第2話「男爵」

前回からの、あらすじ。

家族関係ドーン!


ロイエンベルク歴301年


 ミハイルは、高等学校3年生を迎え、王立大学への入学を目指し、日夜、アダルガーと共に、勉学に励んでいた。

両親は、単身赴任しており、かれこれ2年間、一度も会ったことがなかった。


 ミハイルの両親は、50年前に、戦争の結果、新しく編入された、ヴァルカニア伯領に、政治顧問として派遣されていた。

ヴァルカニア伯領は、レーティラウト王族連合という、レジスタンスが活動しているのもあり、非常に不安定であった。


 ヴァルカニア伯領は、かつては、レーティラウト地方として知られており、ロイエンベルク王国以外の、他の地域と同様に、幾度もの政権崩壊を経験していた。


 かつて、レーティラウト地方を支配していた、レーティラウト第十四王国(ロイエンベルク王国からの呼称)は、非常に運の悪い事に、スタンピードに巻き込まれた。

第十四王国は、ロイエンベルク王国に支援を求めたが、余力の無い、ロイエンベルクはこれを無視。


 その結果、第十四王国は滅び、スタンピードが終結した後に、ロイエンベルクへの復讐を誓う、第十五王国が建国され、ロイエンベルク王国に侵攻。

だが、しかし、王国は、容赦なく第十五王国を轢き潰した。


 その後、レーティラウト地方は、資源地帯だった事、スタンピードと、戦争の結果、人口が減少しており、編入が容易だった事もあり、「ヴァルカニア」に名を改められ、ロッホコルト伯爵家が、領主として任命され、ロイエンベルク王国へと編入された。


 その為、ヴァルカニア伯領では、第十五王国と、第十四王国の旧王族が結託し、設立された、レーティラウト王族連合…仮称、レーティラウト分離独立派反乱組織が、レジスタンスとして活動、領主館は、幾度もの襲撃を受け、現地人により結成されている、領邦軍も、移住した王国臣民と入り混じり、混乱状態にあった。


 更に、領主館の従業員も、領民を雇用している為、領邦軍と同じ問題を抱えていた。

ミハイルの両親は、そんな、壊滅状態の領主館を含めた、ヴァルカニアの統治機構全体の、抜本的改革を行うべく、派遣されたのである。


 だが、それは、ヴァルカニアの崩壊を望む、レーティラウト分離独立派反乱組織にとって、非常に都合の悪い存在となることを、意味していた。


 そうして向かえた、3月10日。 

ミハイルは、騒がしい雰囲気に、訝しげに目を覚ました。

その直後、ドアが激しくノックされ、一気に開かれる。


 アダルガーが、息を荒げ、慌てたように、室内に入ってくる。

ミハイルが、目を覚ましていることを確認すると、直ぐに口を開いた。


 「み、ミハイル様!お目覚めでしたか。」


 ミハイルは、ただ事ではない、親友の様子に、即座に眠気を払い、答える。


 「あぁ、館が騒がしくてな。何事だ?

君が、こんなにも荒々しく、部屋に入るなど、最近は、めったに見ないこととなっていたと思うのだが?」


 アダルガーは、呼吸を整え、謝罪しつつ、口を開く。


 「それは…申し訳ありません。

ですが、緊急の連絡事項がありまして…」


 「ふむ、では、教えてくれ。何が起きた?」


 ミハイルは、アダルガーに、返答を促す。

アダルガーは、少し、痛ましげに顔を顰めながら、答える。


 「…今から、3時間前、午前1時30分。

ヴァルカニア領主館が、襲撃を受け、ロッフェル男爵と、アーデルトラウト女爵が…ミハイル様の、ご両親が、殺害されました!


