枯れ木に花を咲かせましょう

カモけん

第一章 桜になれないカノジョ その①

 僕は女性を『飼っている』。


 その女性は僕の為に毎日一生懸命働き、僕の身の回りのお世話をしてくれる。

 毎朝欠かさず僕を起こしてくれて、朝食を用意してくれる。

 日中は家事全般をこなしながら、僕の昼食を作ってくれる。

 夜も夕食に皿洗いと……やはり健気に僕に尽くしてくれる。

 そして就寝時は僕が眠るのを横で見守り、僕が眠ってからカノジョも休眠する。

 まさに至れり尽くせり。

 貴族にでもなった気分。

 しかし問題もあった。

 何故か最近は妙に一緒に風呂にも入りたがるのだ。

 けれど僕は風呂には一人で入りたい派なので、毎回断っている。

 そんな些細な問題はあるものの、僕とカノジョはこのサイクルをずっと繰り返していた。

 これでは一体どちらが飼われているかわからないが、それでも僕はカノジョの飼い主である。

 カノジョの名前は『ポチ』。

 十四年前、子供の頃の僕がそう名付けた。

 因みにカノジョは人間ではない。

 カノジョはアンドロイドだ。


 そして────後一年で稼働を永遠に停止する。








『────枯れ木に花を咲かせましょう』


 歌のような、祈りのような、声だった。


「え?」


『コウ様。ワタシが死んだら、ワタシの遺灰を枯れ木に撒いてくださいませんか』


 腐り落ちそうな家の縁側で、唐突にカノジョはそんな事を僕に頼んできた。


『……そしてワタシを花にしてください』


 あれは確か……なんの特別な日でもない、どうでもいいとある春の昼下りの事だったと思う。

 カノジョはアンドロイドである。

 腰まで伸びた銀の長い髪に蒼い瞳。

 端正な顔立ちは人間離れした美しさで、まさしく造り物だからこそできる美。

 身体のラインも人の理想を体現した線をなぞり、見るだけで人を魅了する。

 現実に存在しているはずなのに、理想的。

 そんな相反するのがカノジョという存在だった。

 そんなカノジョの口から紡がれた言葉は、やはりどこか非現実的で、突拍子もないもので。

 ああ、そうだ。

 その日は快晴だった。

 確かニュースでは桜が満開で世間を賑わかせているとか言っていた。


「意味がわからない」


 当然の疑問だった。


『簡単な事ですよ。コウ様が花咲おじいさんだからです』


 我が家の庭に佇む、今にも倒れそうな枯れ木を見上げながら、カノジョは得意気に銀の髪を耳にかける。

 この役立たずの枯れ木と僕は似ている。

 ただ朽ちるのを待つだけの枯れ木。

 それはこの時の僕を表現するのにピッタリの言葉だった。


「やっぱり意味がわから……いやもしかして」


『はい。コウ様の名前、花坂はなさか公羽こう。即ち花咲翁はなさかおじいさんです』


 花咲おじいさん。……それは有名な昔話の題名であり、主役の名前でもある。

 つまりカノジョが言いたいのは、その昔話になぞらえて、花坂花咲羽公である僕に、自分の死後も花にしてくれとのたまっているわけだ。

 ……正気か? 

 いやこの場合正常か、が適切なのかもだけど。


「そんなオヤジギャグみたいなノリで頼む事じゃない。そもそも君はアンドロイドだ。死という概念は当てはまらないし、遺灰にもならないし、よしんば枯れ木に撒いた所で花にもならない。……というか元の昔話では、犬の遺灰を枯れ木に撒いたんじゃない。死んだ犬を埋めた場所に生えてきた木を臼にしたものが燃やされて灰になったものを枯れ木に撒いたんだ」


