26.「新・勇者パーティー」

「……私が、光……隣に?」


 自分の声が震えているのが分かる。


「ああ、俺だけじゃない。みんなもそう思ってる」


「え……?」


 驚きに息を呑み、私は思わず彼の後ろを覗き込んだ。そこには、元仲間たちが立っていた。


「その……なんだな」


 ごつごつした手を頭に当てて、ばつの悪そうに笑う大柄な男。ゴドフリーさんが、気恥ずかしそうに言葉を絞り出した。


「俺も、悪かったと思ってる。ずっと……お前を疑いの目で見てきたしよ。でも……気づいたんだ。お前がどれだけ俺たちを守ってきてくれたかって。……だからよ。俺もリカルドと同じ気持ちだ。また、一緒に戦いてぇ」


 彼の声は、不器用だけれど真剣だった。


「ええ、私も……」


 静かに歩み出たのは、いつも冷静で理知的なミランダさんだった。彼女は真っすぐに私を見て、柔らかな微笑みを浮かべる。


「今まではごめんなさい。私は貴女のことを理解しようともせず、ただ異質だからと距離を取っていた。でも今は違うの。私たちが魔王と戦うためには、ナディア――あなたが必要なの」


 その言葉が、胸にじんわりと染み込んでくる。


 必要とされている。

 リカルド様に。ゴドフリーさんに。ミランダさんに。かつての仲間たちに。


 その実感が、ひしひしと伝わってきて、身体の芯がじんわりと温かくなる。


 ――私は、ずっと「影」だと思っていた。


 みんなの役に立てても、私は死霊術師。忌避される力を扱う者で、勇者パーティーの中では浮いた存在。誰よりも暗い。リカルド様の隣に立つには、あまりに不釣り合いだと。


 けれど彼は、違うと言ってくれた。


 私が「影」だと思っていたものを、彼は「光」と呼んでくれた。


 勝手に期待していたことが、彼に認められたようで。

 心が熱くなる。


「……わ、私……ずっと……リカルド様に助けてもらってばかりで……」


 言葉を探しながら、ゆっくり吐き出す。


「でも、それだけじゃダメなんだって……気づいたんです。私も……リカルド様の光になりたいって、そう思ってました」


 顔が熱い。頬が真っ赤に染まっているのが自分でも分かる。視線を合わせるのは怖かった。でも、それでも言いたかった。言わずにはいられなかった。


「だから……隣にいてもいいって……言ってもらえたのが……すごく嬉しいんです」


 その声は震えていたけれど、決して弱々しくはなかった。心の奥から溢れ出す願いが、震えを超えて響く。


「私でよければ……隣にいさせてください。また、みんなと勇者パーティーで居たい」


 熱い涙が瞳に滲み、視界がにじんだ。

 リカルド様は、そんな私を見て、ふっと優しく微笑んだ。


「ありがとう。……今度は、隣で君を守ってみせる」


 その声音には、確かな決意と優しさがあった。


(ああ、やっぱり――この人が好きだ)


 リカルド様がそばにいる。それだけで、世界がこんなにも輝いて見える。

 仲間がいて、私を必要としてくれる声があって――こんな幸せな瞬間があるのだと、心の底から思えた。


「私だって負けませんからね?」


 仲間の温もりに包まれて、ようやく本当の意味で「勇者パーティーの一員」に戻れた気がした。



「みんな、出ておいで」


 私の呼び声に応えるように、死霊たちが現れた。

 ヴェル爺、ミーナ、ドレイコ……が姿を現す。


 前に勇者パーティーに居た時は、出す死霊は出来る限り視ることができない者を選んでいたから、ヴェル爺などを見せるのは、まだ少し勇気が必要だった

 

「……おお、こりゃまた」


 ゴドフリーさんが目を丸くし、腕を組んだ。


「何度見てもゾワっとすんだがよ。けど、今はちっとも嫌な感じがしねぇな。むしろ、心強ぇ」


「そう言っていただけるとはのう」


 ヴェル爺が胸に手を当て、深々と頭を下げた。


「我らはナディア様の剣、今は皆様の剣でもあります」


 クラウスも同様だ。


「頼もしいな!」


 ゴドフリーさんが笑い返す。


「でしょう?」


 勇気を出した甲斐があった。私は少し照れくさく笑った。


「みんな、自己紹介して」


※ここ頼む


「なるほどね……」


 ミランダさんは顎に手を当て、興味深そうに死霊たちを観察していた。


「生と死の境界を越えて、ここまで自然に意思を通わせられるなんて、本来ならあり得ない現象よ。けれど……ナディア、あなたが間に立つことでそれが成立している。美しいことだと思うわ」


「う、美しいって……」


 そんなふうに言われるとは思わなくて、思わず頬が熱くなる。


「フフ……お嬢様はいつも美しいですわ」


 背後でミーナが囁く。かすれた声なのに、どこか茶目っ気を含んでいた。


「も、もう! やめてよ!」


 慌てて振り返ると、ゴドフリーさんが豪快に笑った。


「ははっ! 冗談言う死霊なんざ初めて見たぜ!」


「冗談じゃありませんわ」


 ミーナはすました顔で返す。そのやりとりに、自然と場が和んだ。

 慌てて手を振ると、ゴドフリーさんが大笑いした。


「ははっ! いいじゃねぇか」


「わ、私は遠慮します……!」


 そんなやり取りに、自然と笑いが広がった。リカルド様も目を細めてこちらを見ている。その眼差しが「大丈夫だよ」と言ってくれているようで、胸の奥が温かくなる。


 リカルド様も静かに見守っている。その眼差しは優しく、そして頼もしい。私は思わず問いかけてしまった。


「リカルド様……死霊たちも、仲間として迎えてくれますか?」


「ああ」


 彼は一拍の迷いもなく答えた。


「君にとっての家族だろう? だったら俺たちにとっても、仲間に決まってる」


「……ありがとうございます」


 胸の奥がじんわりと温かくなる。


「その通りです」


 クラウスが続けた。


「姫様の隣に立つことは、誇りだ」


 ドレイコが拳を突き上げる。


「俺たちがついてる限り、背中を守らせてもらうぜ!」

 

 バーンが飛び上がる。


「ナディア様と共に歩めることが、何よりの幸せですわ」


 ルビアは静かに告げる。


「こんだけ頼もしい奴らが揃ってんだ。今度こそ負ける気がしねぇな」


 ゴドフリーさんの声に、ミランダさんも微笑んで頷いた。


「当たり前よ。これなら、どんな敵が来ても大丈夫」


 リカルド様が一歩前に出る。

 そして私へ、真っすぐに手を差し伸べた。


「ナディア……そして死霊たちと」


 その手を見つめて、私は深く息を吸った。過去の恐れも、後悔も、もういらない。私は笑顔でその手を取る。


「ここに、新しい勇者パーティーを結成する」


 仲間たちの笑い声と、死霊たちの静かな囁きが溶け合う。輪の中心に立ちながら、私ははっきりと実感した。


 ――私はもう、影じゃない。

 必要とされる仲間として、ここにいるんだ。


(ああ……本当に現実なのよね)


 胸に込み上げる熱を抱きしめながら、私はそっと目を閉じた。

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