第5話:至近距離とハムスターの脈

しばらくすると朝霧先生が戻ってきた。


「お待たせしました、車、昇降口のところに止めたので。そこまで行けますか?」


朝霧先生はそう言うと、ごく自然に、まるでそれが当たり前かのように、私の腕を自分の肩に回し支えてくれる。


ここの人たちはパーソナルスペースというものがないのだろうか?


ちょっと話しただけの、よくわからん男性の体温がひしひしと伝わってくる。


「大丈夫ですか? ゆっくりでいいですからね」


なんだろう? 気にする私がおかしいのか?


私は顔が赤くなるのを感じながら、必死で平静を装った。車までの距離は、100mもないかもしれない。しかし、その距離は非常に長く感じた。


心臓が爆速で動いているのはバレてないだろうか?


「先生、もしかして、緊張されてます?」


「…………へ?」


朝霧先生の呼びかけが自分に向けられてることに気づくのに時差があった。


先生? あ、そうか。私はここでは先生なんだっけ。今のところ。


「え……いや……まあ……」


「ふふっ。先生の脈、ハムスターみたい」


脈!? さすが保健の先生。そうか、脈が取れるのか。

今、手首握ってるもんな……。

ってか、ハムスターの脈は早いんですか?


私の心臓の爆速具合は、あっさり見抜かれていたようだが、感性が独特すぎてどこからツッコめばいいのかわからない。


それが逆に緊張感を緩和させた。


朝霧先生は、助手席のドアを開けると、私をそこに座らせた。コロンとした見た目の、可愛らしい軽の車だ。これでイカつい車に乗ってたらちょっと引くが、イメージ通りの車だった。車種は知らんけど。


「ここからだと、水野病院が近いんですけど、そこでいいですか?」


そう聞かれたが、この世界のことわからないし、そもそも病院には詳しくない。朝霧先生の言葉に、私は小さく頷いた。


朝霧先生は車のエンジンをかけ、するすると走り出した。学校を出ると窓の外にはどこかで見たことあるような街並みが流れていく。


どこで見たんだろう?


看板は日本語で書かれているから、日本であることは間違い無いのだが、どこか綺麗すぎて現実味がない。


「先生、ご出身はどちらなんですか? よろしければ、お話聞かせていただけますか? 記憶が戻るきっかけになるかもしれませんし」


朝霧先生は、信号で止まったタイミングで、穏やかな声で尋ねてきた。優しい口調なのに、こちらの核心を突いてくる。どこから話せばいいのか、正直途方に暮れる。


「神奈川県の……」


私が出身地を言おうとした時、朝霧先生は信じられないことを口にした。


「神奈川県? ……どこですか? そこは」


へ?

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