 これにより、王国憲法第18条48項が発動し、ミハイル様が、ディルゲン男爵位を、自動的に継承しました…ミハイル様、いえ、ミハイル男爵様。

ディルゲン男爵家、現在混乱状態にあります。


 どうか、この事態を収拾し、その威光を示してくださいませ。」


 アダルガーは、家臣の礼を行い、痛ましげに目を瞑る。

ミハイルの、これから訪れるであろう、貴族としての苦難を、慮りながら。


 ミハイルは、少しの間、愕然と目を見開き、呻く。

しかし、貴族としての責務を思い出し、重々しく口を開く。


 「直ぐに、家中の者に、この事を伝えろ。

私は、王城に向かい、爵位継承を、正式に承認すると共に、関係各所に連絡を行う。


 …アダルガー、これからも、頼んだぞ。」


 それから3日後、既に、葬儀は行われ、火葬が済まされると共に、その遺灰は、一部がミハイルに預けられ、残りは、共同墓地に撒かれた。

彼は、気丈に振る舞い、新たなディルゲン男爵として、その務めを果たせる事を、王家に示した。


 そうして、全てを終えた夜。

ミハイルは、男爵家が所有する、屋敷の家長室にて、一人で、暖炉の火を見つめていた。


 扉が、静かにノックされる。ミハイルは、暫くの沈黙の後に、口を開く。


 「…入れ。」


 「失礼します。」


 アダルガーが、室内に入る。

彼は、ミハイルの側まで、静かに歩み寄り、寄り添うように、傍に立つ。


 ミハイルは、アダルガーの方を、気怠げに見て、口を開く。


 「何の用だ?」


 アダルガーは、少し、呆れたように、わざと気に肩を竦めながら、答える。


 「もう、忘れたのですか?貴方が、呼んだのですよ。男爵様。

大事な話し合いがある、と。」


 ミハイルは、暫し沈黙した後、口を開く。


 「…そうだったな。少し待て、お茶を出そう。」


 「いえ、それは、私が…」


 「やらせてくれ。気を紛らわせたいんだ。」


 「…分かりました。」


 暫くすると、紅茶が用意される。

安物の、アールグレイ。ディルゲン家の、定番紅茶だった。


 アダルガーは、紅茶を啜り、少し顔を顰める。


 「…渋いですね。」


 ミハイルも、続いて紅茶を飲む。暫く硬直した後、口を開く。


 「確かに…渋いな。」


 「もしかして、淹れるの初めてなんですか?」


 「もしかしなくても、初めてだな。」


 「…フフッ」


 アダルガーが、少し笑うと、ミハイルも、釣られたように、笑顔になる。

暫く、紅茶を啜る音だけが、静かに響き、心地の良い沈黙が広がる。


 紅茶を飲み切ると、ミハイルが、口を開く。


 「今日、ここに呼んだのはな、アダルガー。

私の、進路の事だ。」


 アダルガーは、訝しげにしつつ、答える。


 「…進路、ですか?男爵様…いや、ミハイル様は、王立大学を受験するのでは?」


 ミハイルは、苦笑しつつ、答える。


 「その予定だったんだがな。気が変わった。

私は、ロイエンベルク王立軍学校への、入学を目指すことにした。」


 アダルガーは、目を見開き、口を開く。


 「なんですって?ですが、ミハイル様は、これまでずっと、大学への入学を目指して、勉学に励んでいましたよね?

軍事分野は、からっきしの筈では…」


 ミハイルは、大きく頷き、答える。


 「その通りだ、アダルガー。

だが、それではいけないと、両親の件で学んだよ。

文官的な改革では、限界がある。

野蛮人共には、鉛玉でしか理解しない、出来ない事が、時にはあるのだ。」


 アダルガーは、暫く押し黙り。考え込んだ後、口を開く。


 「全くその通りですね、ミハイル様。

私も、軍学校を受験する事にします。

一生、お供しますよ、男爵様?」


 ミハイルは、目を瞬き、答える。


 「何も、君まで軍学校を受験する必要は無いんだぞ?

君だって、ずっと王立大学受験に向けた、勉強をしてきたんじゃないか。


 何も、アダルガーまで、私の気紛れに付き合って、苦労することは無い。」


 アダルガーは、晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、口を開く。


 「御冗談でしょう、ミハイル様。私から逃れようったって、そうは行きませんよ?

絶対に、付いていきます。」


 ミハイルは、暫く、目を見開いた後、何処か、安堵したように笑い、口を開く。


 「…そうだったな。アダルガー、君は、そういう奴だったよ。

では、アダルガー。主人として、そして、ディルゲン男爵として、命じる。」


 「ハッ、なんなりと。」


 「一生、付いてこい。共に、戦場を駆け抜け、そして…ディルゲン家の威光を、普くロイエンベルクに、知らしめるのだ!」


 「ラボール!」


 茨の道。しかし、ミハイルとアダルガーは、歩み始めた。

それが、どのような結果を招くのか、今の所は、誰にも分からない。

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