通時04:30 ゲルガー星系第三惑星「ゲルガーⅢ」南半球第四HVP静止軌道 高度28km
「ゲルガーⅢ、スコア1を確認。敵艦隊は目視で確認できず。
「
「
「
制宙戦闘がひと段落したゲルガーⅢの低軌道には、息つく間もなく艦隊が流れ込み、順次他艦との
一方、既にアセンブルが完了した艦隊の周囲では、軌道へ侵入してくる敵を見逃さんと、サヘラントや戦宙機が、目を光らせている。
惑星攻略戦前の、いつもの景色。しかしどうも、この
ダモクレス作戦の成功を受け、
ゲルガー星系の第二惑星ゲルガーIIにはサヘラントを開発した
という上官のブリーフィングを、後ろの席で眠気と戦いながら聞く女性士官の姿があった。
同刻 ゲルガーⅢ第四HVP静止軌道 パトリオット級航空母艦 “USS-ジャクソン・フリー” 居住ブロック4階 ブリーフィングルーム
エマ・ノーザルト。三日前に突如この「ジャクソン・フリー」に時限転属で着任してきたサヘラントパイロットで、階級は少尉。今回の作戦では第1NA中隊所属第2小隊の少隊長に任命されていた。
腕は確かだが無口でとっかかりがなく、いつも気だるげな表情をしていて、雑談をしているのを目撃された回数は片手で数えられるほど。しかし顔が良いので、女に飢えた野郎の前ではそれらも『ミステリアス』として片付けられてしまっていた。実際に、彼女は顔が良かった。
「おい、見てみろよ。エマ少尉、相変わらず綺麗だよなぁ」
隣の兵士を肘でつついたお調子者が、眠そうなエマに視線を送る。
「懲りないね、お前。確かに美人だが、そんなにいいかよあの人が」
「良いなんてもんじゃない、絶世の美女さ。あのロシアルーツの顔立ちに、透き通るような白いマッシュウルフ、半分閉じたオレンジの瞳は、いったい何を映すのだろうか……。考えただけでおっ立つってもんよ」
「変態ポエマーのモノローグはそこまでにしといてくれ、ブリーフィングが頭に入らねぇ」
「なんだよ、ノリの悪いやつだなぁ」
隣人に見放されたお調子者は、本当におっ立ってしまったそれを撫でながら、その魅惑の少尉の秘密を探ろうと舌なめずりをした。
「しっかし、どうしてこんな部隊に来たのかねぇ。左遷って感じでもねぇし。かといって進んで来るような場所でも無いな、
G.S.Dには設計局をどうこうしても構わんという許可を取り付けてある。という説明をしながら部下の失態に気付いた上官が、その詩人を怒鳴りつけた。
「モック貴様! 女遊びもほどほどにしておけよ! 貴様の始末書専用の部屋を、新しく用意してやってもよいのだぞ!」
「はっ! 失礼しましたっ」
そう怒鳴られて飛び上がった彼と、彼の”それ”が、ブリーフィングルームを笑い声で満たす。
戦いの前の、ほんの安らぎの中。上官の怒鳴り声でようやく寝しなから帰ってきたエマは、なんの騒ぎだろうと首をかしげた。
そしてそれが自分のことで無いと分かると、またうとうとと眠りに落ちた。
「ねぇ、聞いた? 診断の結果」
「聞いたさ、こんなことってあるもんなんだな」
4月17日 共通時02:13 銀河第二合衆国 ガーベン州モーナ星系L3
「アンタが情報屋?」
「デカい声で言うな、怪しまれる」
「人がいるとこ選んだの、アンタなんだけど……」
「木を隠すなら森の中、だ」
「……なんでもいいけど」
民間スタッフも利用できるオープンカフェテリアの端、発着港がよく見える窓際の席に、エマと情報屋はいた。人目に付きづらいと思っての判断だったのだろう。
だが、がらんどうのカフェテリアでは、あえて隅に座って談合する軍人というのは、一際目立ってしまうものだ。
きょろきょろと辺りを見回した後、エマは目の前に座る呑気にホットコーヒーを啜る金髪の東洋人を一瞥して、本当にこの男が”彼”の居場所を知っているのだろうかと疑問に思った。
「疑ってるな」
「だって、四年かかって手掛かりすら無かった情報を、たった二週間ちょっとで見つけたなんて言われたら、誰でも疑うでしょ」
「まぁな」と、情報屋は鼻で笑って返す。
「何者なの?
