最終話 桜の花びら
次の日は、誰よりも早く教室に入った。昨日余ったジュースとお菓子を一個ずつ持って。
誰もいない教室は、落ち着く。まだ何も書かれてなくて綺麗な黒板も、朝日が反射してステージみたいに輝く机も、シンとした空間に響く秒針の音も、心を鎮めてくれる。
でも今は、教室が狭く感じるくらい人がいて、ざわざわ騒がしい方が好きだ。そっちの方が景色がキラキラして、胸がわくわくする。
誰もいない窓際の一番後ろの席に、ジュースとお菓子を置くとカタカタッと窓が揺れた。
なんだろうと窓を開けると、目をぎゅっと閉じてしまう程の強風が吹き込む。
「もう…急に吹かないでよね――あれ、桜の花びら?」
前髪を直すために髪をわしゃわしゃすると、はらりとピンクの花びらが落ちて来た。
いつだかにこの場所から見た、空の色とおんなじ色をしている。
ビュウッ――
今度はさっきよりも強く風が吹き、壁に貼られた紙がパタパタ揺さぶられる音がした。
ハッとして掌を見るが、先程まで握っていた桜の花びらはない。
床を見渡しても、どこにも落ちておらずどこかに行ってしまったようだ。
「――」
でも、綺麗なハード型の花びらがなくなってしまっても、そこまで悲しいとは思わなかった。
また風が吹き込んでこないように、窓を閉めて鍵を掛ける。
「早いね。おはよう、友彩ちゃん」
いつの間にか廊下にはぽつりぽつりと生徒の眠そうな声が響き始めていた。
「おはよう」
ネクタイを締めながら登校して来た子に挨拶をすると、友彩も席に戻って支度をする。
今日の授業は数学と英語と美術。また、いつも通りの日常が始まる。
全く同じ色の日なんて存在しない。何をしたか、誰と過ごしたか、どんな気分か、些細なことで少しずつ色は変わる。
今日は一体どんな日になるだろうか。想像がつかないからこそ人生は楽しい。
「私、もう逃げないよ」
次会うときは成長した姿を見せたい。いつになるかも、また会えるのかもわからないけど、もう心配は掛けたくないから。
友彩は誰もいない、日焼けした席を満足気に眺めた。
隣の席の幽霊君 緑山実 @midoriyamaminoru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます