第6話 1ー6 脱出

 面倒な話だけれど、それこそ孤児院でも行ってシスターかブラザーにお願いするしかないかも・・・。

 そのために、この王都に在るであろうできるだけ小さめの孤児院を妖精sに探してもらった。


 王都の北西端にある貧民街の近くに聖アンクレア教会付属の孤児院があるそうだ。

 此処は狭い敷地ながらも、積極的に孤児を引き受けてくれるところらしい。


 院長先生は、マザー・アリシア・ブレストンさん。

 残念ながら予算が厳しくて、人を雇う余裕が全然無いようだ。


 それでいながら、手助けしてくれるシスターもブラザーもいないのに、マザー一人で7人の孤児を引き取って養っているんだって。

 でも経済的な限界が近いみたいだね。


 王宮からの支援金が減額されてから急に苦しくなったみたいだ。

 妖精sにその減額の理由を調べてもらったら、元凶は宰相だった。


 減額した分を自分のポッケにネコババしているみたい。

 うーん、これはここを出るにしてもチョットお掃除が必要なようですね。


 その日から王宮内のクリーン作戦の準備が始まりました。

 動いてくれているのは、もちろん妖精sです。


 既に200体を超える妖精sに名付けてやりましたので、大部隊となっていますが、普通の人にはその存在が見えないから、どこにでも入り込めて情報収集をしてくれて、とっても優秀で頼りになるんです。

 王宮内に巣くうチョイワル親父から極悪人まで、彼らが隠していることを逃さず明らかにしてくれています。


 俺の仕事は、その内容を書面に残すこと。

 当然に俺の扱いに対する所業も全て明らかにする。


 悪い奴らの個人名ももちろんしっかりと記載しているから、これはもうある意味で告発状だよ。

 宛名あてなは、国王(実父)と王妃(実母)、それに王宮近衛師団の副師団長に王都警備隊長だ。


 王宮近衛師団の師団長を外して副師団長にしたのは、師団長がワルだからだヨ。

 無論の事だが、師団長の悪事ワルについてもしっかり記載してある。


 それらの準備が整ったのが、二か月後だった。

 その日の深夜、俺は晴れて牢獄から外の世界に飛び出したんだ。


 ベッドには「さようなら、さがさないで フレドリック」とだけ、ものすご下手糞へたくそな字で書かれた置手紙を残した。

 そうして告発状については、それぞれ宛先の人物の枕元に置いてやったよ。


 告発状の差出人の名前は、こっちの文字で「ナナシノゴンベェ」。

 こちらの世界じゃ「名無しの権兵衛」の意味はおそらくは不明だろうけれど、きっと変わった名前だと思うのだろうね。


 一方で、俺の部屋(牢獄)のベッドに置いた置手紙には、ちゃんとフレドリックと書いてありますよ。

 当然、筆跡は、変えている。


 置手紙は左手で、告発状は右手で書きました。

 普通に見たのでは、告発状が俺の手になるものだとは多分わかりません。


 或いは指紋を含めて何らかの痕跡を追えるような凄腕の魔法師や探索師が居れば、俺の仕業と分かるかもね。

 まぁ、告発状には俺の扱いに対する所業も書き連ねてあるから、告発状の作成人物である「ナナシ ノ ゴンベェ」と俺に何らかの関係があり、牢獄から俺を連れ去ったのが当該人物ではないかと疑う向きもあるだろうね。


