第9話 2ー3 孤児院の10歳の子供たち

 この新年を迎えて、俺は数えで11歳になった。

 孤児院でも数えで10歳になった子が、マザー・アリシアに連れられてハンター・ギルド西支部でハンター登録を行った。


 今年は二人、男の子でラルフと女の子でビアンカだ。

 女の子がハンターにならなくても良いと思うのだが、孤児院出身の子は、まっとうな親が居ないという事情で中々普通の職には就けないし、そもそも正規の職工や見習いとして雇ってもらうには、成人にならなければ駄目なようで、商人や工房の徒弟にしても13歳からでないと受け入れてくれないんだ。


 従って、孤児院の子供たちが稼ぐためには、ハンターになって、何でも請け負う仕事から自分の適性を見つけて行くしかないようだ。

 当然に二人ともに駆け出しの見習いハンターから始まるので、受けられる仕事は簡単な雑用仕事しかない。


 俺がやっている一般の人が受けたがらないような高報酬の仕事も無いわけでは無いけれど、そういう仕事は受けたがらない理由がそもそも存在する。

 それに対応するためには、多分チート能力が絶対に必要だろうな。


 勿論のこと、ラルフとビアンカにはチート能力は無い。

 だから背伸びしないで無理なく仕事をしなければならないのだけれど、たまたま俺という悪い見本が居たために、ラルフは、よくわからないままに高額の報酬を手にしようとしているようだ。


 止むを得ず、先輩として高額報酬にはそれなりの理由があるからやめておかないと苦労するぞと忠告を与えたが、ラルフはその忠告を聞かなかった。

 忠告を聞かない者は、それなりの苦労を自分で経験してみるしかないだろうな。


 ただし、マザー・アリシアからは『面倒を見てやってね』と頼まれているので、取り敢えずは傍についてやって、様子見をしている。

 ビアンカの方は、無難なところで町屋の子守を受注したが、ラルフはよりによって俺と同じ下水道の清掃を選んだ。

 

