終わる世界のミッドポイント①――青
ボートが転覆してこの濁流に投げ出されでもしたら、まず助からない。それでも一応空にしたペットボトルを浮き輪代わりにミィに抱きしめさせ、先にボートに乗せた。
ボートを押して進水すると同時にオレも飛び乗る。すぐさまゴムボートは木の葉のようにあっけなく流され始めた。とにかくただひたすらに向こう岸を見つめてオールを漕ぎ続ける。川の流れる音に混ざって聞こえてくる無駄な声援に耳を傾けながら。
ほどなくして無事に川を渡ることができた。旨い具合に水流に乗れたらしい。危険らしい危険もなかったものの、もう一度やれと言われても遠慮願いたい。薬を見つけたあとはこちら側から鉄塔に行けば……いや、そうなるとあの嫌味男と合流してしまう。やっぱりまた渡らなきゃいけないみたいだ。
散々な川渡りだったものの、流されたおかげで病院の近くまで来ることができた。赤十字のマークもしっかり見てとれ、崩壊せずにどっしりと建っている。逆に不運だったのは、病院の周りにある連携薬局はどれも隕石の直撃を受けて全滅しているらしいこと。病院の周りはすっかりクレーターと化していた。だから遠くからでも視認できたのだろう。
院内に薬局はないが、祖母の見舞いをしていたから薬があることは知っている。入院患者に処方するための薬が薬品管理室辺りに残っているはずだ。ゴムボートが流されないように岸に繋ぐと、足早にエントランスへと駆けこんだ。
身体を小刻みに震わせているミィにタオルを渡してやり、ワンピースの上に着たセーターを着替えさせてから院内探索を始める。内部もやはり被害は少ない。それでも倒れている観葉植物の鉢や公衆電話を飛び越え、所々穴の開いた通路を進むと、院内マップを発見した。
しかし薬品管理室の表示がない。今いるメインの棟で八階まであるような大きな総合病院だから、薬品管理室がないということはないだろう。危険な薬品も保管するため、秘匿情報となっているようだ。
「仕方ない。探すか」
地下が怪しいが、そこにはエネルギールームがある。危険な薬品を火の気と同じ階には置かないだろうから、そうなると手術室のある三階か。必要な薬剤をすぐ手配できるのも都合がよさそうだ。
ひとまず三階を探してみることにした。動かないエレベーターを素通りして、階段を使って移動する。
三階の通路に出た途端、小規模な爆発音がした。すぐに前方から白い煙が大量に湧き出してくる。通路をいっぱいに埋めたそれは、オレがかざす懐中電灯の光を受けてキラキラと光り輝いている。
「なんだ!?」
ミィを急かして階段まで引き返し、恐る恐る顔を覗かせてみる。気のせいではなく、煙はやっぱり光っていた。紫色ではなく虹色だ。ダイヤモンドの広告写真のような輝きがチリチリと通路を舞っている。
茫然と見入っていると、その中からゴツい防護服を着た人物がおぼつかない足取りで現れた。頭にライトをつけているのは理解できるが、なぜかずぶ濡れで、海底探査から戻ってきた潜水士のようにも見える。
「う、動くな!」
慌ててウエストポーチからスプレー缶とライターを取り出して構える。防護服のマスクが黒くて人相は判らないが、上背からいって男だ。通りすぎたドアの上部と比較して、百七十半ばほどだろうか。のしのしと大股で歩くさまもいかにも粗暴そうだ。
その男が、オレの構えている簡易火炎放射セットに気付いたのか両手を上げた。かと思うと、すぐにその手を左右に振って辺りの煙を追い払っている。なんて太々しいヤツ。
「舐めやがって! それ以上近づいたら火をつける!」
きっぱりと宣言したが、聞こえていないワケはないのに同じ速度で歩いてくる。呑気なリズムで振り続けている手が不気味だ。もしかして武器を隠し持っているのか?
「く、来るな! 近寄るなって! マジで燃やすぞ!」
謎の煙に引火してしまう可能性もある。逡巡が親指を凍らせ、ライターの火がつけられない。
威嚇することしかできずにいると、ついにオレの前までやってきた男がおもむろにゴツいマスクに手をかけた。オレのほうでもやっと指が動く。親指ではなく人差し指で、押しこむと同時にシューと空気の抜ける音と、わずかな白い靄が前方へと流れた。
「別に髪のセットは必要ないんだがな。苦手なんだ」
マスクをとった手で降りかかる整髪料を払ったのは、いかつい顔の男でも毛むくじゃらな顔の男でもなく、涼やかな顔の女――だった。
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