 でも流石に俺がその全てを為した当人だとは考えないはず。

 何故なら、生まれてからこのかた、ろくな教育を受けたことのないはずの9歳児ですからね。


 短い置手紙を稚拙ちせつな文字で書いたのが奇跡なぐらいです。

 深夜に王宮の外に出た俺の行き場所は取り敢えず無い。


 暗がりで俺の亜空間に入り、夜明けを待った。

 夜明けを迎えてから、闇魔法で認識疎外をかけつつ、王都北西端にある聖アンクレア教会付属の孤児院に向かったのだ。


 院長先生のマザー・アリシア・ブレストンさんに会って、身元引受人をお願いするためだよ。

 代わりと言っては何だけれど、お土産を用意した。


 ハーゲン王国謹製の大銀貨の複製品だ。

 複製品と言いながら、国庫に在った大銀貨を寸分違わず、また素材の配分率までそっくりそのままの複製品だ。


 何処に出しても本物と判定されるはずだ。

 ハーゲン王国の通貨は、金貨1枚=大銀貨5枚=銀貨25枚=大銅貨125枚=銅貨625枚=賤貨2500枚になり、金貨から銅貨までは各5倍に、賤貨から銅貨への交換率だけが4倍になっている。


 金貨の上に大金貨(金貨5枚分)、白金貨(大金貨10枚分)、紅白金貨(白金貨10枚分)と言うのがあるけれど、大金貨以上の通貨は市場に出回っておらず、大商人か貴族ぐらいしか使わないようだ。

 妖精sの市場調査によれば、銅貨1枚が日本年に換算すると概ね百円から二百円程度の価値になるらしい。


 賤貨は、銅貨の四分の一の価値しか無いので、25円から50円程度かねぇ?

 感覚的に言えば、銅貨一枚は1ドル、大銅貨で5ドル、銀貨は25ドル、大銀貨は125ドル、金貨は625ドル程度になりそうだ。


 物によって価値が異なるので、前世の日本と同じと言うわけには行きません。

 特にこの世界では大量生産をしているわけでは無いので、人の手が入る品は比較的高いらしい。


 但し、単純労働の賃金は一般的にとても安いようだね。

 大銀貨は、銅貨125枚分に相当しますので、概ね一万円から二万五千円相当の価値があるみたいだな。


 お土産に持って行くのは大銀貨八枚。

 俺の出自の設定としては、幼い頃に両親が死んで、おじいさんに引き取られたけれど、先頃そのおじいさんが無くなって、遺言として言われたのが、王都に行って聖アンクレア教会を訪ね、そこのマザーかシスターに身元引受人を頼んでハンター・ギルドに加入しなさいと言われたということにした。


 大銀貨は、おじいさんが残してくれた遺産の一部と説明する予定だ。

 大金を持って9歳児(数えで10歳)が田舎から旅をしてくる設定もかなり怪しいのだが、そこは密かに闇魔法を使ってでも切り抜ける所存なのだ。


 この教会には別途支援をする予定だけれど、取り敢えず、最初に多額の献金というのは収入の裏付けがないのでできないよな。

 そうして夜明けとともに王都の街並みを動き出す人達に紛れて、認識疎外をかけたまま、俺は教会へと向かった。


 俺の服装は、平民の子供が来ているような至極ありきたりの物で、妖精sの指導を受けながら俺が造ったものだ。

 牢獄で着ていたお仕着せは既にダストシュート入りで、記念に取っておこうなどという気はさらさらない。


 俺が造った衣服は、妖精sにお願いして集めてもらった魔物や動物の毛皮の加工品が多いけれど、一部麻のような植物からとった繊維を糸にして織物を作っているんだ。

 これも錬金術の一環ではあるけれど、意外と出来はいいと自負している。


 この麻擬きあさもどきの製品は、下着に使っているけれど、付与魔法でリネンのように柔らかくしているので意外と着心地はいいんだよ。

 衣服の話は置いといて、教会の敷地に入ってようやく認識疎外を外したので、傍目はためには突然現れたように見えたかもしれないが、その瞬間は周囲の人の注意をらしたので見えていないはず。