 仕方がないので再度の警告を与え、俺がやる予定の隣のブロックで作業をさせることになり、取り敢えず俺はその仕事ぶりを監督することにしたよ。

 ラルフは、どうも下水道の掃除を単なるどぶ掃除ぐらいにしか考えていなかったようだ。


 何の道具も持たずに清掃なんかできるはずもないが、ラルフは元手が無いからそんな準備もできていない。

 仕方がないから一日銅貨二枚の約束で俺の持っている機材を貸してあげた。


 だが側溝には大量のヘドロが堆積しているわけであり、動物の死骸やたまにはスライムなどの魔物も出てくるんだ。

 無論、ハンターになったばかりのラルフにまともな戦闘力を期待するのは無理というものだ。


 幸いにして襲撃されてもラルフの足で逃げ切れる魔物だったからよかったが、例えばダークトーポ(中型のハリネズミ)のような魔物であれば死んでいてもおかしくはない。

 一日仕事をして、ワンブロックの1%も清掃できていないありさまだった。


 もちろんワンブロックごとの出来高払いの成功報酬だから、ラルフの今日の仕事では報酬は得られない。

 この調子ではおそらく一月かけてもワンブロックの清掃作業は終わらないだろう。


 この仕事は、ワンブロックの清掃が終わらないと報酬がもらえない仕組みなんだ。

 それでも頑張ってラルフは仕事を続けていたが、案の定、五日目で仕事を放り投げた。


 10歳児(実質九歳児)の身体にはきつい筋肉労働だし、労働環境が悪すぎる。

 明かりも満足に無いところで、臭気がすごく、足元はヘドロで中々移動もままならない。


 そのヘドロを全部川まで運んで流さなければならないというのは大人でもきつい仕事なんだ。

 俺はヘドロをダストシュートに放り込んで処理しているから左程の労力はかけていないし、作業のほとんどを魔法で処理しているから何の問題も生じない。


 ごめんな。

 先輩が楽にやっているからって、自分もそうできると思うのがそもそも間違いなんだ。


 これを教訓にして無理な仕事を請け負わないようにしてほしいな。

 当然にラルフが得られた報酬はない。


 仕方がないから五日分の器具の賃貸料はチャラにしてあげた。

 ラルフの五日分の仕事では、1ブロックの4%程度のヘドロさえ除去できていないありさまだった。


 幸いにしてこの仕事は、失敗しても罰金を払うようなシステムにはなっていないため、ラルフが罰金を取られるようなことが無いことだけは幸いだった。

 後を引き継ぐ俺にかかる労力は、何もしてない時とほとんど同じだったな。


 ラルフもこれにりたのか、以後は、報酬は安くても無理のない仕事を受注するようになった。

 結果からは良かったと言えるのかな?


 因みにビアンカの方は、妖精sに子守の様子を監視させたけれど、可もなく不可もなくの状況のようで、子守は無事にできていたようだった。


 但し、子守という仕事は責任が伴うからね。

 万が一にでも子守対象の幼児がケガをしたりすると、責任を問われてしまうし、場合によってはギルドから罰金を請求されることもあるんだ。


 だから場合によっては報酬が無いどころか、借金を背負うことになる場合もあるから注意が必要なんだ。

 ビアンカはどちらかと言うと用心深い方だから大丈夫だとは思うけどね。


 でも、予想に反して、十日後に事件に巻き込まれたのはビアンカの方だった。

 とある男が痴話喧嘩から、女を刺し、警備隊に追われて逃げ込んだ庭先に子守中のビアンカと幼子が居たんだ。


 男が破れかぶれでその幼子を人質に取ろうとしたのをビアンカが必死に守ろうとした。

 男が切れて、ビアンカを刺したんだ。


 監視していた妖精から緊急通報を受けた俺は、すぐさま認識疎外をかけながら現場に転移、男を一瞬で制圧して、幼児を助けて芝生の上に寝せ、すぐに、ビアンカのもとに行って、回復魔法をかけた。

 俺の回復魔法は、今のところLV2にしか過ぎないけれど、刺し傷ぐらいなら措置さえ早ければ何とかなる。

 

 刺し傷は九割ほど塞がり、出血も止め、半分にまで減っていたHPも八割にまで回復させた。

 庭にはビアンカの腹部から出血した血のりが残っているけれど、これは証拠だからそのまま残しておく。


 因みに腹部の刺し傷も完全には治してはいない。

 外傷が無ければビアンカが刺されたという証拠そのものが無くなるからだ。


 昏倒した男は、警備隊の手で捕縛された。

 俺も関係者として事情聴取を受けることになるだろうけれど、さて、どうしたものか・・・。


 結局は、半分だけ真実を告げることにした。

 魔法で男を制圧したこと、魔法でビアンカの刺し傷を癒したことの二点であり、どんな魔法を使ったかは俺個人のスキルなので言えませんと言って押し切った。


 後に、俺には警備隊長名で感謝状が出されたほか、ビアンカには子守対象の幼児を命がけで守ってくれようとしたとして、依頼主からいつもの四倍の報酬が貰えたようだ。

 まぁ、確かに、俺の手当てが遅ければビアンカは死んでいたし、ビアンカ本人も後日談として死ぬほど痛かったと言っていたけれど、本当に致命傷だったからね。


 俺以外の者だったら助けられなかったはずなんだ。

 ビアンカのおなかの傷は徐々に癒すことにして、事件から半年経った頃には痕跡もなくなっていた。


 女の子の肌に傷をつけたままじゃかわいそうだものね。

 他の人には知られないように密かに俺が治してやりました。


 その後もラルフとビアンカは無難な仕事を引き受けて、ハンターとしての経験を積んでいる。

 無理なく成長してくれればよいと思っているところだ。


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