第3話 ロンドン―交わらぬ視線 前編


今夜は新月。湿った土の匂い、遠くで聞こえる夜行性の動物の微かな音、

空には星すら霞み、森は吸い込まれるような闇に包まれていた。

風はなく、葉のざわめきもない。


ただ、静寂だけが支配する世界。


その闇の中に、白い体毛が月光の代わりにわずかに光を放っていた。

ルクジムは、木々の影に身を潜めながら、空を見上げていた。


遠く、黒い影が滑るように夜空を横切る。

その姿は人のようでありながら、人ではない。

コートの裾が風に揺れ、胸元には何かが収まっているのが見える。


「……闇の貴族か。」


ルクジムは呟いた。


その声は誰にも届かない。

彼は知っている。あの男が何者なのかを。


吸血鬼。

だが、ただの怪物ではない。

堂々と、紳士的に、現代社会の中で“食料”を得る者。


ルクジムは、自分とは違うと感じていた。

彼は忌み嫌われ、隠れなければならない存在。

だが、セシルは違う。


堂々と、誇り高く、夜を生きている。


「……俺には、……俺には、誇りを持つことなど許されない…」


森の闇が、彼の言葉を飲み込んだ。

だがその瞳は、確かにセシルを追い続けていた。

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