第六章 裁きの日(幕間③)

 志穂が階段から落ちて数日。朝のホームルームで倉坂先生が残念そうな顏で、志穂が転校することになったと告げた。


 クラスメイトがざわつく中、陽花は無表情でその報告を聞いていた。


 見舞い作戦が効いたようだ。志穂の入院先は志穂の希望で誰にも知らされなかったけれど、運よく陽花は知ることができた。母が志穂の運び込まれた病院で看護師をしていたからだ。

 母はコンプライアンスに対する意識が低く、自分の病院に娘と同じ星園高校の生徒が入院したと知ると、訳知り顔で娘にそのことを喋った。おかげで、陽花は労せず志穂の見舞いに赴くことができた。


 昔の月葉の格好で責め立てると、志穂はなんでもかんでもペラペラと喋ってくれた。おかげで、本当の敵を知ることができたのだから、彼女には感謝だ。

 見舞いの甲斐あって志穂は壊れた。精神疾患を扱う他の病院に転院が決まり、星園高校を去ることになった。


 本当は志穂も手に掛けてやりたかった。だけど、大事な情報を吐いてくれたし、主犯じゃないから許してやろう。肉体的に回復しようとも、精神的に志穂は死んだ。志穂への復讐は完了でいいだろう。


 ホームルームが終わって授業が始まるまでの束の間、いつも教室は騒がしい。だが今日はやけに静かだ。

 無理もない、夏休み明けから十一月までの短い期間で五人もいなくなった。はじめは退屈な学園生活を彩るスパイスだった『さとこサマの呪い』も、ここまでくれば我が身の危機となる。みんな悪いことをした自覚は多少なりともあるらしく、暗い顔だ。

 特にいじめっ子代表のクラスの中心人物は青褪め、沈んだ顔をしている。夏月の顔色も悪い。


 陽花は朔也に視線を向けた。

 朔耶の吊った意志の強そうな青い瞳と目があった。

 美しい瞳に思わず魅入ってしまう。朔耶も目を逸らさない。その瞳に憂いと優しさが滲んでいるのを見ると、胸が切なくなる。


「お月様は何を見ているんだろうね」

 ふと、耳の傍で声がした。


 驚いて顔を上げると、いつの間にか薫が傍に立っていた。

 うっとりするほど美麗な顔立ち、スラリとスタイル抜群の身体。イケメン好きの月葉が夢中になるのも頷ける、アニメや漫画の人気キャラクターみたいな完璧な造形だ。

 だけど、陽花は月葉とは違う。イケメンを見るのは好きだけど、男なんて、もっと言えば人間なんて好きになれない。人の心なんて天気みたいなものだ。人なんて他者のことなど考えず、自分に都合がいいように振る舞う身勝手な生き物だ。


 陽花にとって、月葉以外はみんな好きじゃなかった。表面上仲良くしていても、他人を心の底から信頼し、好きになったことはない。恋愛も友情も、家族の縁でさえも陽花には薄っぺらですぐ切れてしまう紙の糸だ。

 話しかけられたことを鬱陶しく思ったことを隠して、陽花は月葉の仮面を被る。


「びっくりした。対馬君、気配がないから」


 陽花は驚いたように眉を下げつつ、嬉しそうに、少し恥ずかしそうに笑う。


「ふふ、ごめんね。驚かせて」

「平気。えっと、突然すぎてなんて言ったのか聞いてなかった。ごめんね、もう一回言ってもらえるかな?」

「お月様が何を見ているのか、気になっただけさ」


 薫の視線が朔耶に逸れる。こちらを見詰めていた朔耶が苦虫を噛み潰したような顔をして、窓に視線を逃がした。


「お邪魔しちゃったね」


 薫は涼しげな褐色の目をゆっくりと細めて意味有りげに微笑むと、軽やかな足取りで席に戻っていった。

 ミステリアスな雰囲気。見透かしたような瞳。明晰すぎる頭脳。


 彼は何かに気付いているのだろうか。

 内心ひやりとしたけど、さすがの彼でも自分の正体が月葉ではなく、彼女の双子の姉の陽花だと知ることも、予想することも出来ないだろう。


 陽花が父親の姓の佐々木、月葉が母親の姓の立花となり別れたのは七年前、小学校四年生の時のことだ。

 母のぐうたらさが気に入らなかった父は他の女と浮気をし、二人は離婚することになった。その時、双子だった陽花と月葉はそれぞれ父と母に引き取られて、別れ別れになってしまった。

