地雷系(?)祓い屋、ゆりあ4
ゆりあの言葉を遮るようなタイミングで、凄まじい勢いで彼女に黒い『ナニカ』が迫る。
思わず俺は色を失って叫んだが、ゆりあは表情一つ変えず、何もないところから刀身が黒い刀を取り出すと、目にも止まらぬ勢いでそれを切り捨ててしまった。
(うっそだろ……)
切り捨てられ、ボトボトとゆりあの足元に落ちたのは、黒い触手のような、黒い木の枝のようなものの残骸。
それを見ていつきが尻餅をつく。俺も思わず数歩後ずさった。
「ヒィッ」
「おい、ゆりあ! だっ……大丈夫なのか!?」
異形には慣れているものの、ここまで気味の悪い光景は見たことがない。
どもりながらそう尋ねたが、ゆりあの返答は呑気なものだった。
「うん。へいき~」
「つうかその刀なんだよ! どっから出した!?」
バチバチに銃刀法違反だろ!
「――あ~あ~~~。な~んだレイヤさん視える人だったんですか~。気づかなかったな~」
「っ、!」
「せっかく手に入れた人皮使って化けてたのに……よりによって『道理』に霊感EXがいるとか、マジで運なさすぎ」
バキバキバキ、と、音を立ててあさひの『体』にひびが入っていく。
「しかも……祓除師に見つかっちゃあ最悪じゃんかあ」
〈人面蜘蛛 妖:A級〉
そして。
首から上を残して腕、足が壊れていき――まるで卵のからを割って出てくるかのように、裏路地にはあさひの顔だけを残した巨大な人面蜘蛛が現れた。
その場で、いつきが気絶する。
俺も、全身の血という血が足元から逃げていくような錯覚を味わった。
震えながら、それでも動けず立ち尽くす。
「あ……、あ……」
「はー? うわ、なに、きも~。人皮ってなんだよも~。もしかしてゆりあが感知できなかったのってそれのせい?」
恐れをなして動けない俺の横で、ゆりあが嫌そうに刀を構え直す。
「おかしいと思ったんだよね~。人面蜘蛛ごときが化けたところでゆりあが感知できないなんてあり得ないもん。その飛び道具どっから手に入れたの?」
「言うと――思うか!?」
人面蜘蛛が尖った足をすごい勢いでのばし、ゆりあに向かって攻撃をしかける。
鋭くとがった足の攻撃を受ければ、串刺しにされてしまう、そんな攻撃だった。
「んーん、思わな~い」
けれどもゆりあはなんなくそれを避け、追撃もひょいひょい、と避ける。
眉ひとつ動かさないゆりあに、あさひの顔をつけた化け物が忌々しげに吐き捨てた「……ちょこまかと」
「てかゆりあがさっき斬ったのってもしかしてお前の足? 伸びるの? やっぱりめちゃくちゃきもーい」
「黙れ!」
「おっ、とっとっと」
人面蜘蛛による猛攻を、ゆりあは全て刀で完璧に受け、時に逆に足を切り落として反撃する。
青い血が飛び散り、ゆりあが大袈裟にうええ、とえずいてみせた。
少し後ずさった人面蜘蛛が、「くそっ」と毒づき、今度は――こちらを狙ってきた。
(は――)
俺は硬直したまま動けない。
だが。
「ま~弱いのから狙うよね普通! でも無駄だよ!」
ゆりあが飛び出す。
さすがはプロのゴーストバスター、動きが速い。
恐怖に呑み込まれながらも、ゆりあの反応の速さに、『助かる』と喜びかけ――、
瞬間、ゆりあの足元に強烈な違和感。
俺は反射的に叫んでいた。
「!!
――ゆりあ! 足元だ!」
「!」
俺を庇える位置に来ていたゆりあが、即時にその場を飛び退る。
――すると、先程までゆりあが立っていた地面から蜘蛛の足の先が勢いよく飛び出してきた。
「く……」人面蜘蛛がこちらを激しく睨みつけてきた。「貴様、余計なことを」
「……へー、地面の下を伝って……。
ゆりあがれいぴを庇う位置に来るって計算してたわけね。なかなか頭使うじゃん。
てか、ほんとにれいぴ、感知能力が鋭いんだね」
「……っ、か、かもな……」
「とはいえあんま時間かけられないし。――ま、もう雑でいいか」
ゆりあが、改めて刀を構え直す。
それを見て人面蜘蛛がふたたび攻撃をしかけようとするも、遅かった。
「――『黒桜一閃』」
静かな勝利宣言とともに。
その足ごと、人面蜘蛛本体が縦に真っ二つに割れた。
「すげえ……」
思わずそう漏らしてしまう。
まるで少年漫画の主人公だった。
ゆりあは俺の感動に気が付いていない。
あっさりと構えていた刀を下ろすとすたすたと真っ二つになった蜘蛛に近寄っていく。
それを、あっけにとられながら見つめる。
……何をする気なんだ?
