炎牢

14.「次の作戦」

 宴の喧噪が、背後に遠ざかっていく。

 リアルテイ要塞の厚い城門を抜け、石畳の道を歩きながら、私は夜の冷気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「すぅ~はぁ……」


 少し湿った風が、熱を持った頬を撫でていく。


「……ようやく静かになりましたな」


 隣を歩くヴェル爺が、背中の杖を軽く叩きながらぼやく。

 要塞内では、勝利の興奮が渦巻いていた。その中心にいる私。感謝と興味、そして警戒が入り混じった兵士たちの視線は、仮面越しでも少し息苦しい。


「それにしてもナディア様、勇者様を凝視しすぎじゃ。あれでは正体を怪しまれても仕方あるまい」


 ヴェル爺の指摘は、図星だった。


「……見てないわよ。ただ……無事でよかったと思っただけ」


 そう言いながらも、自分でも否定しきれないことはわかっている。

 彼の戦う背中を見た時、胸の奥が熱くなった。


 要塞の灯りが見えなくなった頃、私たちは山道の入り口にたどり着いた。

 

 ヴェル爺が周囲に気配がないことを確認し、杖を掲げる。

 私は転移陣の中心に足を踏み入れた。


「ナディア様、お帰りなさいませ」


 山頂の拠点に戻ると、偵察部隊の隊長エイルがすぐに近寄ってきた。彼女は私に深いお辞儀をすると、真剣な表情で言葉を続ける。


「メディアの諜報部隊によると、勇者パーティーが、炎牢領へ向かうそうです」


 その一言で、心臓が小さく跳ねた。

 

(やっぱり、そういうことになるのね)


 リアルテイ要塞での勝利に安堵していたのも束の間、王国もこのまま手をこまねいているわけではなかった。


「そう……もう一度、みんなを集めてくれる?作戦会議をするわ」


 エイルは無言で頷き、部屋の奥に控えていた仲間に指示を出した。


 しばらくして、私たちは集会用の広間の中央に集まった。


「皆、集まってくれてありがとう」


 私は、震える声をなんとか平静に保ち、話し始めた。


「さて、どうすればよいのじゃ……」


 隣に立つヴェル爺が静かに呟く。彼の視線には、私の無謀さを案じる色が滲んでいた。


「ナディア様、今回の動きは慎重にならねばならぬ」


 リカルド様を助けたいという衝動と、死霊術師という正体がバレる恐怖。二つの感情が、私の心の中で綱引きをしていた。


「わかってるわ。けど……」


 心の内を押し殺しながら、私は答えた。


「それならば、我々は後方からの援護を優先するのはどうでしょう?」


 戦闘部隊の隊長であるクラウスが、冷静な声で提案する。

 軍指揮官だった彼の言葉には、経験に裏打ちされた重みがあった。


「今回のように直接姿を現せば露見する可能性も高まります。我々は勇者殿のルートを先に攻略し、敵の補給路を断ったり、罠を無力化したりして、進軍を助けるのです」


 クラウスの意見に、偵察隊長のエイルが反論する。


「道中はそれでいいかもしれないわ、けど炎牢城に先に入るなんてことをすれば、痕跡を隠すのは至難の業よ。それに同じルートを通ってくれるかも定かではない……。勇者様が違う道を選んでしまえば、我々の苦労は全て無駄になってしまう」


 エイルの言葉に、周囲もざわつく。


「下手に動けば、勇者隊を危険に晒すことにもなりかねない」


 そんな折、口調は軽いながらも、頭の切れるバーンが、ふと思いついたようにニヤリと笑う。


「勇者パーティーが来る直前までバレずに罠でもなんでも仕込んで、来た時に動き出せばいいんじゃねぇか?」


 彼の言葉に、皆が一瞬、言葉を失う。


「……それよ!!」


 その提案に、私は思わず賛成した。

 隠密裏に城内に潜入し、罠を解除したり、敵の配置を混乱させたりする。これなら、リカルド様の役に立ちながら、正体がバレるリスクを最小限に抑えられるはずだ。


「道中の安全確保は、クラウスに任せるわ。できる?」


 私はクラウスに視線を送る。彼は一瞬考えた後、きっぱりと返答した。


「無論。安全なルートを確保しましょう。ただし、偵察隊の協力が不可欠となります」


「もちろんだ、私たちも協力しよう」


 エイルがすぐに頷く。


「へへ、任せとけって。俺の作った爆弾が火を噴くぜ!」


「爆弾は出来るだけ控えてちょうだい」


 私の言葉に、バーンは少し残念そうに肩を落とした。


「油断は禁物だぞ、クラウス。四天王の領地だ、いつ何時、奴らの配下が襲ってくるかわからねぇ。まあ、私が居る限り奇襲なんてことは起こさせねぇけどな!」


 諜報部隊の隊長メディアが動きだそうとしていたクラウスに言葉をかける。


「炎牢城内は、ミーナの感知能力が鍵ね。炎牢城ともなれば、きっと普通の感知魔法じゃ使い物にならないわ」


 私がそう言うと、ミーナが自信に満ちた笑顔で頷いた。


「任せなさいな、お嬢様。私なら、しっかりと感知できるわ」


 ミーナは軽く微笑み、視線を受け止めた。


「うむ……我も、出来る限りのことをする」


 その様子を、ドレイコが静かに見守っている。錆びた鎧を纏い、常に私の後ろに控える彼は、言葉は少ないが、その眼差しには深い忠誠心と、私への心配が滲んでいた。


 死霊たちは、お互いに語り合い、作戦を練っていった。

 クラウスは、バーンとエイルと連携し、道中の偵察と陽動の計画を立てる。

 メディアは、リアルテイ要塞に残るルビアと連絡を取り、リカルド様の動向を常に把握する手筈を整えた。炎牢領へも諜報部隊を派遣したりもした。

 ヴェル爺は、拠点に残る死霊たちを指揮し、援護魔法の発動や、いざという時の避難ルートの確保に努める。

 ミーナは目を閉じ、炎牢領全体の魔素の流れを少しでも感じ取ろうとしていた。


 彼らは仲間であり、家族だ。

 生前は異なる道を歩んでいた者たちが、死後、私という存在を通して一つになった。

 彼らがいなければ、リカルド様を守りきることはできない。


 胸の奥の弱さを押し殺し、私は深呼吸した。


 静かな誓いを胸に、彼女は再び仮面をかぶり、ローブの襟を正した。


「リカルド様……どうか、無事で」

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