 昔から仲が悪くて怒鳴りあってばかりいた両親の元、陽花と月葉は結束を強め、二人で一つと周囲の友人に評されるほどの仲良し姉妹だった。互いに互いがいれば何の文句もなかった。

 専業主婦なのに家事もろくにせずに遊び呆けている母が「勉強、勉強」と口煩さかろうが、父が仕事で忙しいふりをして火遊びをしていようが、挨拶すら交わさない冷めきった家庭環境だろうが平気だった。

 唯一の望みは、二人で一生助け合って一緒に生きていくことだった。


 そんなささやかな望みすら、両親の身勝手な離婚で引き裂かれた。

 母は月葉を連れて見知らずの新たな土地、このM市で看護師として働きだした。陽花は父と四人で暮らしていた家に留まることになった。

 父は母と離婚して暫くすると、愛人だった女と再婚した。

 義母との間に新しい娘ができ、陽花に対する興味は完全に失せた。義母も血の繋がった娘ばかり可愛がった。二人とも、陽花のことは義務で育てているだけというのが明らかだった。


 ちゃんと食事は用意されている、洋服やお小遣いも与えられている。ネグレクトも虐待もない。けれども、陽花は日に日に自分が透明になっていく気分だった。

 あたしは必要ない人間だ。はっきりとそう感じ取れた。

 陽花が月葉を恋しく思い、長い休みに一人で母と陽花を訪ねて行っても、父も義母も文句一つ言わなかった。興味すらなかったのだと思う。


 実母は実母で、陽花が遊びにきても「ああ、また来たの。あんたたち仲良いわね」と言うぐらいで、元夫のものになった陽花に興味を示さなかった。


「いつかまた一緒に暮らそうね」


 陽花と月葉は離れ離れになった時にそう約束していた。その時まで、双子だということは互いの胸に秘めておくことにした。片方しかいないのに実は双子だと周囲に言いふらすことは、一緒にいられない空虚を広げてしまうから。

 母も離婚したことを隠して夫と死別と偽り、娘は月葉一人だと周囲の人間に言っていたようだ。母はきっと汚点でしかない過去を丸ごと捨ててしまいたかったのだと思う。

 だから、この地の人達は、母以外は誰も月葉が双子だと知らない。


 陽花は月葉と毎日長い時間電話やチャットで喋っていて、一緒にいなくても相手のことは自分のことのように知っていた。月葉の家にお泊りにやってきた時には月葉から学校のアルバムを見せてもらい、月葉の学校生活に耳を傾け、月葉が知っている場所や普段見ているものをぜんぶ事細かに紹介してもらっていた。

