地雷系祓い屋と感知系ホスト2




『Rose』店内――。

その店のナンバーワンホストの出勤日は客の数も多くなるものだが、その日もそこそこ人が多かった。

 

 あまり目立たない方がいいのでということで、ゆりあはともかく俺は変装をして別々のテーブルにつくことになった。

 今回は話を聞くために来たではなく、怪しければ晴人を捕らえるために来た。――『【AGELESS】のナンバーワンホストとその姫が一緒にホストに来た』となるとそれだけで目立ってしまう。それは困るので、わざわざ別のテーブルにつくというわけだ。


 結果ややテーブルは離れたが、お互いがお互いの位置がわかるので、まあいいだろう。


(……にしてもすごいな。今まで誰にも気づかれなかったぞ、俺だって)


 さっきこの店のナンバー入りがヘルプについてきたが、俺の顔を見ても「男性の客久しぶりに見た」くらいしか言わなかった。

 メイクを施したのはゆりあだ。俺も化粧くらいできるが、変装レベルのものはできない。


(多彩というかなんというか。祓除師っていろんなことできないといけないのか?)


 面倒くさそうな仕事だな。また、面倒くさくない仕事なんてないんだが。


「こんちはー! どーも、新人のユウスケです。お兄さんめっちゃかっこいいですねー」

「おー。ども」


 卓についた新人を軽くあしらいながら、よし、と全身に力を入れる。

 そして、霊力を広げていく。広げる時は、足元から霊力をじわじわ落としていくイメージだ。水が広がっていくように、面積を広げていく。

 

「う……」

「どうしたんですかお兄さん。具合悪いんすか」

「あー、大丈夫だから」


人が多いからか、【AGELESS】の敷地面積よりもやや広いからか、『Rose』内を霊力でスキャンしてみると、いつもより頭が重くなった。

 

 ――これでは、うまく感知できない。

 

なにせ人が多いということは、負の感情も多いということだ。

 晴人は結構手広く色恋営業をしているようなので、それだけ奴に沼っている姫も多く――だからこそ、晴人目当てでやってくる客たちは彼をテーブルに呼ぶために鬼気迫っており、憑いている妖も多い。


(式神……)


 念じてみる。

 今までできたことはないが、頭が痛むのでとりあえず試してみる。

 ゆりあのように、鳥か。犬とか猫とかの獣か。はたまたでかい虎とか。


「あ……」


 一瞬、抽出された霊力が塊になった感覚があった。霊力の塊が足元から僅かに浮き上がり、何か、形を結ぼうとしている。

 式神ができるかと思って顔を上げたが――しかし、その塊はすぐに泥のように溶けて消えてしまった。


(やっぱりイメージ足りないとダメなのか)


 どんなのがいいんだろう。

 情報を細かく、一つ一つ拾い上げながら、分析をしてくれる式神。

 それを作れたら、俺は自分の力を自分の意志で制御できたことになる――。


「……でさ、売り上げなんだけど全然ダメで……あ! シャンコだ。おれ行ってきます」

「はいよ」


 適当に話を聞いてやっていたら、どうやらシャンパンの注文があったらしく、俺についていたヘルプがそのテーブルに行く。

 従業員総出のシャンパンコールとなると、そこそこの高額注文か。『Rose』のシャンコはどんなのかなと思って見ていると、テーブルの中央にいるのはどうやら晴人のようだった。隣にいる姫は、あの時見たみれいちゃんじゃない。エース以外にも高額注文をする姫がいるということだ。


(まあ当たり前っちゃ当たり前か。『Rose』のナンバーワンだろうし……、

 

――あれ?)


俺はそこで、違和感に気がついた。

 

 晴人は、以前会った時、目に見えるようなオーラを纏っていた。だが、今はそうでもない。

 確かに他のホストに比べると、気配が強い。だが以前ほどではない。

 俺はグラスを持ったまま、シャンコをよく見ようと腰を浮かす。


(……やっぱり……)


 おかしい。

 晴人のオーラが見えない。



「なんでだ……」

「どうしたんですか?」 


 シャンパンコールが終わって帰ってきたホストが、怪訝そうな顔で俺を見る。

 ――やっぱり、気配が弱い。恐らく、オーラ……つまり霊力のも違う。質、が違うというのだろうか?

 自身の霊力を広げて感知網を敷き、感知の精度を上げているからだろうか、はっきりと違いがわかる。

 

 今の晴人に関しては、人皮を被った妖、人皮とかいう闇深アイテムを作った霊能者、どちらにもとても思えない。

 

 ……なんでだ?

 あいつがあやしいんじゃなかったのか……?


