虹の夜

藤泉都理

虹の夜




 夜に見える虹。

 月虹。またはムーンボウと呼ばれている。

 月の光が水滴で反射・屈折して現れる現象。

 月の光は弱い為、肉眼では白っぽく見える事が多い。


 夜に見える虹って知っているかい。

 魔法学校に通う友人の少年魔法使い、杜和とわに尋ねられた同じ魔法学校に通う少年魔法使いの和玖わくは、ドヤ顔でそう答えると、じゃあ、夏にだけ出現する夜に見える虹、通称、虹の夜は知っているかいと尋ねられたのであった。

 和玖が無言で居ると、今度は杜和がドヤ顔で言ったのであった。











「魔法が効かないなんて、校長先生に診せた方がいいんじゃないかな?」

「ああ。俺、校長先生を呼んで来るから、杜和がこいつを見といてくれよ」

「あ。本当にお構いなく。あなた方での力ではわたくしは修復できませんし、そもそもわたくしは修復を望んでいません。このまま朽ちて果てる事を望んでいます」


 学校の結界内の丘にて。

 魔法の練習をしようとここに来た杜和と和玖を待っていたのは、やわらかい草が生い茂る地面に仰向けになっていた機械生命体であった。

 身体を織りなす部品が露わになっている人間の形をしているその機械生命体は、ところどころ破損している状態だったので、二人がかりで修復魔法をかけたのだが、まったく効果がなかったのである。ムキになった二人が限界を超えて修復魔法をかけてもなお効果なし。

 ならばと、世界一の魔法使いである校長先生を呼びに行くと言う話になったのだが、機械生命体がそんな事をしなくていいですと言ったのだ。


「申し遅れました。わたくしの名前は知星ちせいと申します。実はわたくし、この星の出自ではないのです。わたくしはこの星より遠方の星の出自の者です。しかもわたくし、ただの機械生命体ではないのです。兵器として作られた機械生命体なのです」

「「兵器」」

「ええ。兵器です。わたくしは恐ろしい存在なのです。ここまで壊れてしまったのは、わたくしにとっては僥倖なのです。そして、この星に辿り着いたのも。もしも朽ち果てる事が叶うのならば、故郷と呼べるあの星ではなく、別の星がいいと。いつもいつもいつも。望んでいました。望みが叶おうとしているのです。どうかこのまま、」


 目の赤い光が点滅している知星から視線を外し、互いの顔を見合わせた杜和と和玖。知星を挟んで、どうするかと言い合った。


「このまま朽ち果てる事が望みだって言うなら、このままにしていようか?」

「でも、こいつ、知星が兵器だってんなら、朽ち果てようとした瞬間に大爆発するかもしれないだろ。やっぱ、修復しないにしても、校長先生を呼んだ方がいいんじゃないか?」

「確かに」

「って事で、俺、校長先生呼んで来るわ」

「大丈夫?」

「おまえより体力はあるからな。少し休んだら回復したっての」

「そうだね。じゃあ、任せた」

「おう」

「あなたも離れた方がいいですよ」


 魔法の箒に乗って飛翔していった和玖を知星の隣に仰向けになって見送った杜和に、知星は言った。


「今飛び立って行った少年の言う通り、わたくし自身は知り得ない兵器が搭載されているかもしれません。危ないですよ。今すぐ離れてください」

「離れないよ。それと、僕の名前は杜和って言うんだ。よろしくね。うわあ。星がきれいだねえ。流石は夏の星空ですなあ。絶景かな絶景かな。暑さが少しは吹き飛んじゃうよね」

「初めまして。杜和。ええ。夏の星空は格別という意見には同意します。さあ。離れてください」

「離れないよ。和玖。あ。さっき魔法の箒に乗って飛んで行った僕の友達の名前ね。和玖が帰って来るまでここに居るんだ。もしもの時は身体を張って、この魔法学校を、この星を守らないといけないしね。君も。一人で居るより誰かと居た方が気が紛れるんじゃないかな」

「いいえ。わたくしはやきもきしていますよ。わたくしの所為で無辜な杜和が死んでしまうのではないかと思うと、胸が張り裂けそうです」

「そっかあ。じゃあ。うん。せめて。虹の夜を一緒に見てから離れる事にするよ」

「虹の夜。ですか?」

「そう。虹の夜。月の光を受けて出現する月虹と違って、虹の夜は恒星、惑星、衛星、彗星。全部の星の光を受けて出現する夏の夜限定の虹なんだよ」

「それは………初めて聞きました。この星限定で出現する虹なのではないでしょうか?」

「う~ん。どうなんだろう。僕もおばあちゃんから聞いた話でね。今まで一度も見た事はないんだ。だから、見たいなあって。夏の夜はついついこうして星がよく見えるこの丘に来て寝転んで見ている内に寝ちゃって。和玖に怒られちゃんだよねえ」

「………見てみたいです。虹の夜」

「うん。僕も見てみたい。栄えある第一回を知星と、和玖と、校長先生と」

「ふふ。和玖はとても優秀な魔法使いなのですね。もう校長先生を連れて戻ってきましたよ」

「へへへ。すごいでしょ。僕の友達だよ」


 目の赤い光の点滅が弱くなってきた知星。己の終わりがもうすぐそこまで近づいてきている事が分かってしまったからこそ、強く願った。願ってしまった。

 瞳に映る、杜和、和玖、校長先生と共に、今ここに居る存在と共に、居てくれる存在と共に、虹の夜を見たい。

 最期に瞳に映すのは、映したいのは、美しいものがいい。


(どうか、罪多きわたくしにご慈悲を)


 赤い光の点滅がさらに弱くなっていく知星の目から、一筋の水が流れ落ちた。































「ハッハッハッ。俺の機械いじりの趣味が役立つ日が来るとは思いもしなんだ。これで副校長に胸を張って、機械いじりを続けるぞと言ってやる」

「いや、校長先生いつも副校長先生に言ってるじゃないですか」

「そうだぜ。校長先生。腹立つ顔をしながら言ってるから、副校長先生、いっつも頭の血管を切らして、保健室に運ばれているじゃん。反省しろよな」

「反省は、せん!」

「どうしようもないね。うちの校長先生」

「もう少し、威厳のある態度を取ってほしいよな」

「まあまあ。そう言わず。ほら。おまえたち。夏の夜空を共に眺めよう。うん。きれいだなあ。なあ。知星はどこに居るんだろうなあ」

「また、会えるかなあ」

「会いに行こうぜ」

「おっ。いいな。俺も連れて行ってくれ」

「嫌です」

「嫌だ」

「アッハッハッハッ。泣いちゃうぞう」











(2025.7.17)



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虹の夜 藤泉都理 @fujitori

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