第五章(6)

 翌朝。


「昨日はよく眠れましたか」


 朝食の時間に一階に降りていくと、台所で何かを焼いていた女将さんが声を掛けてくれる。


「ええ、とても。……いい匂いですね」


「ありがとうございます。いっぱい用意してありますから、たくさん食べてくださいね」


 朝霧さんの部屋に行ってみると、すでに朝食が並んでいる。


「おはよ、小鳥遊くん」


「おはようございます。……すごいですね、この量」


 いっぱい用意している、は一切の比喩表現ではなかったらしい。二人で座るには広すぎる座卓には、どんぶりご飯を中心に、お味噌汁、卵焼き、大きな冷ややっこ、いくつものお漬物が所せましと並んでいる。

 そして、そこに。


「お待たせしました。鮭の塩焼きです」


「あ、ありがとうございます」


 置かれたその塩焼きが、また大きい。塩焼きといって想像する二倍の大きさを誇るそれに、僕たちは息を呑む。


「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」


 女将さんが立ったのを機に写真を何枚か撮るが、


「これ、我慢できないね」


 朝霧さんのいう通り、悠長に写真を撮っていると冷めてしまいそうで勿体ない。写真もそこそこに、さっそく味噌汁を口に運ぶ。

 実は豆腐とわかめのシンプルなものなのだが、味噌が違うのだろうか、普段飲む味噌汁より圧倒的に味の奥行がすごい。

 卵焼きは柔らかく仕上がっていて、噛むと卵の甘みがじんわり広がる。冷ややっこの豆腐は少し硬く、形も歪で、ひょっとしたら手作りかもしれない。一口、口に運ぶと豆の味を直に感じ、普段食べる豆腐とは味の濃さが違った。鮭も大ぶりながら脂がのっていて、特に皮ぎしの脂の甘みが濃い。

 ……旨い。しばし、無心で朝食を口に運ぶ。朝からこんなに食べられるかな、と思ったけど、夢中で平らげてしまった。

 そんな中、朝霧さんがご飯を口に運びながら、


「……小鳥遊くん」


「はい?」


「……昨日は、ありがとうね」


 そういうと、黙々とまたご飯を食べ始める。


「なんか……偉そうな口、利いてたらすみません」


「ううん。むしろ嬉しかった。あ、でも一つだけ、訂正していい?」


「はい?」


 なんだろう。

 身構える僕に、朝霧さんは。


「一年間、じゃなくて、東西旅行にいる間……ずっと、小鳥遊くんは私の相棒、だからね」


 そう言って、くひひと笑ってみせた。



「お気をつけて」


「また、記事が出来上がったらお送りしますね」


 玄関先まで見送りに来てくれた女将さんに、朝霧さんと僕とで頭を下げる。


「いろいろ、ためになるお話を聞かせてもらいました」


「いいえ。年寄りの繰り言と笑ってくださいな。また、お会いできるのを楽しみにしてますわ」


「お世話になりました」


 最後まで上品に笑う女将さんに見送られて、外に出る。眩しい夏の日差しが、僕らを出迎えてくれた。


「昨日で取材自体は終わってるから……後は、お墓参りだけだね」


「わかりました」


 一ノ瀬さんのお墓は、保存地区の裏通りから長い階段を抜け、小高い丘の上にあるお寺の境内墓地にある……と編集長からは聞いた。お寺の名前は、最澄寺(さいちょうじ)。

 最澄寺も観光名所の一つになっているらしく、あちこちにある看板に沿って歩いていけば到着しそうだ。


「……行きますか」


 朝霧さんと足並みをそろえて、歩き出す。

 今日は比較的涼しく、朝の時間帯のせいもあってかむしろ爽やかに感じるくらいだ。保存地区を横目に見ながら、小道を歩いていく。


「電柱とか、ないんですね」


「保存地区だからね。景観を損ねるような施設は全部地中に埋設しちゃうみたい」


 昨日訪れた『竹の里』もそうだったが、保存地区とはいえきちんと住人は住んでいる。


「おはようございます!」


 まだ夏休みなのか、小さな女の子が路地を駆けていく。手を振る朝霧さんに女の子も手を振り返したかと思うと、あっという間に角を曲がって見えなくなった。


「こういうのも、いいね」


「ですね」

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