「まぁ、どっちともコネはあるが、俺はツテが多いだけの、ただいっぱしのパイロットさ」
「どうやって?」
「企業秘密だ」
もう一度コーヒーを啜って、情報屋は続けた。
「ここのコーヒーは美味いな」
「早く教えて」
焦らされてエマが睨むように情報屋を見る。
「まぁそう急ぎなさんな。急いては事を仕損じる、だ」コーヒーをテーブルに置いて、情報屋は続ける。「それで、大体は洗ってきたが、なんでったってこいつを探してる? エマ少尉」
「まぁ、昔のよしみってやつかな」
「それだけか?」
「理由がいるの?」
情報屋は大袈裟に腕を広げて見せた。「呆れた」と言わんばかりだ。
「こっちだって仕事なんだ。冷やかされてちゃ、商売にならないからな」
そう言われると、エマは返答に困った。少し置いて、
「友達の安否を確かめたいっていうのは」天井を一瞥して、「理由にならない?」エマは情報屋の反応を見た。
「ならないな」
あっさり返されてしまって、食い下がる。
「なんで」
「人が好過ぎる、軍人にしてはな。ましてや、俺みたいなのに手を出すようなヤツだ。綺麗ごとであればあるほど信用ならない。隠すことは現る、ってやつさ」
「それ意味ちょっと違くない?」
そう言い返されて、情報屋は困ったように耳の裏をポリポリと掻いた。
「なんだかやりづらいな、お前」
「……ありがとう?」
「……」
カフェテリアに流れる軽快なスイングジャズが、静寂の間を埋める。ソニー・スティットだった。だがそれもタイミング悪く終わってしまい、曲が切り替わる前の完全な沈黙と、あっけらかんとしたエマの目が情報屋を折った。
「分かったよ、今回はそれで受けてやる。心温まる友情に免じてな」
「ありがとう」
そう感謝を述べるものの、エマは変わらずケロッとした顔で情報屋を見つめており、ありがとうに乗ったはずの感情も見失ってしまう。やはり、心温まるというのは撤回すべきだっただろうか、と情報屋は思った。
「それで、尋ね人は”ドルビンスク・アシモフ”。階級は中尉らしいが、お前、こいつとどこで知り合った?」
「士官学校で。同期だったの」
「なるほど二十期生か。それでぇ、そうだ」
コーヒーを啜りながら情報屋の目がディスプレイの上を滑って行き、一つの資料に止まる。
「こいつ、いや、中尉は飛び級で卒業。しかも同時に一階級特進ってことになってるが、アンタが訪ねてきたのを考えるに、ただの飛び級じゃないんだろう」
その問いかけに、エマは咄嗟に目を逸らしてしまった。コーヒーに伸ばそうとした手が止まる。
「左遷されたの、前線に」
逸らしたままの目線でエマが言いった。
「なんで」
「……教官を殴り飛ばして」
情報屋がコーヒーを吹く。想定していた三倍酷い答えが返ってきた。士官学校で、教官を、殴り飛ばしただと?
