年上の女の子
庄司卓
第一章 彼女について知ってる二、三の事柄
第1話 谷山直樹と彼女の出会い
そして今日がその入学式。直樹は時間より少し早めに電車に乗り、学校近くの駅へ向かっている。残念ながら両親は仕事の都合で入学式には来られない。それが少し心残りだ。
電車は席があらかた埋まっており、立っている乗客も少なくない。直樹も立っている口だが、身動き取れないほど混み合っているわけでもない。
意外と空いていて良かった。毎日、これなら楽だな。
これから通学に使用する電車だ。空いているに越した事は無い。小学校、中学校は地元の学校。電車を乗り継いでの登校は初めてだ。
まずは電車が空いているので、直樹はひとまず安心した。
今日が入学式だ。同じ学校の生徒はいるかな。
直樹は車内を見回した。
いないか。
直樹はスマホを取り出して、やりかけのソシャゲーを立ち上げた。ちょうどその頃、電車は駅に停まった。
乗換駅の為か、どっと乗客が入ってくる。
なるほど、ここから混むのか。席が空いているなら、この駅の前には座っていた方がいいかな。
そんな事を思いながら周囲をもう一度確認する。
一人まるで何かから逃げるように駆け込んできた女子高生がいた。制服は……、違う高校だ。
お、その後ろから入ってきた小柄な女子生徒は同じ学校の制服のはずだ。
大きめの制服。俺と同じ新入生だろうか。つややかな黒髪を、いわゆるツインテールにまとめている。
大人っぽい髪の色と、子供っぽい髪型が妙に人目を引くコントラストを醸し出していた。
彼女はおもむろにバッグからメモ帳を取り出して、目を通し始めた。童顔であるにも拘わらず、視線は妙に大人びているのも不思議な印象を与えてくれる。
入学式から予習か。勉強熱心だな。
ツインテールの女子生徒は、何事かぶつくさとつぶやきながらメモ帳に目をとしている。かなり熱心なのは確かだ。
俺もゲームをやっている場合じゃないな。
直樹はそう思うが、そもそも今日は入学式だ。教科書も参考書も持ってきていない。
まぁいいか。
直樹はスマホゲームに戻ろうとした。
しかし視界の端で、例のツインテールの女子生徒の挙動がおかしな事に気づいた。
メモ帳から顔を上げ、すぐそばのいる別の学校の制服の女の子を心配そうに見つめている。
なんだ?
直樹もその視線を追った。逃げるように車内へ駆け込んできた女の子は、なにやら恐怖におののいた表情を浮かべている。しかしなぜそんな怯えた表情をしているんだ?
同じ学校の制服の女子生徒は、その異変に気づいたようだ。
その少女の後ろには、如何にもエリートサラリーマン然とした中年男性が立っている。朝の通勤電車に乗っているには、いささか不自然なタイプだ。どちらというと、リムジンで重役出勤していそうな雰囲気である。
しかしその男、立っているだけにしては不自然だ。しかもなにやら落ち着かない素振りで……。
ん……!? 手つきが怪しいぞ。これは、まさか……。
直樹がそう思った時、黒髪ツインテールの女子生徒が叫んだ。
「あんた、痴漢でしょ!!」
怯えていた女の子が、女子生徒の方へ身を寄せた。その瞬間、エリートサラリーマンが声を荒らげた。
「な、なんの根拠があって、そんな……!」
さらにエリートサラリーマンは続けた。
「えん罪だ! 僕は何もしていないぞ」
しかし直樹と同じ学校の制服を着た黒髪ツインテールの女子生徒ははまったく怯まない。
「あ~~ら、あたしは貴方が痴漢だなんて言ってないわよ。『痴漢でしょ!!』と言っただけ。なんで貴方はいち早く反応したの?」
「そ、それは……」
エリートサラリーマンはぎゅっと唇を噛みしめてから、改めて口を開いた。
「分かった。じゃあ裁判だ! 訴えてやる! これがえん罪だったら、どうするつもりだ!!」
「えん罪じゃ無いわ。ねえ?」
ツインテールの女子生徒はは被害者の女の子にそう話しかけた。被害者の女の子は頷いたが、彼女に向かってエリートサラリーマンは言った。
