第37話 パンケーキと幽霊

 先生の家に向かうと、フライパンを片手にパンケーキを焼いていた。私は目を丸くして、先生を見た。

「先生、何してるんですか?」

「見ればわかるでしょう」

「そうですけど、どうしてパンケーキなんて焼いてるんですか」

「なんか、簡単にできる気がしたからです」と言いながら、ひっくり返している。

 少し焦げてしまっている。

「うーん」と唸っている。

 私は先生が一生懸命パンケーキを作っているのが面白くて思わず笑ってしまった。

「パンケーキはホットプレートの方が上手くできますよ?」

「また新しい邪魔なものを買うつもりですか」とぎょっとしたような感じで言うので、私は首を横に振った。

「粉がなくなるまでたくさん焼いてしまいましょう。冷凍していればレンジですぐに食べれますから」

 そう言って、私が焼こうと思った。

「いいです。パンケーキ焼きながらあれこれ考えているんです」

 そう言うから、私は黙って、パンケーキの元を作った。先生がどうしてこんなことをしているのかさっぱり分からなかったけれど、卵を割って、牛乳と水で粉を溶かした。何回か作っているうちに美味しそうに焼けるようになってきた。

「先生、すごい」と言うと、得意げな顔を見せる。

「折角だから食べて帰りませんか?」

「え? いいんですか」

 甘い匂いが充満して、私は食べたくて仕方がなかった。

「詠美がシンガポールに行ってしまって、ヨルもいなくなって、淋しかったんじゃないですか?」

「あ…。はい。淋しくて、不貞腐れてました」

 正直に言うと、先生は笑った。

「僕は佐々木さんから連絡がなかったので、不貞腐れてフライパンに八つ当たりをして、パンケーキを作ってました」

「…先生に甘えるのは…なんか違うって思って」

 先生がコーヒーを淹れてくれる。

 私は大量のパンケーキがお皿の上に重ねられているのを一つ一つラップしていった。

「僕だって、フライパンを置いていった君に甘えたかった。一匹と君が急にいなくなったら、やっぱり淋しく思いました。君はともかく、猫を飼おうと考えすらしました。まぁ、猫を飼っていたら留守にできないから難しいですけど」

「まさか…」

「フライパンを眺めながら、案外、寂しがり屋なんだと自分でも思いました」

 そう言って、伏し目がちにする。何だか私がいじめているような気分になる。

「冗談です」

 笑う先生を見て、私は少しほっとした。

「半分は本当ですけどね。忌々しい空のフライパンを見る度に悲しくなりましたが」

「…何か作ります。先生…。あの、幽霊とか信じますか?」

 私は話題を変えることにした。

「え? 幽霊?」

「はい。死んだ人が見えたりとか、話し声が聴こえたりとか」

「そう言う話は昔からよくありますよね。僕は見たことないですけど。武将にまつわる幽霊話を集めている人もいましたけどね。不思議な話で、僕は嫌いじゃないです。死んでも人は何かを伝えたい気はします」

「先生…。私…。ずっと誰かの声が聞こえていたんです」

 そんなことを言ったら馬鹿にされるかと思っていたけれど、先生は真剣な顔で耳を傾けてくれる。

「コーヒーが入りましたし、ゆっくりパンケーキ食べまながら話しましょうか」

 私はパンケーキをラップに包む手を止めた。

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