「ちょっと、汚い」
テーブルにまき散らされたコーヒーに怪訝な表情を浮かべるエマだったが、情報屋の男も、咳き込みながら同じく怪訝な表情をしていた。
「な、殴り飛ばしただと? そりゃお前、左遷どころか、退学モンだろう。なんでそれだけで済んだ」
「その教官が意地悪な人でね、ただ退学にするんじゃ気が済まないって、前線送りにしたの」
窓の外を眺めながら涼し気に答えるエマだったが、その後ろには言いようもない怒りが感じ取れた。エマ自身も、散々苦汁を舐めさせられてきたのだろう。
「よっぽどだな。しかしなるほど、それで中尉か。訓練課程を終えていないホヤホヤの新米士官に中隊長とは、確かに相当捻くれた教官だったらしいな」
普通、国防軍の士官学校は、どの軍でも卒業すれば少尉からスタートする。少尉として場数を踏み、中尉、大尉と昇進して、指揮する隊を大きくしていくのが一般的だ。
つまり件のアシモフ中尉は、ろくに学校も出ていないような状態で、自分の背負えるよりも随分過剰な物を背負わされたことになる。
「しかも、前線のね」
だが情報屋には、調べ始めた当初から、どうにも引っかかるところがあった。
「ああ、その前線についてなんだがな。お前、ウチが太陽連合と
「去年でしょ」
「それで、中尉が左遷されたのは何年前だ」
「四年前」
「つまり、三年間中尉は”何もしていなかった”ことになる」
エマの眉間に皺が寄っていく。
「どういうこと?」
「中尉の所属していた第三六〇星系艦隊は、去年のRASP締結前までは内地に配属の艦隊だった。つまり、これが正しい表現か分からんが、中尉は、前線でもなんでもない陸の孤島に、幽閉されてたってことになる」
エマの眉間にさらに皺が寄っていく。今度は、疑念だけでなく、怒気も孕んでいた。前線に左遷されたのではなかったのか?
「実質の謹慎処分だな。しかもそのあと、締結と同時に三六〇艦隊は、特に重要でもないアウターロー地域の惑星攻略戦に投入されている。泥沼だったらしい、死者も大勢出して、先月まで戦ってる。ったく、一年も何やってたんだか」
そう淡々と続ける情報屋に対して、ふつふつと怒りが湧いてくる。仮にもクライアントの友人の不幸を、こうも冷静に語れるものだろうか。もちろんそれは、アシモフの人となりを知るエマだからこそであったが、それにしても度し難いものがあった。
「そんで、この三六〇なんだが、サヘラントの部隊が再編を兼ねて、つい二週間前に第一六七星系艦隊と合併されてる。正直、これがなけりゃ今回の仕事はパスしてたな。そもそも三六〇艦隊の情報が少なすぎなんだよ。そりゃこんな問題児抱えてるわけだし、ある種の懲罰部隊的なものだったんだろうが、だからってこんな深いところにデータを隠すかね____」
それまでデータと楽しいお喋りしていた情報屋は、ディスプレイの後ろの静かな憤慨をこちらに向けるクライアントを発見して、ようやく冷静さを取り戻した。
「……いや、悪い」
謝罪から一拍おいて、エマが溜め息をつく。
「ハァ、いいよ、別に。これでハッキリしたし」
決まりの悪そうに冷めて酸っぱくなったコーヒーを飲み干して、情報屋は続けた。
「まぁとにかく、そして今に至る、だ。アシモフ中尉は一六七艦隊にいる。少尉が見つけられなかったのも無理はない。あのまま三六〇にいたら、俺でも見つけられなかっただろうからな」
「それで、会えるの?」
随分遠回りをしてしまったが、エマが聞きたいのはそれだけだった。安否を確認したところで会えないのでは、意味がない。
「会えはする。だがちょっと面倒だ」
「どういうこと?」
「攻勢計画J号、聞いたことあるだろ」
「次の重要大規模作戦のこと? たしか、噂ではゲルガー星系って」
「そこに一六七はアサインされてる」
エマは少し固まった。しかし、根っからの軍人である彼女にとって、それは二の足を踏ませるような問題ではなかった。そこへ行けば、アシモフに会えるのだから。
「そっか」エマはコーヒースプーンをいじくりながら、情報屋へ目を移す。そして「行くよ」とそれだけ言って、また手元のコーヒースプーンへ視線を落とした。
エマの顔は、また先程のケロッとした表情に戻っていた。何を考えているのか分からないが、少なくとも情報屋の苦労など、知らない様子だった。
「あのなぁ、簡単に言ってくれるが、士官の転属には手続きが多いんだよ。人事部のお得意サマに頭下げるのはこっちなんだぜ? それこそ、この副業だってあるんだ。あんまり大っぴらに動きたくないんだよ」
