第33話 家族会議

 心太にはこちらから連絡取れなかった。向こうから連絡も来ない。私は自分がしでかした事によって、バイトに行きづらくなっていた。

 携帯にエイミーさんからのメッセージが届く。

「明日シンガポールに戻るから、空ちゃんが暇なら、その前にご飯食べませんか?」

 私はすぐに行きたいと返事した。人との関係性の希薄さに慣れていたのに、一度、味わうと元に戻れなくなっている。

 そう。

 端的に言うと、寂しかったのだ。

 自分の弱さが嫌になる。

 続けて電話が鳴ったので、エイミーさんかと思ってすぐに出た。

「もしもし?」

 聞こえてきた声は先生だった。

「あ…。こんにちは」

 バイトを休んでいるからぎこちない声になる。特に忙しい訳ではないから良いと先生が言ってくれたので、そのままずるずる休んでいた。

「具合はどうですか?」

「…大丈夫です」

 休んでいる手前、元気には言えなかった。

「ちょっと手伝って欲しいことがありまして」

 先生が言うのだから、本当に忙しいのかもと私は慌てる。

「猫アレルギーじゃないですか?」

「猫? それは…分かりませんけど。猫がどうかしたんですか?」

「研究室の下で猫が泣いてまして…」

「研究室の下?」

「正確には浜田先生の研究室ですけど。捕獲して、僕のところに連れてきたんです。それで動物病院に連れて行って欲しくて。僕はその時間がないので、佐々木さん、お願いできませんか」

「…あ、今日ですよね?」

「できたら」

「じゃあ、すぐに向かいます」

 私は猫に興味があったし、先生と顔を突き合わせる仕事ではないから、気が楽になった。急いで出かける準備をして大学へ向かった。


 研究室に入ると小さな黒猫は段ボールに入れられていた。

「動物病院まで送ります。診察受けたら電話ください。また迎えに行きます」

「え? でも…先生、お忙しいのでは」

「猫を運ぶキャリーケースがないから仕方ないです」

 段ボールを抱えて先生が部屋を出るから私も慌てて後に着いた。

 車では私がダンポールを抱えて、後部座席に座った。動物病院はすぐだった。

「はい、これ。診察代」と袋を渡してくれる。

「先生…」

「何?」

「猫…飼うんですか?」

「それは…分からないけど。とりあえず病院連れて行かないと…。でも…飼った方がいいと思う?」

「それは…分かりませんけど。とりあえず行ってきます」

「はい。お願い」

 そう言うと、車は去って行った。

 段ボールの中の猫を抱えて受付に行った。

 動物病院は混雑していたから、検査してもらうと大分時間がかかった。当面のミルクを購入して良いか先生に確認するとすぐに返事が来た。私は言われた通りに支払いをして、先生を待った。子猫は可愛らしい顔をしているが、気が立っているようだった。

 玄関で待っていると、すぐに先生の車が見えた。

「特に悪いところはないそうです。蚤取りもしてもらえました」

「良かった。でも困ったなぁ。世話をするのが大変だ」

「どなたか飼われたりらしないですか?」

「…牧野先生が欲しいみたいなことを言ってたけど、家族会議しなきゃいけないみたいで」

「そうですか。その間のお世話ですね」

「ちょっと忙しいから…大変だなぁ」

「私、叔母さんに聞いてみましょうか?」

「いや…それは悪いし…。でも世話がなぁ…」

「先生?」

「佐々木さんが来てくれたらいいのに」

「え?」

「バイト代出すよ?」

「先生…。それって…お家でですか?」

「そうだねぇ。だから無理にとは言わないけど。締め切りが…」

「先生!」

「いや、ただの口実だから。嫌ならなんとかするし。気にしないで」

「口実…ですか?」

「そう。だから」

「嫌じゃないです」

 私は寂しかったのだ。小さな命に触れて、少し気持ちが温かくなった。

「お世話したいです」

「しばらく…泊まってくれる? 二、三日で家族会議終わるだろうから」

 私は頷いた。

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