そして顔が残してある方の、人面蜘蛛の右半分に近寄って行ったゆりあは、
その体に飛び乗り、刀の切っ先を「あさひの顔」の目の前に突き付けた。
「雑魚君答えて。人皮って何? どこで手に入れた?
――お前、それを使って人に成り代わっていたんだろ」
「言う……わけ……」
「あ、そう? じゃあ、雑魚君がお話したくなるようにゆりあがお手伝いしてあげ――、ッ!!」
言葉の途中で、何かに気がついたように表情をこわばらせたゆりあが、その場を大きく飛び退く。
すると次の瞬間には、どおん! と派手な音を立て、人面蜘蛛が爆発する。
その衝撃波を受け、俺は「うわっ!?」と悲鳴を上げながら尻餅をついた。
「……自爆……口封じかな」
ゆりあは強く足を踏ん張っている様子もないのに、ひややかな目で爆発炎上の様子を見つめるばかりだ。よく聞こえないが、何やら愚痴のようなものも呟いているようだった。「あーあ。な~んか、面倒そうな案件の予感~……」
(マジでなんなんだよ……厄日すぎるだろ)
よろよろと立ち上がったところで。
今の音を聞きつけた周囲の店の者たちが、「なんだなんだ」「なんだよ今の音」「爆発?」「花火じゃね」「こんな街中で?」とわらわらとやってくる。
「やば! 逃げよ、れいぴ!」
「え……あ、ちょ、待てって!」
ゆりあが目にも止まらぬ早業でいつきを肩に担ぐと、凄まじいスピードで走り出す。
俺は慌ててその背を追った。
ああくそ、やっぱり厄日だ。
*
ようやくホスクラの裏手に辿り着いたころには、俺はもはやヘロヘロの中のヘロヘロだった。辞書の疲労困憊という項目があったら、今の俺を載せればわかりやすいんじゃあないかと思うくらいだ。
「はあ、はあ、マジ死ぬかと……思った……」
疲れ果て、裏手の壁に寄り掛かって座り込む。
しかしやはりと言うべきか、ゆりあはけろっとしている。
「おつかれぴ~♡ いつきここに寝かしといていい?」
(いいって言う前に地べたに寝かしてるじゃねぇか……)
「今日はありがとねれいぴ。ちゃんと今月いっぱいシャンパン入れたげるからね」
「ああ、うん、それはめっちゃありがたいんだけど……。ゆりあ、お前ってまじでゴーストバスターだったんだな」
「まーね!」
――んで、あんなんといつも戦っていると。
俺は、刀を使い、人面蜘蛛を真っ二つにするゆりあを思い出す。
思わずはあ、とため息が零れ落ちた。
(なるほど、命がいくつあっても足りなさそーな世界だな。そりゃ月収○○万にもなるわ……)
「でもれいぴすごかったね。ゆりあより先にあの地面からの攻撃に気付いてたし」
「ん? あああれ……。でもその言い方だと、ゆりあ自分で避けれたんだろ」
「うん。でも、れいぴ、本当にすごい才能だよ」
「はは……」
(嬉しくね~~~……)
この『才能』とやらのせいで、俺がどれだけ苦労してきたか。
周りにも変な目で見られてきたし、俺は異端な自分が昔から本当に嫌いなんだ。
「でさあ、れいぴ。物は相談なんだけど」
「……うん?」
「『人皮』なんていう謎のブツが出てきたからには、ゆりあも調べなきゃなんだけど、何分人手が足りなくて」
嫌い、なのに。
稀代の天才祓い屋は、俺にこう声を掛けてきたのだ。
「ねえ、れいぴ。
ゆりあの助手、やる気ない?」
「……………、は?」
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