 それに昔から、互いのことは語り合わなくてもなんでもわかった。不思議だけど、互いの心が通じ合っていた。

 そのため、月葉になり変わることにはなんの苦労も戸惑いもなかった。


 今年九月一日に星園高校の生徒として登校した時、まるで自分が最初から星園高校の生徒であったかのように錯覚したほどだ。

 陽花は完璧に月葉になっていた。自分が佐々木陽花と忘れるほどに。

 いくら聡い薫でも、今目の前にいる立花月葉が実は別人だなんて気付くはずがない。そもそも別人じゃない。幼い頃から月葉は陽花で、陽花は月葉だったのだから。


 チャイムが鳴った。古めかしく重々しいチャイムは終わりへのカウントダウンだ。

陽花はまっすぐと黒板を見据えた。


 志穂の転校を聞かされた昼休み、陽花は愛と由貴子に呼び出された。

 怖い顔の二人に決裂の予感を感じ、来るなら来いと身構えていたが、二人はさとこサマの恐怖に怯え、陽花に相談してきただけだった。

 ああ、なんて愚かな奴らなんだろう。一番恨んでいそうな人物が自分たちにとって都合よい人間に生まれ変わったことに安心しきり、相談までしてくるなんて。


 安心を得て笑う二人に殺意が芽生える。まりえにそうしたように、屋上から突き落としてやろうか。


 そう、まりえも二人と同じように安心しきっていた。最近の月葉が自分にとって都合の良い人物だったから。

 甘い蜜を与えたら、まりえは簡単に「月葉だけに教えてあげる」と自らが抱える闇と秘密を晒した。

 まりえは愛や由貴子に唆されて援助交際をしていた。本番はなしの軽めのものだったみたいだが、変態オヤジに頼まれて、卑猥な写真を撮って送っていた。

 陽花は自分も援助交際で稼ぎたいとまりえに持ちかけて、まりえが写真を送った変態オヤジを紹介してもらった。そして、彼を脅してまりえの破廉恥な写真を譲ってもらったのだ。


 その写真を匿名のメールで送りつけて、まりえを屋上に呼び出した。


 さとこサマの顔を模したビニールマスク、鬘を着けてまりえを待つ。

 やってきたまりえはさとこサマに怯えた。そのまま殺してやってもよかったが、あえて陽花はマスクを脱いだ。

 まりえは裏切られたという顔で、呆然と陽花を見ていた。


「これ、返して欲しい? ほら、こっち来なよ」


 陽花は写真を一枚から三枚に増やし、まりえの前でチラつかせた。

予想通り、まりえはカッとなって飛びかかってきた。陽花は写真を掴もうとしたまりえにスタンガンを押し当てた。

 写真に釘付けだったまりえは、陽花がもう一つ強力な武器を隠し持っていたことに少しも気付かなかった。

 電撃の痛みで怯んだまりえの背中を陽花はそっと押した。あっけない幕切れだった。

 まりえが落ちてきて地面に叩きつけられてことで下が騒ぎになっている間に、何食わぬ顔で屋上を後にした。誰にも見咎められることはなかった。


 学校という安全地帯では生徒はみな羊で、教師は優しく正しい羊飼い。狼が紛れているなんて考えもしない。平和に犯された国民はみな、日常に潜んだ危険を見る目が鈍っている。


 奈々の時も、人ごみに紛れてちょっと背中を押しただけで線路に転げ落ちて轢かれて死んだ。ホームの監視カメラの位置は知っていたからそれさえ気を付けていれば大丈夫だった。仕事や学校に忙殺された人々は他者など気にもかけていなくて、目撃情報が出ることもなく、あっさりと転落事故死として処理された。


 横尾を殺すのも簡単だった。横尾は月葉に邪な気があった。

 だから陽花は「また抱かれたいから、真夜中に誰にも内緒で二人きりで学校で逢おう」と甘い言葉で彼を誘った。


 プールなら鍵がなくてもフェンスを上って簡単に中に入れて、シャワーも使える。そう言って二人でプールに不法侵入した。スケベ心に火がついていた横尾は、相手が小柄な処女ということもあり、金づちのくせに平然とプールの傍にやってきた。水辺が怖いと思われたくないという虚栄心もあったのだろう。


 プールサイドに腰を下ろし、まずは陽花が用意した蓋つきの缶ワインで乾杯した。陽花はワイン風のぶどうジュース、横尾は赤ワインだ。

 赤ワインには勿論細工をした。前もってワインの中身を減らし、かわりにアルコール度数の高いウイスキーを足したのだ。細工をしたのがバレないように、蓋を開けてからワインを渡した。


