第5話:嵐がやってくる
「嵐がやってくるだって」
デンジャラすごろくの状況は、一変した。
ゴゴ、どこからともなく室内を、雷の音が轟く。
天井に、厚い雲が工場の煙突の黒い煙のように立ち込めてくる。
生暖かい風が吹いてきた。
いくつもの水滴は、摩耶子の頬を濡らしだす。
「あ、この冷たいような感触、まさか……」
「雨のようだ」
水滴の雨量は増えていき、強風になった。
室内の気候は、台風の荒れ具合に近づいてくる。寒さも消え去り、熱帯の低気圧まで、気温は上がっていた。強い風の勢いで、窓ガラスの淵をガタガタと鳴らし始める。
「規夫、なんでよりによってそのマスを止まったのよ!」
「運任せだから仕方ないよ」
「先ほどまで輝いてたあのオーロラが、雨雲に隠れて覆われだしてから、見えなくなってしまったわ。どうしてくれるの!」
「そう言われても……いまさらどうもできないよ」
それから室内の気候は、嵐のようになった。摩耶子は、風で暴れだすストレートヘアーを手で押さえており、俺の髪も揺さぶられるが、窓の外の景色は晴れていた。世にも奇妙な光景のなか、嵐の雑音で聞き取り辛くも、必死に摩耶子の大声を堪えて聞いていく。
「雷の音が鳴ってるし、落雷を心配しなくちゃね!」
「このマスには、嵐だとしか書いてないけど、落雷とあえて書いてるマスがどこかにあったような気がする。だから、このマスで落雷する可能性は低いよ」
「だったらなんで、雷の轟く音も聞こえてくるのよ!」
「そんなこと、俺に聞かれたって分からないよ」
「ああもう、私の番だから、サイコロを振るわ」摩耶子は言う。「嵐がやってきたということは、規夫のせいだからね、ちゃんと覚えておきなさい!」
摩耶子が、賽を振る。
出た目に従い、六マス分も先へウサギの駒が進んだ。
摩耶子の駒は、指し示されたマスへ辿り着き、文字を読む。
「火は燃え広がるだって」
途端、俺たちを取り囲んで、火の壁が生じる。それは、だんだんとこっちへ迫ってきた。
「おまえも、なんてマスに駒を進めるんだ!」
「もう、規夫は、偉そうに怒らないでよ、あの炎を見てごらんなさい」
そこに一度できた炎の壁は、嵐の雨と風の激しさであおられて沈静化していく。やがて、火は消え去るのだ。災厄の危機が、二つ重なると、打ち消し合うものらしい。
摩耶子は、無邪気なウィンクをして言う。
「ほらね、私たちは二人とも無事だわ」
「俺が、嵐を呼ばなかったら、どんな目に遭ってると思うんだ。俺がここのマスへ止まったから、二人とも無事に済んでるんだろう!」
「確かに、あなたがそのマスに止まってるおかげね」摩耶子は言う。「規夫の言い分を聞いたんだから、少し落ち着いてちょうだい」
「まったく……それと、おまえは、ボードゲームのマスを見ていれば、何か気付くだろう」
摩耶子は、自分の止まっているマスと、他のマスを見比べた。彼女の顔の表情が明るくなった。
「ゴールまで、あと二マスのみじゃない!」
「つまり、次に君の投げるサイコロの目が、二以上だったら、ゴールできるんだ」
「もう少しの辛抱ね、状況は分かったわ」
「それで、忘れてはならない、俺のターンだ」
手元に転がした賽を、振って見せる。
「二だ」
亀の駒は二マス進む。すると、不思議な音がどこかから聞こえてきた。
「規夫、それって……」
「ああ、太鼓の音みたいだ。俺たちに、害はなさそうだ」
次第に、太鼓の音が近づいてくる。
「軽やかに、心が踊りだしたくなるメロディーね」
「こうした、太鼓の音のみで旋律とリズムを奏でるなんて、すごい芸当だ」
「いったい、誰がいつまで太鼓を叩いてるんでしょうね」
「たぶん、そのボードゲームを終えるころまで叩き続けたいんだろう」
「テンションを上げる祝福の演出ね」摩耶子は言う。「ゴールまで張り切りましょう!」
デンジャラすごろくを終えたとき、摩耶子の心は高揚とともに動かされるはずだ。つまり、摩耶子の心の変化を知るために、そのすごろくゲームを始めることにした。それも、あと少しで、日常の生活に戻れるかもしれない。
そして、すごろくを終えたらいつかきっと、彼女にこう言うだろう。
おまえへ出逢えて、良かった、のだと。
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