『細かい事は良いのです』


 細かい事だろうか。結構違うと思うのだが。


『とりあえずチャレンジしてみてください。何事もやってみなくてはわかりません』


「そのチャレンジ精神はもっと別の所で発揮して欲しい」


『コウ様は夢がありませんね』


「まさかアンドロイドに夢を語られるとは」


 機械科学は夢を見ない。

 見る事ができない。

 どれだけ科学が発展しても、それだけは揺るがない真実だ。

 そもそも真実を探究する機械が夢を見るなんて、本末転倒も甚だしい。


『ピピー。コウ様、アウト』


「何が?」


『先程の発言はアンドロイド差別に該当します』


「判定厳しくない?」


『反論は受け付けません。ワタシこそが正義。ワタシ、イズ、ゴッド』


「傲慢にもほどがある!?」


 神を騙るAIってそれなんてラスボス?


『……というわけですので、ワタシの死後はよろしくお願いしますね』


「その話まだ続いてたの?」


『勿論です』


 枯れ木に花を咲かせましょう。

 そんな童歌が先程のカノジョの声と共に蘇る。鬱陶しい。

 枯れたものは二度と咲きはしない。

 どんな存在も。……だから庭の枯れ木も、この僕も。


「……さっきも言ったけど、君はアンドロイドだ。望みは叶わないよ」


 そもそも機械に死はない。

 死は……生物だけの特権だ。

 じゃないと────辛いじゃないか。


『コウ様は頭が固いですね』


「人間だからね」


 人間は不合理の塊で、自分勝手に世界を見る縛る

 己の認識こそが世界だと、無意識のうちに刷り込まれているから。

 だから争いは無くならないし、人は分かり合えない。

 なんて欠陥品。神様にはリコールをお願いしたい。


『わかりました。では……ワタシの部品の残骸を粉にしたものを、枯れ木に撒いてください。それならできますでしょう?』


「……どうしてそこまで」


 花になんてなりたいのか。

 しかし続く言葉は、カノジョの真っ直ぐな言葉に打ち消された。



『──だってコウ様が幸せになるから』



 電気で動く人形は、血潮で動く人間よりも遥かに真摯に、実直に、想いを言葉にした。


『コウ様には幸せになって欲しいのです。だからこそ、昔話のようにワタシが花になれば良いかと思ったのです』


 ああ、それはなんて安直で、愚かで、夢見がちな……アンドロイドらしくない祈りだろう。

 僕にはそこまで祈ってもらえる価値なんてないのに。


『昔話の花咲おじいさんは……飼い犬の死後、色々ありましたが最後は枯れ木に花を咲かせておじいさんは幸せになって終わります。……めでたし、めでたし。良い言葉です。ワタシはこの言葉の通りに、コウ様もめでたし、めでたしで終わって欲しい。それだけでございます』


「君は……犬じゃない」


 なんだそれ。

 今の話を聞いて出てきた反論がソレか。

 我ながら情けない。


『ワタシの名前はポチです。どこかの誰かさんが犬みたいな名前を付けてくれやがりましたから』


 だから自分も犬だって? どんな理屈だよ。


『ワタシにできるのは……もうこれくらいしかありませんから。力不足で申し訳ありません』


 なんだよそれ。なんでそんな事言うんだよ。

 僕は君がいてくれるだけで────


 でもそんな本音さえ、今の僕には恐ろしくて、もったいなくて。

 口にするのもおこがましい。

 だから無表情の仮面の裏にまたも押し隠して、いつもみたいに無価値に墜ちる。

 大切な言葉ほど鮮度が命。

 気付いた時には手遅れになる。

 それが世界のルールだ。


『……コウ様。約束ですよ』


 なのに君は笑って、そんな未来を口にする。


『────枯れ木に花を咲かせましょう』


 世界のルールを簡単に捻じ曲げて、伝えられなかった想いを、未練を、光に変えてしまう。


「……覚えていたら」


『ええ。ありがとうございます』


 そう言って彼女は笑った。

 それこそ、花が咲いたように。



 これは不幸な僕とカノジョが『めでたし、めでたし』で終わる別れの物語。

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