 どうせ煙草を吸いまくっていて味覚が狂った馬鹿舌だろうし、酒の味も覚えたてに違いない。味が多少変でもばれないだろう。

 その見立ては正しく、横尾はウイスキー入りだと気付かずにワインを飲み干した。


「すごい、お酒強いんだね。もう一本どうぞ」


 今度は同じ種類のスパークリングワインを渡した。

 横尾が不服そうな顔をする。


「酒はもういい、それよりヤらせろよ」

「もうちょっとだけ付き合って。お酒飲めるなんてかっこいい」


 一本目で赤ら顔になっていたが、陽花がおだてると横尾は簡単にひっかかった。自尊心をくすぐってやると、二本目のスパークリングワインも飲み干した。

 饒舌になった横尾が、陽花に乞われるままボクシング部の武勇伝を語る。

 呂律が怪しくなってきた横尾に陽花は内心ほくそ笑んだ。


 作戦通りだ。一本目のウイスキーを仕込んだ赤ワインは横尾を酔わせるための罠。二本目のスパークリングワインは炭酸によって血管を広げて血流をよくし、アルコールを早く脳に到達させるための罠。相手をおだてる会話はアルコールが回って酔っ払うまでの時間稼ぎ。


 すべてが順調に進んだ。

 横尾が酒を飲んで三十分以上が経った頃、陽花は横尾に少し歩こうと提案した。


「水面に映る月が綺麗」


 陽花は浮かれる乙女のようにうっとりした顔で、プールサイドを散歩した。早くセックスしたい横尾が飛びついてくるのを待ちながら、焦らすように歩いた。


「いいからヤらせろや!」


 狙い通り襲ってきた横尾の足元は不確かだった。

 月葉と違って運動神経抜群の陽花は、フラフラの横尾を避けて、彼の背中を押した。


 横尾は小さくて華奢で気弱な月葉を侮りきっていた。反撃されるなどとは夢にも思っていなかっただろう。だから、ことは簡単に運んだ。


 陽花に思い切り突き飛ばされた横尾はプールに落っこちた。筋肉質で浮かない体質であるうえに酩酊状態だったので、彼はそのまま溺れて呆気なく死んだ。

 陽花は横尾の死体を放置して、駅前のネットカフェで一晩を明かした。母には友達の家に泊まって勉強会をすると伝えてあり、家に帰らなくてもなんの問題もなかった。

 きっと、愛と由貴子も上手くいくだろう。陽花を味方だと信じて疑わないのだから。


 みんな、自分たちが月葉にやってきた酷いことなどすっかり忘れている。あたしの片割れを殺してしまったというのに。

 いじめなんてたいしたことないと思っているからだ。でも、被害者はいつまでも覚えている。そして、死んだ命は還らない。償いは死をもってしか達成できないのだ。


 先戻るねと、愛と由貴子は手を振って屋上を離れた。

 その直後、朔耶がやってきた。心配して来てくれたのだ。


 心の底から自分を心配してくれている、見ていてくれるのは朔耶だけだ。あとは多かれ少なかれ打算の混じった薄汚い交友関係か、責任と義務を果たすだけの無機質な血縁関係しかない。

 朔耶の存在は月葉にとって疎ましく憎むべき対象だった。だから、陽花にとってもそうだった。

 そうあるべきだったのに、今では密やかな心の拠り所となっている。


 月も太陽も沈み、休めるべき広く温かな海が必要だ。朔耶の青い瞳は明るくて暖かな南国の海の色に似ている。いや、太陽や月を抱く澄んだ蒼穹のようでもある。


 陽花はそっと瞳を伏せた。心の中で、月葉に問いかける。


 ねえ、月葉。高杉朔耶は本当にあたしたちにとって敵なのかな。


 答えはない。だけど、月葉の恨めし気な声が『敵だよ』と答えた気がした。胸がシクシクと痛む。


「悩みがあるなら、私に話してくれ。必ず力になってやる」

 力強い声で朔耶が言った。

 クラスの男子の誰より、ううん、今まで会ったどんな男よりも男らしく、頼りになる強い人。そして、身も心も美しく優しい人。月葉が絶賛した歌声をあたしも聞いてみたかった。もっと、違う場所で違う時に出会いたかった。


