宵宮君は図書室にいる ~ 明輪高校百物語

古森真朝

夏とワイシャツと(たぶん)シミ【Day1:まっさら】



 「……朝倉あさくらさん。、どう思う?」

 「はい??」

 開口一番、とてつもなく困った顔で聞いてきた一年先輩に、咲月さつきは迷うことなくそう返した。というか、返さざるを得なかった。

 場所は二人が通う県立明輪めいりん高校、その本館三階にある図書室。本日もつつがなく放課後を迎え、部活動のために廊下をてくてくやってきて、失礼しまーす、とドアを引き開けたとたんにこれだ。そりゃあ胡乱な声にもなる。

 とはいえこの人、宵宮よいみや透哉とうやは曲がりなりにも先輩だ。日頃何かと付き合いがあり、いろいろありつつもそれなりにいい関係を築いている、ちょっと他にはない特技を持つ不思議なひと。彼の持つ『体質』のおかげで、咲月が助けられたこともたくさんある。理由もなく不穏な発言をしたりはしない、はずだ。

 「えーと、これって、先輩のシャツ? ですか。いま着てるの」

 「そう、それ。……汚れてる、と思う?」

 「いいえ、真っ白できれいですよ。おろしたばっかりに見えます」

 「そう……じゃあ、こっちでも見てもらえる?」

 正直に答えたところ、相手はさらに困ったようだった。手招きされて素直に寄って行った咲月に、ちょうど真向かいにある窓を示す。

 梅雨も明けたというのに、朝からずっとどんよりした空模様だ。そのせいで室内の方が明るくなって、ガラスには反射した二人の姿が映り込んで――

 (あっ)

 思わず二度見した。

 窓に映った透哉の、ちょうどシャツの右胸の辺り。直接見た時はまっさらだったそこに、ピンポン玉くらいのシミがある。紫がかった暗い赤で、白い生地の中では大変目立っていた。――しかも、


 かさっ。


 「えっ?」

 「せせせ先輩!! いま、今シミがうご、うごうごうご」

 「う、うん、大丈夫だから。ちょっと落ち着こう、ね」

 「これが落ち着いてられますかぁ!!」

 どこかの八本脚のアイツとか、あるいは人類の天敵たる黒いアレを思わせる動き方だ。これでパニックにならない方がおかしい。

 目を逸らしたいが、逸らした瞬間どこに行くかわからないのが恐ろしい。まるきり本物の虫と対峙している心境で見つめるうち、嫌なことに気づいてしまった。

 (……あれ? 向きが変わってる!?)

 その場でもぞもぞしているシミ、方向を微妙に調節しているような気がするのだ。具体的には、着ている当人の顔、もしくは首、とか。


 かさかさかさかさかさかさかさかさ!


 気づいたのとほぼ同時、シミが動いた。今までとは比べ物にならないほどのスピードで這い上がってくるのに、気付いた透哉が急いで脱ごうとする。――が、


 すぱあああん!!!


 ものも言わずに振り抜いた咲月の平手が、シミを真上からぶっ叩く方が早かった。びゃっ、とどこかで悲鳴が上がった気がする。

 「~~~~っ、うわああああ叩いちゃった、素手でやっちゃいましたよ先輩いいいいい!! ていうか痛かったですよね、大丈夫ですかっ」

 「えーっと、うん、それは平気……あ。シミが消えてる」

 「ほんとっ!? よ、よかったあ~~」

 「うん。いつもありがとう、朝倉さん」

 半泣きで利き手をぱたぱたやっている咲月も、特に具合が悪くなったりはしていないようだ。それにひとまずほっとして、一年先輩は心からお礼を言ったのだった。


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