終わる世界の『起』⑪――青
三十一番の質問攻めに遭いながらも商店街に辿り着いた。
ここも隕石落下で半分ほどが倒壊していたものの、なんとか建ち踏ん張っている店もある。
「服もだけど、まずは靴だな」
瓦礫の上に立っている少女の剥き出しの足を見ながら呟く。常に細かな生傷はついているのだが、なぜかその割に酷くはない。ガラスなんかを踏む前にと靴屋を探すと、丁度服や靴も置いてある女子供向けの雑貨屋を見つけた。
とりあえずマジックテープ式の運動靴を履かせようとしたが、嫌がってすぐに脱いでしまう。靴紐付きのもの、革靴、ブーツ、あれこれ試してみるも、当然駄目。
服は服で、スカートより動きやすいズボンのほうがいいだろうと見繕って渡すも、「やだー、キューってしそー」と拒否。眼帯代わりにバンダナを巻いてやろうとしたら、「やだー。なんかヒラヒラー」と逃げ回る。
結局なんとかものにできたのは、日除け兼ウインドブレーカー兼雨具としてももちろん使用可の、赤いポンチョタイプのフード付きレインコートに赤い長靴だった。
「うう、歩くの無理っぽみだよぉ……」
半ば強引に着せたあとも、三十一番用の鞄を見繕っているオレについて歩きながら、いつまでも泣き言を言っている。苛立ちを練りこむように、髪を指でクルクルと弄りながら。どうも髪を弄るのがコイツの癖らしい。
「ちょっとは我慢しろ。折角目とかチョーカーの色と合わせてやったんだから」
言い返しながら、ナイロン製の鞄を手に取る。斜め掛け式か。両手が空くリュックのほうがいいんだけどな。
「合わせて?」
「おんなじ赤だろ。紅白カラーとかおめでたいヤツだな、お前」
小さく笑うと、手にしていた鞄が紐を付け替えてリュックにもできると気付いた。いいじゃん、これ。赤いし、前面ポケットの
鞄をためつすがめつチェックしているオレの横で、紅白娘は嬉しそうに口の中で呟いている。
「これが赤……この紐も赤色……」
「なんだ? もしかして色の名前が判らねえって言うんじゃないだろうな」
「知ってるだもん! 人の話聞いてべんきょしたんだもん!」
『人の話』って施設にいた研究員とか? まさかな。
気を取り直して、床に落ちていた鞄を拾う。
「じゃあこの色は?」
「青!」
赤いリュックの向日葵のワッペンを指差す。
「これは?」
「黄色!」
「これは?」
「えーっと茶色!」
指差したのはワッペンの葉っぱを模した部分だ。赤緑色盲らしい。視力が悪いのもアルビノだからなのだろう。
「まあいいや。とりあえずこれお前の鞄な。その服はあとで何とかしてやるけど、替えのした……必要なもの入れてこい」
言って赤いバッグを手渡した。三十一番は「これも赤?」と嬉々とした顔で受け取って、店内を見て回っている。
ワンピースは洗えばなんとかなりそうだが、眼帯はさすがに替えたほうがいいだろう。薬局は隕石の下敷きだったんだよなあ。またドラッグストアとか病院でも探してみるか。
それにしても女子力が低い……というか、多分オシャレとかそういう概念がないのだろう。冗談で言った『極秘施設の実験体』だったけど、案外本当のことだったりするのかもしれない。
「見つけてきただよー。ばっちし!」
少女が鞄を抱えて戻ってきた。大したサイズのバッグでもないのに、重そうにふらついている。
「何入ってんだ?」
尋ねると当たり前のように渡されたので、少し躊躇いつつも中を確認してみた。入っていたのは、デフォルメされたピンク色のヘビのぬいぐるみ。こぶし大のビニールボール。荒縄の切れ端。
「……どっから持ってきた。なんに使うんだよ、こんなの」
呆れながら全部出して、適当な下着や靴下の替えを詰めてやった。コイツ相手に気まずいなんて考えるだけ無駄だ。精神年齢同様、子供の世話をしてやってるだけにすぎない。
鞄を渡して店を出たが、商店街を抜ける前に三十一番が慣れない長靴にへばったため、結局オレが鞄を斜め掛けにして持つ羽目になった。いつからオレは幼稚園児を引率する保父になったんだ。
そのあとは食料を探して、早めに腰を落ち着けることにした。
水道ももう使えなくなっていたが、被害の少ない雑居ビルの蛇口を捻ると真水が出てきた。水道管からの供給ではなく、ビルに設置された貯水タンクから流れてくる水なのだろう。水道管なんて隕石墜落一日目で木っ端微塵だろうから、オレの住んでいたマンションも貯水式だったのかもしれない。こうして考えてみると、オレは自分の住んでいるところですら何も知らなかったんだな。
「風呂が沸かせたらいいんだけどな」
沸かせたところで溶けてしまうかもしれず結局は入れないのだが、温かな湯が恋しい。今の気温は秋頃くらいだろうか。日中はそうでもないが、日が照らないのもあり朝晩は冷えこむ。
それでもイジェクタが上空に留まっている割には気温の変化が穏やかだ。以前見た終末ものの映画では、急激に冷えこんで氷の世界になっていた。あの紫の光が何か関係しているのかもしれない。
ビル内を見て回り、一番荒れていない一室を今晩の根城と決めた。まずは洗濯を済ませることにして、適当な容器を探してきて水を張り、洗剤を投入する。
チョーカーの洗濯は少女が拒否したため眼帯を要求すると、そっちはあっさりOKが出た。見本に眼帯を洗ってやると、やっぱり不織布の眼帯はヨレヨレになってしまった。一応伸ばしてロープに吊るしてから、少女にバトンタッチする。
案の定、猫娘は洗剤の泡に気を取られて水遊びを始めてしまった。ワンピースの代わりに貸してやったオレの着替えのTシャツが見る間にびしょ濡れになる。てか、暴れてそれでなくても際どい丈のTシャツの裾が捲れてしまいそうなんだが!?
「やめろやめろ! オレが洗う!」
結局オレがワンピースも洗う羽目になってしまった。ロープに干し終えて振り返ると、ブランケットに包まった少女は床の上に丸くなって眠っている。ここはいろんなオフィスが入った雑居ビルで、オレたちがいるのも何らかの事務所だから床は汚いのだが、元実験体疑い世間知らずの猫娘はそんなことなどお構いなしだ。
ため息をついて、洗面器の水を捨てにいこうと部屋を出かけたら、途端に少女が身を起こした。
「どこ行くの!?」
「アサシンかよ。マジで耳聡いな」
一応突っこんでから洗面器を持って部屋を出る。
「どこも行かねえよ。今日はメシ食って就寝。明日から南に行くぞ」
自分のことを『三十一番』と名乗った少女の眼帯の下は、グチャグチャに爛れた古い傷跡と濁った眼球があるだけだった。
あっさり眼帯渡してんじゃねえよ。見ちゃったこっちがなんか居たたまれなくなっちまうじゃねえか。
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