第35話 図書館にて

 そして約束の土曜日、僕らは図書館までやってきた。


 もちろん勉強をするためが第一優先。

 ただ、お互いの家に行くのはまだ厳しいものがある。けれど学校に休日出勤するのもなんだか味気ない。


 だったら普段と気分を変えられる図書館で……という、割と消去法的理由でここが選ばれた。

 一応自習スペースはあるし、隣に並んで座って、イスを寄せ合って、小声で囁き合う程度ならコミュニケーションだって許されている。


「やっぱり特進とは範囲が違うんだな」

「みたいね。どうしよう、『えっ、まだそこまでしか進んでないのぉ?』って鼻で笑いたくなっちゃう」

「別に良いんじゃない?」

「やったらやったで偽悪的だって容赦なく指摘されちゃうでしょ。だから絶対言わない」


 彼女の方から言い出したのに、勝手に加害者に仕立て上げられてしまった。

 まぁ、こういうところも真宮さんらしくて面白いけれど。


「にしても、やっぱりさすがね。全然詰まる様子がないわ」

「普段から予習復習はしてるから。正直、今回の範囲だったらそんなに根を詰めなくても大丈夫だと思う」


 高校に入って、中学の頃から多少授業のレベルが上がったような気がする。

 ただ、まだ入学したばかりの初めての中間テストだ。まだついて行けているし、中学の時、テニス部を辞めてから作った勉強の習慣は生きている。


 それほど誇ることじゃない――と、思っていたのだけど、真宮さんはやたらと感心したようだった。


「ねえ、綿貫くん。貴方、特進クラスも余裕で入れたんじゃない?」

「え、そうかな」

「特進クラスといっても、それほど劇的に学力差があるわけじゃないもの。学費は同じだし……通常クラスに入ったのって、やっぱりあの子の影響なんでしょう?」

「まあ……うん」


 確かに偏差値を見れば、特進クラスも目指せたとは思う。

 ただ、特進クラスと通常クラスじゃカリキュラムが違う。加恋に特進を目指させるのは無理があったし、一緒にいたほうが学業のサポートもできるって思っていたから。


「……これは思いつきなのだけど、特進クラスへの編入も考えてみたら?」

「え?」

「私も学校の要項を全部把握しているわけじゃないけれど、確か制度としてあった筈よ。二年生に上がるときだけ、編入試験が受けられるって」


 そうなんだ……よく把握してるな。さすがは真宮さん。


「二年生なんてまだまだ全然先の話だけれど……でも、貴方と一緒のクラスで過ごせたら、私も少し……嬉しいかも、だから」

「……!」


 肝心のところで顔を逸らされてしまうけれど、揺れる髪の間に覗いた耳は赤らんでいた。

 指摘したら絶対につつかれる。でも、これは自分を必死に鼓舞してるのでも、偽悪的なのでも無く……多分、本当にそう思ってくれているんだろう。


「……じゃあ、目指してみようかな」

「ほんとっ?」

「一応、姉ちゃんみたいに大学に行くのが目標だったけど、それはちょっと先すぎるし、それに――」

「それに?」

「……いや、ええと……僕も真宮さんと一緒に学校生活を送れたら楽しいと思うから」


 廊下から見た真宮さんの姿。昼休み、たった一人で過ごしていた彼女を思い出すと、その隣に僕がいるというのも、悪くない気がした。

 とはいえ、それをストレートに言うのが駄目なのは僕にだって分かる。


 だから無難に、彼女の言ったことを繰り返したのだけど――。


「……イエローカード」

「へ? なんで!?」

「大声出さないで」


 なぜか反則を食らい、余計に顔を背けられてしまった。

 鬼のレフェリーは抗議も質問も一切受け付けるつもりはないらしい。


「とにかく、そういうことなら、これからも定期的に私が勉強を見てあげる」

「あ、ありがとう。頼もしいよ。……でも、よくよく考えたら特進って2クラスあるよね。どっちのクラスに行くかは……」

「さすがに選べないでしょうけど、そこは普段から善行を重ねてもらって」

「運頼みなんだ……」


 まぁ、個人的な仲の良さがクラス分けに反映されるとは思えないしなぁ。


「最悪別のクラスでもいいわよ。同じ環境で勉強していれば、大学だって同じところ行けるかもしれないし」

「大学……」

「随分先見てるなって思った?」

「……ちょっと思った」


 さっき自分の言ったことをまるっと返され、ちょっと照れくさく感じつつ頷く。


 お互い、相手から拒絶されるまでこの関係を続けると誓い合った僕らだけれど、現実としてずっと一緒にいられるわけじゃないのも分かってる。

 一年後、一ヶ月後、下手したら来週だって、何が起こるか分からないんだから。

 それが大学進学――殆ど三年先なんて話になれば、なおさらだ。


「今から、悪い未来を想像しても仕方ないでしょう? 思い描くのはいつだって、一番良い未来でないと面白くないじゃない」

「……真宮さんは、僕と一緒にいるのが一番良い未来って思ってくれてるの?」

「またカードが欲しいのかしら?」

「い、いや、冗談だったらごめん! でも……本当だったら、素直に嬉しかったから」


 僕は焦りつつ、少しショックを受けつつ、俯いてしまう。


 同じ失敗を繰り返すつもりはなかった。

 でも、素直に信じるには、過大評価な気がしてしまって……。


「…………ばか」

「え?」


 真宮さんはそんな僕を見て、拗ねたように睨んでくる。

 ちょっと頬まで膨らまして……口にはできないけれど、なんだか子供っぽい。


「今の私には、綿貫くんと一緒にいる以上に幸せな未来なんて見えないわよ」


 むすっとしつつも、真っ直ぐに僕の目を見て、言う。

 ……たった一瞬でで逸らされてしまったけれど。


「ほら、続きやるわよ、勉強! 今日はそれが目的なんだから!」

「痛っ!?」


 いつもより早口に、雑談を打ち切った真宮さんに、なぜか結構強めに背中を叩かれる。


 強制的に目の前の試験対策へと戻されつつも、なぜか頭の中には先ほどの真宮さんの言葉がこびりついて離れなくて、しばらくの間、僕は全く集中できずにただただノートを眺め続けるだけの時間を過ごした。

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