第2話 山荘の夜
合宿当日。
駅からバスに揺られること、およそ一時間。舗装もまばらな山道を抜けると、木々の合間に、古びた洋館風の山荘が現れた。建物は二階建てで、所々に苔むした石壁がのぞいている。
参加者は男女あわせて9名。それに引率の教授が一人。年齢も専攻もバラバラだった。
遥斗の知った顔は、ひとりもいない――
だが、それでいい。
他人には興味がない。話しかけられさえしなければ、それでいい。
全体説明のあと、夕方には食堂での“歓迎夕食会”が開かれた。
「じゃーん! これが、幻の茎わかめです!」
歓声と共に、食品研究会の部長らしき女子が、冷蔵庫から銀色の真空パックを取り出した。場の空気が一気にざわつく。
遥斗も、ごくわずかに目を見開いた。
それは、かつてネットの片隅で語られていた“伝説のパッケージ”だった。
光沢のあるフィルムに、シンプルな筆文字でこう記されている。
「伝説の茎わかめ」
「これ、なぜか成分表に“海藻・塩・愛情”って書いてあるんだよね〜。他の製法は完全非公開らしいよ」
「そんなので味変わるのかよ」
「普通の茎わかめと何が違うんだろうね」
参加者たちは興味津々に輪をつくり、次々と一口ずつ味見していく。
遥斗の番になったとき、彼は一言も発さず、ゆっくりと一片を口に含んだ。
咀嚼。塩気。絶妙な歯ごたえ。噛みしめるたび、じわりと広がる海の旨味。
――その瞬間、遥斗の脳内に“音”が鳴った。
完璧なビート。一定のリズムと音階が、静かに、そして確かにリフレインする。
「……間違いない」
「え?」
隣にいた男子学生が振り向いたが、遥斗は首をひとつ横に振り、黙った。
これは、本物だ。
わざわざ来た甲斐があった。
あとは、誰にも邪魔されず、数パックもらえればそれでいい――そう思っていた。
だが、翌朝。
山荘の静寂を破る、鋭い悲鳴が響いた。
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