第49話 虹色

 施術が終わって僕と共にそのままベッドに腰を降ろした美咲さんは、表情をころころと変えている。たまに怒ったような顔だったり不満そうな顔になるが、ほとんどはなにかを思いつめたような真剣な顔だ。


「美咲さん? どうかしましたか?」


「い、いえ、なんでもありません……ってこともないか……その……巧先生はルナちゃんととても気安く話していますよね」


「? そうですね」


「私ともお互いに敬語混じりなのはやめませんか?」


「それもそうですね……確かにもう美咲さんは僕にとってもお客様ではなくて、一緒に旅する仲間ですもんね。年も近いしそうしましょう。いや、そうしよう。かな? それじゃあ美咲さんも、僕のことを先生と呼ぶのはやめてもらったほうが良いかな」


「巧先生は巧先生なんだけどなぁ……じゃあ……巧、っていうのは馴れ馴れしい? 巧さんって感じじゃないし……巧君? うん、巧君。今度からは巧君って呼ぶね! 私のことは美咲って呼んでね、巧君!」


「え〜っと、僕……美咲さんのファンの人に袋叩きにされたりしない?」


「しないしない! ここは異世界だし、問題無し!」


「それじゃあ……これからもよろしくね。美咲……さん」


「むぅ、美咲で良いのに……」


 若干むくれながらも笑顔で「よろしく」と返事を返す美咲さん。


 ごめんね。なんとなく美咲さんを呼び捨てにするのは気が乗らないんだよね……あまりにも馴れ馴れしくすると、何万人、いや何百万人のファンの人から世界を超えて呪いでも飛んできそうじゃない?


 その後、久しぶりに日本の話題を話たりしている内に、美咲さんが僕の顔をじっと見つめてきた。


「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」


「ん~~? 何かついてるんじゃなくて、反対。今は無くなってる。巧君、今日のお昼にメイとラヴィを治す時に、瞳が虹色に光っていたでしょう? あれってなんだったのかしら?」


「ああ、あれね。神眼っていうスキルが覚醒した時から僕の瞳は虹色に輝くようになっちゃったんだよね。普段は目立つから虹色にならないように調整して元の色である灰色にしてるけど……こうやって虹色を抑え込むのをやめたり、全力で鑑定したら虹色になるんだよ」


 そう言って瞳の色を制御し、神眼モードの本気バージョンで虹色にすると、美咲さんが僕の瞳をしげしげと覗き込んできた。


「やっぱり……デュラハンや虹色の壁の色に似ている……」


 ぐいぐいと近付いてくる美咲さん。


「それに……凄く綺麗……吸い込まれそうな輝き……とっても美しいわ……」 

 

 よく見ようとしているのか、美咲さんの目が接近してくる。当然顔も一緒に付いてくるわけで……美咲さんのお顔が、唇が……吐息が……僕の唇に直接かかるほどにくっついて……


 わっ!?


 ちょっと近過ぎなのでは!? このままだとゼロ距離になってしまうんじゃ!?


 耳をすませているわけでもないのに「ふー、すー、ふー」という、どちらのものとも判断のつかない呼吸音が、やたらと大きく響き聞こえてくる。


 さっきまで整体で艶っぽい悩ましげな声を聞き続けていたせいか、胸の奥のドキドキが止まらない。女の子特有の美咲さんの甘い匂いにクラクラしてしまう。


 ぼ、僕にはルナがいるのに……体はピクリともせず、指一本動かない……猛獣にロックオンされた獲物の気分だ。目を逸らしたら負けな気がする……




 ガチャガチャ、ガチャリ。


「ただいま戻りまし……失礼しました。出直して来ます……」


 ガチャン!!


 情報収集から帰ってきたルナが、僕らのことを勘違いしたみたいで、そそくさと部屋から出て行く。


「待って! ルナちゃん待って! 違うの! ただ瞳の色を見ていただけだから! 待ってルナちゃん!」


 美咲さんが大慌てで部屋から外に出て、ルナを呼び戻しに行ってくれた。


 ふー……助かった……のか?  あの様子だと、ルナには後でしっかり説明しないといけなさそうだ。


 ルナに誤解であると説明して戻ってきたという美咲さんが主導し、今度はルナも交えて三人で話し合うことに。


「巧君の瞳のその虹色、ルボンドダンジョンの化け物みたいに強かったデュラハンは、薄く全身に纏っているみたいだったのよね。確か……あのデュラハンは界理術ロギアスと呼んでいたわ」


「「界理術ロギアス……」」


「タクミ様、その瞳の光、全身に纏うことは可能ですか?」


 言われて目以外に移るように色々と試して魔力を動かしてみたが、他の部位に移るような気配はない。


「動かそうと少しやってみたけど、上手くいかないみたい」


「巧君、少し触らせてもらってもいい?」


 美咲さんが僕の瞳を凝視しつつ右手を伸ばしてきた。


「どうぞ?」


 美咲さんに触れられたまぶたに、なんとなくピリッと電気が走ったような感覚がしたが、特にこれと言った変化は感じられない。


「やっぱり何も変わらないみたいだね。それと……話している途中でごめん、僕もう電池切れみたい。ものすごく眠たくなってきた……」


 神眼を使うのに魔力をだいぶ消費したからなのか、抗い難い眠気に襲われている。


「タクミ様、そのまま寝てください。お顔のマッサージをしますね」


 ベッドに横たわる僕の顔、特に目の周りを重点的にルナが舐め始めた。夢心地でとても気持ちがいい。


「る、ルナちゃん!? なにをやっているの!?」


「愛情表現を兼ねたマッサージですよ? メイとラヴィ舐めナメられたままではいられませんからね」


「えぇ!? そ、そんなことまでするの!?」

 

 美咲さんの驚きの声を、なんとなく面白く感じながら……襲い来る睡魔に我慢できず……ゆっくりと意識を手放した。


「ミサキさんもやりたいのですか?」


 

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