第三章(10)

 それから一週間。

 渡会島の取材を終えた僕と朝霧さんは、記事の作成に勤しんでいた。


「いやあ、本当に助かる!」


 記事を作っている最中、隣で朝霧さんのそんな声を何回聞いただろう。


「小鳥遊くんが私の気付いていないところまで、ちゃんと写真に収めてくれているから、情報の抜け漏れがなくて、本当に助かるわ……!」


「そう言ってもらえると、嬉しいですね」


 その言葉を聞くたび、朝霧さんの力になれたようで本当に良かったな……と思う。

途中で空回りしてしまうこともあった取材旅行だけど、途中で考え直したことは間違ってなかったみたいだ。そのヒントを与えてくれたのは、朝霧さんだったけど。


「ふうん、ちゃんと取材できるようになったみたいじゃない」


 夜凪さんまで入ってきて、べた褒めされてしまうとそれはそれでむず痒い。


「いや……小鳥遊くん、本当に優秀だわ。怜ちゃん聞いてくれる? 実は渡会島で……」


 渡会島であった出来事に熱弁を振るう朝霧さんの言葉を、夜凪さんがやれやれ、と言いたそうな顔で聞いている。



 渡会島から戻ってきて一週間の間、朝霧さんから『先輩』についての話を聞くことはなかった。

 それどころか、次の日に旅館で顔を合わせたときも、まるで昨日の話がなかったかのような……そんな雰囲気すら出ていたのを、覚えている。

 であれば、僕も無理に話題にする必要もなく。



「あ、電話だ。はい、もしもし」


 あれだけ熱弁を振るっていても、電話に出るとすっ、と落ち着いた……仕事モードの声色になる朝霧さんはやっぱりプロなのだと思う。

 携帯を持って編集部の外に出た朝霧さんを目で追った僕の横で、「ふふ」と苦笑するような夜凪さんの声が聞こえた。


「あれだけ褒められると、逆にいたたまれなくなるでしょ、小鳥遊」


「……ええ、まったく」


「朝霧も感情が表に出やすい方ではあるけれど、あれだけ小鳥遊のことを熱弁するとはね。よっぽど気に入られたみたい。よかったじゃん」


「よかった、のでしょうか」


 まあ、先輩に気に入られるのは悪いことではない、か。


「朝霧はデキる女だからね。彼女についていけば間違いないよ。ホテル渡会、なかなか取材に応じてくれないホテルだって知ってた?」


「それ、調べてびっくりしました。そうだったんですね」


 後々調べてわかったことなのだが、ホテル渡会に取材にいく、というのは並大抵のメディアではできないらしい。

 格式、だとか野放図に受け入れていると取材が絶えないから、だとか、噂はいろいろあるみたいだけど、できたとしても一部の有名出版社やテレビ局だけ。そんなところにアポイントメントが取れる朝霧さん、どんな根回しをしたんだ……と思ったのを覚えている。


「朝霧の人柄とか、文章の良さとかなのかしらね。必ず取材先には東西旅行の記事をいくつか提出することになってるんだけど、朝霧の記事を見た相手から断りの返事をもらったこと、ないのよね」


「へえ……」


 ふと、ポートランドで朝霧さんがいっていた事を思い出す。


「『自分が良いと思ったことを、ありのまま伝えたい。言わなきゃきっと、なにも伝わらないから』……朝霧さん、そういってました。その姿勢が、相手に伝わってるんですかね」


「それ、私も聞いたことあるわ」


 どこか懐かしそうな声。


「すごいいい言葉だと思いました。特に今は……悪口でけなした方が、数字は稼げる時代ですから」


「『ギアブレイド』の話?」


 苦笑する。確かにあれも、オンエア当時は『久々のロボットアニメなのに期待外れ』『クソ脚本』『いいのはメカニックデザインだけ』とか散々に叩かれて、今でも動画サイトを開けば『世紀の大失敗作 魔神咆哮ギアブレイド』なんてサムネイルの動画が出回っているのを見るっけ。


「いいアニメだと思うんですけどね」


「結局はそこなのよ。誰になにを言われても『いい』ものは『いい』と言えること。そして、柔らかな文章でその良さを伝えられること。朝霧の文章が他人の評価を得るのは、そこなんでしょうね」


 一ノ瀬先輩も、そんな風に朝霧を褒めていたっけね。

 夜凪さんの言葉に、やめとけばよいのに聞いてしまう。


「その人、朝霧さんの先輩ですよね?」


「……ん? ああ、そうだよ」


 懐かしいな。夜凪さんはこともなげに、こう言った。



「もう、亡くなってから四年経つのか」

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