 マザーがちょうど教会の扉を開けているところだった。

 女の人の歳はよくわからないけれど、50歳にもうすぐ手が届く感じだろうか。


 ほっそりとした容姿と細面ほそおもては、十分な食事をれていないようにも感じたよ。

 鑑定をかけると、状態に栄養不足と出た。


 未だ病気には至っていないけれど、放置すれば内臓機能が弱るし、お肌もカサカサになるだろうね。

 気力だけでは人間生きて行けないんだ。


 俺は近づいて、マザーに話しかけた。


「ここは、聖アンクレア教会ですか?」


「はい、そうだけれど、・・・。

 何か御用かしら?」


「はい、僕は王都郊外の村になるアドファーレンからやって来たリックと言います。

 つい先日亡くなった僕のおじいさんから、遺言でこの教会を頼って身元引受人になってもらい、ハンター・ギルドで働きなさいと言われています。

 見ず知らずの者が、急なお願いで申し訳ありませんが、ハンター・ギルドに登録する際の身元引受人になってはいただけませんか?」


「あらあら、まぁ、なんてこと・・・。

 リックと言ったわよね。

 あなた一体幾つなの。」


「10歳になっています。」


 マザー・アリシアは、僕を上から下まで眺めてから言いました。


「10歳と言っても、身体は少し小さ目ねぇ。

 保証人だと困るけれど、身元引受人になるのはやぶさかではないわ。

 でも、あなた本当にハンター・ギルドで仕事ができるの?」


「読み書きは出来ますし、身体も健康ですから、普通の頼まれ仕事ならばできると思います。」


「うん、まぁ、ウチの孤児院の子で年長さんはハンター・ギルドに属しているから、貴方でもできないわけじゃないとは思うけれど、・・・。

 どんな仕事でも、続けるのは結構大変なのよ。

 それに寝泊まりはどうするのかしら?」


「おじいさんから受け継いだ遺産がありますので、取り敢えずは安宿に泊まるつもりです。」


「安宿って言っても、素泊まり一泊で大銅貨四枚はかかりそうだけれど、大丈夫?」


「はい、大丈夫です。

 それに、お爺さんから遺言代わりに言われたのは、身元引受人になってくれた方にはお礼として大銀貨八枚を渡しなさいと言われています。」


「まぁまぁ、大金じゃないですか。

 そんなお礼は不要だけれど、・・・。

 もし良ければ、教会の裏に在る孤児院の部屋に下宿してみる?

 大銀貨八枚で大銅貨二百枚分になるわよねぇ。

 食事はろくなものが出せないけれど、その額でもこの孤児院なら食事付きで二月ふたつきは大丈夫よ。」


「うーん、そうですね。

 もともと、お礼でお渡しする予定でしたので、厚かましいですけれどお世話になっても良いですか?

 その代わり前払いで四か月分、大銀貨16枚をお渡しします。」


 にっこりと微笑みながらマザーが言った。


「私は、聖アンクレア教会のマザーをしているアリシア・ブレストンよ。」


 こうして俺は聖アンクレア教会の孤児院に食客しょっかくとしてお世話になることになった。

 設定上、孤児ではあるけれど、孤児院に収容されているわけではないんだ。


 幽閉中に妖精sが仕入れてくれた獣肉や果実を処理して、携帯食料の干し肉やら干した果物に加工していたから、大銀貨四枚とは別に、お土産として、それを提供したところ、随分と喜ばれた。

 乾燥肉5キロ、乾燥果実2キロは10歳児が保管して歩くには、ちょっと多すぎたかもしれないが、栄養不足の孤児やマザーには必要な物だった筈だし、大人数で食べるとすぐに無くなるからね。


 この孤児院は、元々20名ほどの孤児を受け入れられる施設だったのだが、現在は半分が空き室になっていて、その一つの部屋に案内された。

 大した荷物は無いが(必要な物は全てインベントリに収容中)、持ってきた粗末な革製のバッグ(最初に作った駄作品)を部屋に置いた。


 マザーが、白木しらきの名札に「リック」と書いて部屋の入り口にを掛けると、そこが俺の部屋になったんだ。

 朝食をこれから用意するところだったみたいで、俺も一緒にどうかと声を掛けられたが、ただでさえ少ない食事を俺のために減らすわけには行かないから、既に宿で食べてきたと嘘を言って辞退したよ。

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