「そもそも私が触っていたという根拠があるのかね! 君は前を向いていた。私が触っていたかどうかは気づかないはずだ!」
「そ、それは……」
被害者の女の子は口ごもる。その様子がエリートサラリーマンを調子に乗せた。
「ふははは、訴えてやるぞ! 賠償金をせしめてやる。私はあのTBCKKの部長なんだ。腕利きの弁護士を雇って、たっぷり賠償金をいただいてやるからな! それが嫌なら……」
なるほど。俺の出番だな。
直樹はついとエリートサラリーマンの前に出た。
「おじさん、部長って言っていたけど、どこの部署?」
「な、なんだ。君は?」
エリートサラリーマンは突然、現れた直樹に面食らったようだ。
「いや、大した者じゃ無いよ。
「……え?」
エリートサラリーマンの顔から血の気が引くのが分かった。
直樹は自分のスマホの写真フォルダにあった、両親との写真を見せた。
「ほら、父さんと母さんも一緒に映っている」
そして付け加えた。
「別に脅かすつもりじゃないよ。でも父さんの会社の管理職が、こんな事で揉めるなんて嫌だからね」
さらに嫌みたらしく付け加えた。
「まぁ父さんがこういう揉め事を嫌うのは、部長クラスなら分かっているはず……」
その時だ。電車が次の駅に着いた。
エリートサラリーマン風の男は、慌ててドアから飛び出した。そしてホームに降りると直樹に一礼した。
「直樹お坊ちゃま! こ、この件は、CEOには内密にお願いします! 私もこれ以上、事を荒立てる……」
その言葉の途中でドアは締まり始めた。
お坊ちゃまか。嫌な響きだ。
直樹は思わず苦い表情を浮かべていた。
「あ、あの! 有り難うございます!!」
痴漢に遭ったあの女の子が、直樹と例の黒髪ツインテールの女子生徒へ、交互に頭を下げていた。
「いいのいいの、あたしは『痴漢だ!』って叫んだだけだし。お礼はこっちのお坊ちゃまに言ってあげてよ」
「おいおい……」
お坊ちゃまと言われるのが嫌いな直樹は露骨に顔をしかめて見せた。しかし黒髪ツインテールの女子生徒は、その反応を面白がるように、にまっと笑って続けた。
「さすが一流企業のお坊ちゃまは格好いいよね。普通だったらあんな所で、CEOの長男だからって出てこられないわよねえ」
駄目だ、こいつ。はっきり言ってやらないと分からないタイプだ。
「俺、お坊ちゃまって言われるのは嫌いなんだよ」
「あらン♡ そうなの」
にやにや笑いながら、名前も知らないツインテールの学友は直樹をからかってみせた。
そんな二人を当惑したような顔で見ていた、痴漢被害者の女の子は、はたと気づいたように口を開く。
「あのお二人、
「まぁ、そうだけど」
頷く直樹、そして黒髪ツインテールの女子生徒に向かって、被害者の女の子は言った。
「お二人、お付き合いされているんですか?」
「「はぁああああ!?」」
思わず声を揃えてしまった。
「いやいや、こいつとは今日、たまたま電車が同じになっただけで、名前も知らないし……!」
そう言う黒髪ツインテールの女子生徒に向かって直樹は言った。
「待て待て、今さっき痴漢に向かって名乗っただろう!」
「聞いてないわよ!」
黒髪ツインテールの女子生徒は直樹より頭一つ、いや頭一つ半ほど小さい。その小さい身体で伸び上がるようにして反論する。
「谷山直樹だ!」
「うん、知らない」
妙にテンポの良い二人の会話に、先ほどまで痴漢に遭い怯えた表情を浮かべていた女の子も、元気を取り戻したようにくすくす笑う。
「本当にお付き合いされていないんですか? 息ぴったりじゃないですか」
「だから、本当に今日会ったばかりなんだって!」
「俺だって、こいつの名前さえ知らないぞ!」
「うん、教えてあげない」
これまたテンポの良い掛け合いだ。女の子ばかりか、周囲にいた乗客もくすくす笑い始めていた。
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