 朔耶がくれた陽だまりが胸に残っている。

 この陽だまりをあたしは消さなくてはいけないのだろうか。陽花は胸元をぎゅっと握りしめた。


 月葉は今年の夏休み、森の奥の湖の前で首を吊って自殺した。

死の予告を受けた陽花は電車に飛び乗って駆け付けたが、もう月葉の魂は器の肉体から抜け出ていた。


 月葉の足元には遺書と陽花に宛てた手紙がしたためてあった。遺書には自分の身に起きた凄惨ないじめが事細かに書かれており、恨み言が連なっていた。殺したい相手とその理由が怨嗟を交えて書いてあった。


 そして陽花への手紙には、置いて先に逝くことの謝罪と向こうで気長に待っているというメッセージ、今までの楽しかった思い出やこうなりたかったという希望が長々と綴られていた。

 醜い首吊死体を誰にも見られたくないから沼に沈めて欲しい。バイバイ陽花、また会おうね。最後はそう締めくくられていた。


 月葉の希望を叶え、陽花は月葉から眼鏡とスマホを譲り受けると、月葉の死体を沼に沈めた。


 月葉を飲み込んだ沼の前で手をあわせ、長い間黙祷を捧げた。そして、これからは月葉として生き、月葉を苦しめた人間に制裁を与えると誓った。


 沼に呑まれた月葉を見送ったあと、陽花はすぐに特急列車に飛び乗り、母に月葉のふりをして今日は友達の家に泊まるから帰らないとメールを送った。

 そして家に帰ると父にやりたいことがあるから都会の高校を転校して一人暮らしをしたいと伝えて、今通っている高校の退学手続と仕送りを頼んだ。

 陽花を疎ましく思っていた義母も父も賛成し、翌朝、快く陽花を送り出した。

 どこに住むのかとか、転校先は決まっているのかはいっさい尋ねられなかった。話し合ったのは仕送りの料金と、いつまで仕送りすればいいのかということぐらいだった。


 金も将来もどうでもいい。陽花は学費込みで月八万円を大学卒業まで支払ってもらうことで折り合いをつけた。トータル五百万円ぐらいとなることを考えると大きな額に思えるけど、手切れ金としては的確な額だろう。

 義母は実母と違い家事をしながらも働いているし、金に困ることはきっとない。これで邪魔だった前妻の娘と縁が完全に切れるのだから、父だって万歳だろう。


 陽花はボストンバック一つ分の少ない荷物を抱えて朝一で美容院に飛び込み、月葉と同じショートカットにして月葉の死体から奪った眼鏡をかけて電車に乗った。そして月葉として母が暮らす家に帰った。


 母は疑いもせず、陽花を月葉として迎え入れた。

 それから今まで一度も月葉じゃないと疑われたことはない。父からは仕送りが送られるだけで、連絡ひとつない。


 何度も遊びに来ていたのでこの辺りの土地勘はあるし、夏休みの間に月葉の通う星園高校のことや高校での人間関係を月葉の日記やラインのメッセージ、学校の表サイトや裏サイトを読み漁ってしっかり頭に叩き込んであった。


 本当に月葉になれるだろうか。


 少しだけ不安だったけど、夏休み明け月葉として陽花が登校しても、誰も月葉が死んだことも陽花と入れ替わったことも気付かなかった。


 沼の底に一人寂しく沈んでいったあたしの半身は、惨めで醜くなった遺骸を沼からひっぱりだされ、身元を判明させるために、警察に弄繰り回されている。

テレビの液晶に映った白骨化した頭蓋骨の昏い双眸を思い出し、陽花は身を震わせた。

 月葉の空虚の双眸は今、何を見ているんだろう。何を感じているのだろう。復讐が達成されていくことへの歓びか、それとも虚しさか。

 死者の声は聞こえない。どちらにせよ一度灯った火は簡単に消えない。青い月の炎が胸に揺らいでいる。


 陽花はまっすぐ空を見上げた。昼間の白い月がこちらを見下ろしている。月が見届けている。やり遂げなければいけない。


 陽花は目を強く瞑って、また大きく見開いた。黒曜石のような黒い瞳の奥にはひたむきさと揺らぎが宿っていた。



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