非日常
新着記事という欄の中に、サムネイル画像と記事タイトルのセットがぎっしりと並んでいる。記事同士には関連性が見られず、手当たり次第に詰め込んだようなそんなサイト。そしてヘッダーには「世界の壊し方」。どうやら、僕が開いたのはまとめサイトと呼ばれる部類のものだったらしい。こんなものを見ていても時間の無駄だと理性が警告するが、しかし本能は何故かこのサイトに惹かれていた。惹かれて、そのまま僕は右下のほうにあった「はじめての方へ」というポップアップに触れてみる。
「世界を壊したいと願うあなた方のために……?」
後ろから、高い声でサイトの文言を読み上げる声がする。立浪だ。
「授業抜け出したんだって?一人でずるいから、私もきちゃった!それでさ」
「要、世界をぶっ壊したいの?」
無視する。
「それならさ、私が手伝ってあげるよ!」
「いいの?」
「やっと喋った!でも対価は必要だよ!」
立浪のことだから、大した要求はしてこないだろう。何をするにも人手はあったほうがいいし、何より立浪なら口止めが簡単だ。
「何が欲しい?」
「名前で呼んで!燐音って!」
「それだけ?」
「それだけ、って。今までは何度言っても名前で呼んでくれなかったじゃん!」
そうだったか。確かめるために記憶を探ろうとするが、混乱した脳みそに何を聞いてもワードサラダが返ってくるだけだ。とりあえず、立浪の望みを叶えてやろう。
「燐音、これでどう?」
「うん、最高!で、私は何すればいいの?」
やること、か。それならまずは。
「母さんの死体を埋める手伝いをしてくれ」
秘密基地に沈黙が流れる。無理もない、死体遺棄という犯罪を手助けするよう言っているのだ。これを手伝ったらもう戻れない、だからこそ。僕をずっと手伝ってもらえるように、燐音にはここで共犯者になってもらわなければならない。
しばらくして、燐音が口を開く。
「……いいよ、でも」
「でも?」
「なんでお母さんを埋めたいのか、できれば教えてほしいな」
何故、か。そんなの決まっている。
「気持ち悪いんだ。母さんの姿をした何かがそこにあるのが」
「怖いんだね」
そうだ、怖い。あれが母さんの姿をしたまま腐っていくのが、あれが母さんとして弔われるのが、僕の中での母さんがあれになってしまうのが怖い。怖くて仕方がないんだ。
「怖くない」
意味もなく強がってみると、燐音はふふっと笑う。なんというか、癪に障るな。
「うん、わかった。ありがとう」
燐音は一人で勝手に納得して、しきりに頷く。そして、言葉を続ける。
「じゃあ、人に見つからないように計画を立てないとね!」
深夜、自宅。机の上には昨日の夕飯になるはずだったものが並べられており、床には僕の荷物が乱暴に散らばっている。布団はぐちゃぐちゃで、その上にいるのが僕、燐音、それと死体袋に入った母さん。会話はない、否、声を出すべきではない。これはスニーキングミッション、人に見つかるわけにはいかないのだ。時計の針が午前零時を指し、僕たちは頷きで合図を送り合う。初めての死体運びだ、二回目なんて御免だが。
死体袋を二人がかりで担ぎ上げ、先頭の僕がドアを開ける。外に出たら後ろの燐音がドアを閉め、そのまま進んでエレベーターに乗り込む。エレベーターを降り、外へ出て、そのまま人のいない道を歩く。暗い風景、それを照らす街灯の光。この景色に惹かれた僕は、きっと夜に呑み込まれてしまうのだろう。そんなとりとめのないことを考えながら、僕たちは裏山へと向かう。
裏山、二人。穴の底の母さんにシャベルで土を被せていく。
「それにしても燐音、お前死体袋なんてなんで持ってたんだ?」
「映画部の撮影で使うのを預かってたんだよ!」
「映画部、そんなのあったっけ」
「前話さなかった?」
死体を埋めている絵面と他愛もない会話内容のミスマッチ、このような状況を狂っていると言うのだろう。そんなことを考えながら、暗くてよく見えない燐音の顔へ目を向ける。どんな表情で、どんな気持ちで僕を手伝っているのだろうか。僕は燐音が向ける好意に気付きながら、それに応えず利用だけをしている。そんな最低の僕は、燐音からどう見えているのだろうか。僕は燐音に、何をしてやれるだろうか。
「あの……ごめんね……」
結局僕は、謝罪を口走るだけになった。
「気にしない気にしない!……そうだ、そんなに負い目があるならお願いを聞いてよ!」
「お願い……?いくらでも聞くよ」
「言った、言ったね!言質取ったからね!」
その浮ついた声色から、暗くて見えない燐音の表情が目に見えるように想像できる。
「うん、いいよ。手伝ってくれてるし」
「なら、私を抱きしめて!」
「え?」
「寒いから!」
勢いで押し切られ、僕はシャベルを置いて燐音の方に歩み寄る。そのまま手を広げた燐音が僕を抱きしめて、言う。
「名前、呼んで」
「燐……音?」
「そのまま、何度も」
「燐音……燐音……」
母さんを埋めた。埋めてしまえば、どうでもよくなっていた。大好きだった母さんも、死んでしまえばただの肉塊だった。世界を壊してしまおうなんて憎悪も怒りも、嘘のように消えてしまった。
燐音が死ぬのが怖くなった。今まで以上に幸せになることが怖くなった。このまま生きていくのが怖くなって、死体遺棄なんて犯罪に走った。何をするにも怖くて、そんな世界壊してしまおうと。そう、より強く誓った。
抱擁の安心感から、仕舞い込んでいた感情が溢れ出す。触れ合った身体から伝わる体温に、僕らが混ざるような錯覚を覚える。互いの乱れた心音が響く中、僕は静かに涙を流した。
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