「んー。さっきからずっと思ってたんですけどお兄さんまじでイケメンですよね。メン地下っぽさがうちの売りなのでちょっと系統違いますけど、服でだいぶ変わりますよ。よければウチでホストに――」

「あ、俺悪いけどちょっとトイレ」

「えっ、ちょ、お兄さ……」


 こっちの顔がちょっといいと見ればスカウトしにかかってくる――新人に見えて引き抜きの手ぎわはよさそうだ――新人を無視して席を立つ。

 トイレとは言ったが、あくまでも建前だ。

 俺はトイレに行くふりをして、ちょうどホストが出払っているゆりあに近づいていく。


「ゆりあ」

「あれ、れいぴ。どうしたの」

「晴人の様子、おかしくないか?」

「え?」


 ゆりあが晴人を見る。

 そしてややあってから首をかしげ、「ごめん、ゆりあにはわかんないや」と眉をしかめて言った。

 

「人より霊力オーラが強そうだってゆりあも言ってただろ。でも今日はそれがない。弱ってるんだ。……人よりちょっとカリスマがあるだけで、本当にただの一般人に思える」

「弱ってる……? うーん、霊力って体調が悪いと弱ることもあるけど、晴人の体調はよさそうだし……。そもそももともとそこまで強い気配には思えなかったからなぁ。ゆりあにはそんなに違いがわからないかも。

 ――でも、れいぴにはわかるんだね?」

「え。信じてくれるのか?」


 超一流の祓除師であるゆりあでさえ、じっくり見てもわからないことなら、さすがに理解されないか、と思ったが。

 面食らっていると「あったりまえだよ」とゆりあが言う。


「ゆりあがわからないところを補う、そのために来てもらったんだから。――さすがはれいぴ!」

「……っ!」


 さすがはレイヤ。

 そんなことは何度も言われてきたし、なんならゆりあにも何度も言われたことがある。

 けれども当然、忌み嫌っていたこれのことで真正面から褒められるのは初めてで、思わず、ぶわ、と顔に熱が集まった。


 ――店内は暗い。

 だから、赤くなった顔を、誰かに見られていることはないはずだ。

 それに、マスクしてるから、目の前にいるゆりあにも――気づかれてないよな? 

 

「でも動くのはちょっと後にしよう。ゆりあも注意して見てみるよ」

「……わかった」


 頷いて、とりあえずそのままトイレに入る。

 

 鏡の前に立ち、ライトの下に来ると、自分の頬の赤さがよくわかった。

 それを見て……俺はクソ、と思わず毒づいた。

 これじゃあまるで、逆に俺がゆりあに――。


(違うって、……ああくそ、余計なこと考えんなよ俺)


 頭を振って、邪念を遠ざける。

 そしてトイレから出ると、ちょうど晴人のエースみれいが入店してくるところだった。


(……あ?)


 晴人のことを見たときと、同じような違和感に襲われる。

 以前のようにホストクラブの姫らしく装いを整えてやってきたみれいは、いつか見た霊力オーラをその身にまとっていた。


 ――間違いない。

 前回『Rose』に来た時、俺が見て感じたオーラはあれだった。

 

(そうか)


 唐突にピンとくる。

 ――あの時は、俺たちが店にいた時、みれいと晴人は常に一緒にいた。密着して、イチャついていた。


(二人がものすごく近くにいたから、俺は――)


「ゆりあ」

「! え、あれ、どうしたの」


 ちょうどヘルプのホストがテーブルについたタイミングで、ゆりあに話しかける。

 ホストに「え? 何? この子の男? 乱入?」みたいな目で見られたが、変装もしていることだしこの際少しくらいはいいだろう。


「みれいだ」

「えっ」

「晴人じゃなくてみれいだったんだよ。俺はすっかり勘違いしてたけど」


 それだけで、俺が何を言わんとしているのかを察してくれたらしい。

 ゆりあの表情がにわかに真剣なものに変わり、「れいぴはあの子にあると思うの?」と声を低めて尋ねてくる。


「ああ」

「根拠は?」

「カン」

「――じゅーぶんだね」


 ニヤ、と笑ってそう言うなり、ゆりあが伝票を掴んで立ち上がる。ヘルプホストが困惑した顔で俺とゆりあを見比べたが、気にしていられない。


「会計してくる」

「俺がやっとくからゆりあはみれいんとこ行ってよ」

「えっ、でも」

「いいから早く」


 いつもなら絶対言わないようなことを言い、ゆりあを無理やり送り出すと、自分の席の伝票も掴んで一緒に会計を済ましてしまう。

 自分のものでない伝票のことも会計したので怪訝な顔をされたが、「知り合いだから」でゴリ押ししたら信じてもらえた。……良かった。


「ねえ、あなたがみれいちゃん?」

「あれ、ゆりあちゃん★」

「は? ゆりあ? ちょっと何なの、誰……」


 そしてゆりあといえば、晴人にひっつくみれいの元へずかずか歩いていくと、

『お? お? 同担(同じホストを推してる、好きになっている者のこと)同士の修羅場か?』

 というような周りの目を気にせず、笑顔のままみれいの目の前にを突き出した。――ここからじゃ見えないが、恐らく突きつけたのは名刺か、祓除師の身分証だろう。あれを見れば、界隈の人間はすぐにゆりあがS級のバケモンだと理解するらしい。


 そして案の定と言おうか――遠くからでも、みるみる、みれいの顔色が悪くなっていくのがわかる。

 さらに。

 反射的にか、逃げ出そうと腰を浮かした彼女の肩を、ゆりあがすかさず押さえたのが見えた。


  

「――ちょっとツラ貸しなよ」

「ひ……っ」


 

 そのさまは、もはや完全に恫喝するヤクザとその被害者の構図だった。

 ……怖。



 

 

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