密やかに春は舞う
螺旋
プロローグ
「せん、ぱい……?」
今までで一番近い距離。
密着したまま、先輩の瞳は私を映し続けていた。
「後輩のせい、だよ」
その真剣さに言葉を忘れて見つめ返す。
仄かに汗ばんだ前髪は額に張り付いていて、それが酷く艶めかしい。
雪のような頬に、ほんのりと紅みが差す。理知的な印象の涼しさを湛える顔が、いつになく熱を帯びて。
時が制止したように。世界に二人だけが取り残されたように。
微かな呼吸に合わせて動く先輩の身体と、トクトクと伝わる速い鼓動だけが動いている。まるで精巧な人形のような先輩も確かに生きているのだと、当たり前が色濃く心に焼き付けられる。
彷徨っていた左手を先輩の背に回そうとしたところで我に返った。
この先は進んではいけないという直感。
「せん、ぱい」
絞り出すように呼べば、びくりと先輩の身体が跳ねた。
「っ……ごめん」
「いえ、大丈夫、です……」
重なっていた身体がゆっくりと離れ、熱と、湿度と、高鳴りが名残惜しそうに引いていく。
もうすこし、このままでいても良かったなんて。
一過性の熱情に絆されて、どうにかなってしまいそうで。
――どうしてこうなったんだっけ。と、脳の片隅に追いやられた冷静な思考が、微かに息を吹き返したのが救いだった。
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