情報屋はそう言って、悪態をつきながらテーブルを手の淵でトントンと叩いた。しかし、当の本人はとっくに段取りを決めてしまっていた。
「うん、だから迷惑はかけられないし、私一人で行くよ」
「は?」
「居場所が分かったらそれで充分、ありがとね。コーヒー代、置いてくから」
「おい」
ぽかんとしている情報屋を横目に、2ドル札をおいて立ち去ろうとしたそのとき、情報屋が柄にもなく叫んだ。
「待てって!」
予想外に大声を出した情報屋に、エマは目を丸くしたが、すぐに我に返って座りなおす。
「ったく、デケェ声出させやがって」
「ちょっと」
「なんだよ、情報屋が大声出すなってか? 言っとくがな、そもそもお前がそんな頓狂なこと言いだすからで__」
「喧嘩してるカップルみたいに見えるじゃん、やめてよ」
…………。
「ホンット、やりづらいな、お前」
カフェテリアの時計は午前三時を知らせていた。コーヒーは二杯目に突入する。
一応、FCCは惑星と違って昼夜をコントロールできるので時間は共通時に合わせられている。そのため今はとっくに深夜であったが、しかしカフェテリアには、惑星から上がってきたばかりの、時差ボケした隊員たちがいくらか残って、談笑していた。
「そもそも、どうやって潜り込むつもりだった」
「どうやってって、普通に、転属願を出して」
「作戦直前の部隊に転属願なんか出して通るわけねぇだろ」
盲点だった。
「あぁ、確かに」
「そもそも、一六七に配属されたとして、中尉がどこに降りるかまではまだ分からないんだぞ」
また盲点だった。昔から詰めが甘いところがあるのは自覚していたが、我ながら情けないとエマは思った。
「あぁクソ。分かった、俺も行く」
自分の説教を受けてしおらしくなったエマを少し眺めてから、情報屋は渋々残業を引き受けた。
「いいの?」
「お前みたいなのをひとりで向かわせたらどうなるかわかったもんじゃない。店の看板に傷をつけるわけにもいかんしな」
「……ありがと」
今回は微笑みが追加されていた。まだいくらか感謝の念が伝わってくる。少し照れ臭くなって、情報屋はさっさと本題に移りたくなった。
「それじゃあ、もう少し中身を詰めてみるか」
ふとエマが窓の外を見てみると、モダニアに所属している第三〇二星系艦隊の第7
午前五時、ようやく作戦会議がひと段落したところで、ちょうど民間シャトルの始発のアナウンスが流れた。
エマはぐっと背伸びをして、眠気がカフェインを通り越した情報屋の目には、それが豹のように映った。
「じゃあ、私帰るね」
「あぁ、こっちも、このスケジュールで組んでおく。手続きは半日もありゃあ終わるから、令書が届くのを待っててくれ」
半日というのを聞いて、エマは首を傾げた。
「手続きって多いんじゃないの?」
何のことかと、情報屋は肩をすくめる。
「こうなりそうだったから、諦めて欲しかったんだよ」
「なんで?」
「ん?」
「こうなりそうって、なんでわかったの」
「そりゃお前」
聞かれた情報屋は、エスプレッソのカップをエマに向けながら、ニヤッと笑った。
「お前は人が好過ぎるんだよ」
「中尉、見つかるといいな。大事な人なんだろ」
「うん」
そう返すと、エマはコーヒー六杯分の料金をテーブルに置いて、荷物をまとめて立ち上がる。
「じゃ、また今度な」
「うん」
「……さっきは中尉のこと、悪かったよ」
「うん」
エマが歩くにつれて、情報屋の声は大きくなっていく。聞かれては困ると一瞬思ったが、幸い、惑星上がりの隊員たちは見事なまでの爆睡を決めていた。
そうして無重力ブロックと重力ブロックを繋ぐエレベーターに差し掛かった時、情報屋の張り上げた声が聞こえてきた。
「おい」
「なに?」
「中尉が教官をぶん殴った時、正直、どう思った」
その問い掛けに少し考え込んだ後、エマは顔だけで振り向いて、微笑んで言った。
「……スカッとしたかな」
帰りのシャトルの中で、エマは強い睡魔に襲われた。徹夜には慣れている。多分、安堵から来るものだったのだろう。いつもなら頼む機内サービスのジンジャーエールも断って、代わりに毛布をCAに頼むと、エマはそそくさと眠りについてしまった。
「こんなに沢山は初めてだって、ドクターもびっくりしてたね」
「しかも、それがお互いにときたもんだ。こりゃすげぇ確率だぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます